第六章 乙女の導く未来1

 一同は大トカゲにまたがり、森の中を進んでいた。

 街道を抜けるまでは目立って仕方なかったけれど、森に入ってからは速度を上げることができている。


「こいつ、めちゃくちゃ速いんだな。庭園で飼われてるだけなんてもったいなさすぎ」

「無駄口を叩くな。舌を噛むぞ」


 大トカゲの速度に感嘆したホイスディングに、アルトゥルが注意した。でも、リアも口に出さないだけで彼と同じことを考えていた。

 マイナルドゥスが連絡を入れると、庭園は快く貸し出しを許可してくれたらしい。大トカゲは長生きで、おまけによく食べる。利用価値を見出されず庭園にいるよりも、むしろ欲しいなら学院が引き取ってくれとまで言われたそうだ。

 というわけで問題なく人数分の大トカゲを用意できたから、全員でヴィカグラマルクを目指している。


「速いといっても、やはり機械の馬には劣るな。日のあるうちに到着したい。――飛ぶぞ」


 先頭を走っでいたアルトゥルが、考えてからはそう宣言した。その言葉に、一同はざわめく。


「飛ぶって、どうやるんだよ!? 言うのは簡単だけど、実際やるとなると別だぞ!」

「うー、乗馬もしたことないのに、初めて乗ったトカゲで飛ぶなんて難易度高っ」


 ホイスディングとアナスタシアは、アルトゥルの発言を無茶ぶりととらえたらしい。でも、リアたちは飛ばねばならないことを理解していた。


「大トカゲちゃん、飛んでよー。あとで何か美味しいものをあげるからさ」


 ローランドは大トカゲをその気にさせようと、まるで女の子相手のように話しかけている。大トカゲはぴくりと耳を傾けるような仕草をしたけれど、翼を広げるそぶりは見せない。


「リア、多分この子たちって頭いいんだよ。言葉がわかってるみたいだ」

「わかってて、あえて無視したのね……」


 テオドルに言われて、リアは大トカゲの知性について確信した。

 ひと目見たときから、リアはこの大トカゲは馬と同等、あるいはそれ以上に賢いと感じていたのだ。目に宿っているのはまぎれもない知性で、自分たちを値踏みしているようだと感じていた。


「小さなドラゴンさん、私たち、今すごく急いでるの。もうすこし急がなくちゃいけないから、空を飛んでもらっていい?」


 リアは、愛馬のディアナにやるように話しかけてみた。馬は賢いけれど気位の高い個体もいて、ディアナはリアがご機嫌をとらなければならないことも多かったのだ。


「わっ! 飛んだ!」


 リアの言葉が通じたのか、大トカゲは背中にたたんでいた翼を広げ、宙に浮き上がった。そして、ゆっくりと飛行を始める。


「よし! 僕たちもかっこよく飛ぼう! いけ!」

 はしゃぐ声が聞こえてきたと思うと、テオドルを乗せた大トカゲが、速度を上げてリアのそばに追いついた。


「この子たちは立派なドラゴンよ。信じてあげて。そうすれば、飛んでくれます」


 リアは空から、見上げているアルトゥルたちに伝えた。結果は目の前に見えている。だから、アルトゥルたちは四の五の言わずにうなずいた。



「うわー飛んでるよー!」


 全員の大トカゲが飛行を始めると、さっそくホイスディングの悲鳴が上がった。でも、誰も何も答えない。答える余裕がないといったほうが正しい。


「……近いな」

「ああ」


 横に並ぶように飛んでいたアルトゥルとアシュガルが、言葉少なに確認しあった。“何が”まで言わなくても、リアたちなにもわかった。

 場所はちょうどグロヘクセレイを抜け、ヴィカグラマルクに入るあたり。国境に差しかかったところで、それの気配は濃くなった。


「……大丈夫よ。何かあったら、私が必ず守るから」


 近づいてくる竜の気配やにおいといったものは、まるで肌を刺すようにピリピリと感じられた。それは大トカゲも感じているらしく、体を強張らせている。

 だからリアは愛馬にしてやるように優しく話しかけ、首のまわりを撫でてやる。それから、もしもに備えて杖を握る。


「感じていると思うが、竜に近づいている。倒そうだなんて思うな。うまくやりすごして、ひとりでもヴィカグラマルク入りすればいいくらいに考えろ」


 緊張感をただよわせ、アシュガルは言う。そのとき、全員が前方に豆粒ほどの大きさの竜をとらえていた。

 その距離からでも、周囲を圧倒する雰囲気がわかる。竜は、とてつもない怒気をはらんでそこにいた。


「……イルハ、竜ってのはあんなふうにギラギラで何かバッキバキな感じなのか?」


 恐怖を押し隠し、ホイスディングが尋ねた。彼も彼を乗せた大トカゲも、恐れのあまり生気をなくしている。

 問われたアシュガルは、険しい顔をして首を振った。


「俺も竜は初めて見たが、あんな感じではないはずだ。竜は賢く、人と交流したという記録もあるくらいだからな。火竜が攻撃性が高いといっても、俺が聞いた話では先に人間が鱗や爪が欲しくて攻撃したからやり返されてる。だが……こいつは攻撃性が高いとかじゃない。――邪悪だ」


 ゆっくりと近づいて様子をうかがおうと考えていたのに、火竜に先に気づかれた。気まぐれに旋回していたその鼻先をリアたちに向け、血走った目で見つめてくる。


「普通現れない場所に現れる竜は普通じゃないってことか……俺が注意を引きつける! その間に誰か突破しろ!」


 アシュガルは叫んだ。そして媒介である黒曜石のペンダントを握りしめ、魔術を放った。

 放たれたのは闇。その闇は火竜の視界を塞いだ。


「兄さん、先に行ってくれ! この中で一番速く飛べて、状況を的確に伝えて人を動かせるのは兄さんだ!」

 火竜の動きを止められるのは、おそらく一瞬。その一瞬を逃さぬよう、ローランドは迷っていたアルトゥルの背中を押した。


「……無理はするな!」


 後ろを振り返ることなく、アルトゥルは速度を上げて飛び出した。

 視界を奪われていても、さすがは竜。自分の近くを獲物が通りかかったと察知すると、攻撃をくらわせようと体をやみくもに震わせた。


「危ない!」


 アルトゥルの背後に、しなる尾が迫った。硬い鱗におおわれた長い尾は、当たればただごとでは済まないだろう。

 しかし、すんでのところで誰かが放った魔術が火竜の体に当たり、それを阻んだ。


「大丈夫。絶対に兄さんは僕たちが守る!」


 テオドルが大きな筒を肩に担ぎ、それを火竜に向けていた。先ほどの攻撃は、その筒から放たれたようだ。

 声を上げて知らせることしかできなかったリアに対して、テオドルは勇ましい。


「それ、何だ? さっき、水の塊が撃ち出されたけど」

「装填した魔石に応じて攻撃を撃ち出すことができるんだ。いつかホイスディングを撃ってやろうと思ってたんだ」

「俺? てか呼び捨てかよ!?」


 興味を持って近寄ってきたホイスディングを切って捨て、テオドルは新たに構えをとった。


「あいつ、また動くよ。かたまってると的になるから、各自距離をとって。それと、これは弾数も多くないし連続で撃てないから、そのあたりの援護をよろしく」


 言うだけ言うと、テオドルは視界を取り戻した火竜に近づいていく。おそらく、動くもののほうが標的になりやすいため、アルトゥルが安全圏に行くまで注意を引く気なのだろう。

 しかし、火竜は先ほどまでの間の抜けた様子とは動きが違う。


「火を吐くぞ!」


 気づいたアシュガルが叫んだ。すかさずリアは杖を振る。

(水の精霊さん、テディを守って!)

 声に出せないぶん、心の中で精一杯叫んだ。

 火竜の口から炎が出る。テオドルも筒から水流を放つ。リアの声を聞き届けた精霊が水の盾を作るほうが一瞬早かった。テオドルは炎の舌から守られ、火竜の横腹を水流が貫いた。


「ここで戦ってはだめだ。森を焼かれるぞ! 平原まで引きつけろ!」

 アシュガルの怒号に、全員が即座に反応した。大トカゲに命じて急速に下降を始める。

 それを火竜が見逃すはずはなかった。

 敵が逃げ出すように見えたのだろう。三度も不快な思いをさせた小癪な敵が。

 決して逃がすまいと、火竜は猛然と追ってくる。

 大トカゲと本物の火竜。飛行速度の差は歴然で、このまま距離をつめられて火を吐かれれば終わりだ。


「追い風、押して!」


 アナスタシアが叫んだと同時に、暴力的なまでの強い風邪がリアたちの背中を押した。振り返れば、最後尾でアナスタシアが杖を振っていた。宙に陣を描き、魔術を発動しているのだとわかる。


「無茶すんな火属性! 追い風!」


 火属性のアナスタシアに代わって、ホイスディングが魔術を引き継いだ。そういう彼も、戦い方から見るに土属性だ。属性の異なる強力な魔術の使用は、長時間は無理だ。

 先頭を飛んでいたリアは、近づいてくる平原を前に攻撃の準備を始めた。

(本物の竜相手に、戦いの素人の私たちが勝つことなんて無理。それなら、せめて撤退させることができれば……)

 考えてリアは、テオドルのそばまで行った。


「テディ、水の弾を撃つ準備を。私はそれを氷にするから」

「わかった」


 テオドルはすぐさま構える。それから、「三、ニ、一」と呟くのに合わせ、リアも魔法を発動した。


「風よ、水を凍らせて!」


 その声に合わせ、凍てついた風がギュッと水流の周りに集まり、それを凍らせた。

 氷の槍となったものは勢いを殺さぬまま、こちらに向かっていた火竜めがけて飛んでいった。

 思いきり眉間を貫くかに見えたけれど、硬い鱗に阻まれ、ガキンと音を立てて砕け散った。


「……傷ひとつ負わせられないなんて!」


 悔しくて、リアは歯噛みした。森は焼くよりはと思って平原に降りたけれど、この平原の先には村がある。つまり、ここより先には行かせられない、最後の一線ということだ。

(せめて、アルト様が帰り着くだけの時間を稼がなきゃ)

 大トカゲを走らせながら、リアは頭を悩ませた。


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