第二章 いざ魔道の国へ3
疲れているからか、誰も口を聞かなかった。無言のまま、リアが杖の先に灯した光だけを頼りに中庭を進んでいく。食堂自体にはまだ明かりがついているため不安はなかったけれど、アルトゥルとローランドのまとう雰囲気が少し鋭いのがリアは気になっていた。
「……危ない!」
「キャッ⁉」
あと少しで食堂というところまで来たとき、唐突にアルトゥルがリアの前に立ちふさがった。その次の瞬間、あたりを真っ白な光が包み、視界を奪われる。
「ようこそ。季節外れの入学者さんたち」
視界を奪われ混乱しているリアの耳に、そんな声が聞こえてきた。クスクスという、複数人の笑い声もそれに続く。……突然のことで理解が追いつかないけれど、自分たちが悪意にさらされているということはわかった。
「こんな時期に入学してくるから、てっきりすごい実力者なのかと思ったけど、そうでもなかったみたいだな。このくらいの攻撃も防げないなんて」
声の主は、はっきりと自分たちのしたことを攻撃だと認めた。それを聞いて、アルトゥルの背中が殺気立つのをリアは感じた。
「お前たちは誰だ⁉」
応戦するための構えをとり、アルトゥルが叫んだ。身体を鍛えている彼の声は、夜の静寂によく響く。
目が慣れてくると、自分たちに対峙している人物たちの姿が見えてくる。この学院の制服と黒いローブをまとった生徒たちだ。
「ずいぶんと流暢な発音だな。ヴィカグラマルクから来たというから、てっきり付け焼刃の片言を話すかと思ったのに。でも、言葉遣いがなってないぞ。『あなたがたはどなたですか?』が正しいと覚えておけ。それと、自分から名乗るのが最低限の礼儀だ」
生徒たちはざっと見ても十数人いる。その中心人物と思しき青年が尊大な態度で言うと、何がおかしいのかまたクスクスという笑い声が響く。
「こんな無礼な真似をする連中に名乗る名などない!」
再び叫ぶと、空気がビリビリ震え、目の前の集団がすくみあがるのがリアにもわかった。
そんなわかりやすい挑発に乗るアルトゥルではないと思っていたのに、彼はあきらかに怒っていた。戦いというものがわからないリアにもはっきりわかるほど、アルトゥルの怒りは本物だった。
耳たぶに手を当てる仕草をしている。おそらく、次に集団が何か行動を起こせば、媒介を耳飾りから剣に変えて戦う気に違いない。
アルトゥルがリアたちのためにこれだけ怒っているのはわかる。でも、留学先で問題を起こさせるわけにはいかない。
「まあ、初日はこのくらいでいいだろう。ザコだってわかっただけで十分だ。帰るぞ」
あと少しでも何かあれば飛びかかっていってしまいそうなアルトゥルをどうなだめようかと、リアは本気で悩んでいたのに。
リーダー格がそう宣言すると、生徒たちは強張らせていた身体から緊張をといた。そして、寮に向かって歩きだす。
立ち去ると見せかけて何かしてくるのではないかと、アルトゥルは構えをとかなかった。ローランドも、よく見れば指輪に触れて臨戦態勢だったのがわかる。……まだ魔術をきちんと習っていない彼らに、一体何ができたかはわからないけれど。
「……僕たち、嫌がらせをされたの? 歓迎されてないってこと?」
「どうやら、そうらしいな」
不安そうなテオドルの言葉に、忌々しげにアルトゥルが答えた。怒りのやり場がないのも辛いのだろう。
「マイナルドゥス先生が言いたかったのは、こういうことだったんだね」
「どういうこと?」
ローランドはただひとり、冷静な様子だ。彼の言おうとしていることがわからず、リアは首をかしげた。
「この学院は“あらゆる場面で生徒の自主性を重んじている”と言っていただろう? つまり、こういったトラブルにも干渉しないっていうことだ。おそらく、教師に訴えたところで相手にしてもらえないと思うよ」
「そんな……」
教師か誰か大人の耳に入れなければと思っていたリアは、ローランドに言われてショックを受けた。
「どこの世界でもそういうものだ。だが、それなら私たちがやり返そうと自衛しようと、誰にもとがめられないということだな」
アルトゥルは事態を受け止め、覚悟を決めたようだ。覚悟というより、決意というべきかもしれない。入学早々に喧嘩を売ってきた彼らに、必ずやり返すという決意だ。
「そういえば、同室の子がやたらと心配してくれたの。『何もされてない?』って聞かれたり、食堂についてきてくれるって言ったり」
アナスタシアの言っていたのがこういうことだったのかと腑に落ちて、リアはどっと身体が重くなった。王子たちを待たせてでも彼女の話を聞けばよかったと、歯噛みしたい気持ちになる。
「ということは、さっきの彼らの暴挙は学院中の知るところってことか。……敵は多いな」
「舐められているのなら、実力をわからせればいいだけだ。そのために強くなればいい」
うんざりした様子のローランドに、剣呑な雰囲気のアルトゥル。彼らは何だかんだいっても、強いからいい。自分を守る術があるから。
「魔術を学びたくてここに来たのに、何でこんな目にあわなきゃいけないんだろ……」
「そうね。どうしてかしらね」
か弱いテオドルとリアは、そう言って肩を寄せ合うしかなかった。
無事に食事を終えて部屋に帰り着くと、リアはようやく少し落ち着くことができた。食堂でも寮へ戻る道中でもずっと気を張っていなければならなかったし、何より空気が重たかった。
「その様子だと、何があったのね」
後ろ手にドアを閉めた途端に溜息をついたリアに、アナスタシアが心底同情するように言った。彼女のその親切な様子を見るだけで、リアの気持ちはかなりなぐさめられた。
「そうなの。食堂前で待ち伏せられていて、まぶしい光で少しの間、視界を奪われたの」
「よくやる手口よ。暗いところでやられなければ、そんなに大変な攻撃じゃないから」
疲れてヨロヨロとしているリアの身体を支えて、アナスタシアはベッドに座らせてくれた。本当はすぐにでも横になって眠ってしまいたかったけれど、気力で起きていなければならない。
「アナ、もう夜遅いから申し訳ないんだけど、いろいろ教えてもらっていいかしら? その、学院の決まりとか、私たちに攻撃してきた彼らが何なのかとか」
「もとよりそのつもりだったから平気よ。さて……どこから話したものかしらね」
自分のベッドに腰かけたアナスタシアは、足を組み替えて考え込んだ。
アナスタシアのことを話したとき、ローランドは訝るような表情をした。出会ったばかりの人間を信用していいのかと言いたいのだろう。それについては、リアも理解できる。まるまる信用しようという気はもちろんない。
でも、情報を提供してもらうくらいはいいだろうと考えている。彼女はおそらく、敵ではないから。学院側はわざわざ敵となるような人物と相部屋にしないだろう。アルトゥルとローランドがわざわざ同室なのが、おそらくそういうことだ。
「まず、リアたちに攻撃を仕掛けたのは生徒会のやつらよ。主に実力者……この場合はそれなりに魔術の腕が立つって意味ね。そういうやつらが集まってるのが生徒会。メンバーはスカウトされることもあれば、自分から入りたいって言う場合もあるの。スカウトされるのはリーダーのマグヌス・ホイスディングに力を認められた者で、自分から入りたいのは小者と思って間違いないわ。自分に力もないくせに群れて人より優位に立ちたいだけの連中だもの」
アナスタシアの言葉にその生徒会というものを歓迎していない響きを感じ取り、リアは慎重に彼女を見つめた。これが本音なのか装ってのことなのか、まだ判断できなかった。
「その生徒会の人たちが、学院の中心と考えてもいいのかしら? それで、私たちは中途半端な時期に入学してきたから、彼らに警戒されてるってことであってる?」
「学院の中心ね……のさばって威張り散らしてるって意味では、あってるわ。でもね、学院にいる全員があいつらを支持してるわけじゃないってことはわかってね」
いつまでも警戒心を崩さないリアを気にしてか、アナスタシアは必死な様子で訴えてきた。生徒会の支持者だと思われるのが嫌なのか、リアに信用してほしいのか。
どちらかわからないけれど、疑う理由もないためリアは信じることにした。
「同室のあなたが、彼らの一派じゃなくてよかったわ。寮まで気を張っていなくてはならないなんて嫌だもの」
「ここでだけはくつろいでいっていいって保証するわ。私は、間違ってもあいつらの仲間じゃないから。スカウトされたこともあるんだけど、きっぱり断ったのよ」
リアが笑顔を浮かべると、アナスタシアはあからさまにほっとした様子を見せた。笑顔の下で腹の探り合いをする世界になれてしまっているリアには、その素直な様子がまぶしい。
「仲間なら、わざわざ部屋に来たばかりの私に忠告なんてしないものね」
「もっとちゃんと引き留めればよかった。でも、今日は様子見だけで酷い目に合わされなくてよかったわ」
「……これから酷い目にあわされるのかしら」
慣れない環境に適応するだけでもひと苦労なのに厄介なものに目をつけられたものだと、リアは憂鬱になった。
「少し辛抱して、連中の敵ではないって姿勢を貫けば、落ち着くと思うわ」
「つまり、しばらくはやられっぱなしでいろってこと? ……無理だわ。ひとり、血の気が多いのがいるのよ」
しばらく耐えるなんて到底無理だと、アルトゥルの様子を思い出してリアは首を振る。生徒の自主性を重んじるという名目で学院側が目をつむってくれるのはどのくらいまでのいざこざだろうと考えると、頭が痛くなる。
「女子ひとりに男子三人が入学してくるって聞かされたときから思ってたんだけど……その男子たちはリアを守るナイトたちってこと?」
「え? ナイト?」
どう答えたものかとリアは悩んだ。ひとり騎士といえばナイトだけれど、リアを守るためではない。
「リアってお嬢様でしょ? 育ちがいいのはすぐわかったもの。もしかして、ヴィカグラマルクのお姫様だったりする? お姫様とそれを守る騎士なんて素敵! その騎士のひとりが正義に厚くて、姫様を傷つけた生徒会を許さないのね?」
「違う違う! 私はお姫様じゃないし、彼らも私の騎士じゃないの! ……ただ親同士が親しいってだけなの」
「幼馴染ってわけね」
興奮してひとり盛り上がるアナスタシアをなだめようと、リアは慌てて頷いた。幼馴染というのは間違っていないし、そのくらいの情報で納得していてもらいたい。いくらアナスタシアのことを信用していたとしても、彼らが王子だと知られるわけにはいかないのだから。
「ひとり、喧嘩っ早いのがいてね……彼は絶対にやられっぱなしというわけにはいかないわ」
「お嬢様の口から『喧嘩っ早い』って聞くの、何だか不思議」
「使い方、間違ってた?」
「ううん。発音もきれいだし、文法も間違ってないよ。すごく練習したでしょ?」
リアは曖昧に微笑んでみせた。幼いときから王子たちやリアは隣国の言葉を習得させられているとは言えないから。
「それにしても、喧嘩っ早いのか……でも、弱くはないんでしょ?」
頭を悩ませるリアとは違い、アナスタシアは楽しげだ。来たばかりのリアたちに興味津々なのだろう。
「魔術に関してはまだ未知だけど、腕が立つのはたしかよ。おそらく、魔術抜きの勝負ならかなり強いはず」
エーリクが以前、アルトゥルの強さについて語っていたことがある。彼が強いのはもちろん日々の鍛錬によるものだけれど、守るものの重さについてわかっているからの強さだと。
「たぶん、素手で殴っても先生たちは何も言わないと思うけど、できれば魔術で勝ってほしいな。ホイスディングのやつをいつか誰かがこてんぱんにやっつけてほしいと思ってたのよね」
「スカウトされたってことは、アナも強いのよね? 自分でこてんぱんにしないの?」
面白がっている様子なのがちょっぴり癪で、からかうつもりで言ったのに、アナスタシアは不敵に微笑んだ。
「もうすでにやったわよ。でも、あいつの眼鏡をかち割ってやれなかったことが心残りなのよねー」
無邪気に物騒なことを言うルームメイトを、リアは驚いて見つめた。美人で快活でしかも強い。だからこそリアのルームメイトなのかと、妙に納得もしていた。
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