2016年【隼人】39 空気に逆らう強さは貰ったもの

「よう、浅倉。この前の借りを返させてもらうんじゃ。消火器がないから、お前の負けは確定しとるのう」


 体の痛みを思い出して、隼人は歯を食いしばる。

 次に殴ってくる男の名前は、ど忘れしたままだ。

 特徴は覚えている。理科室で撃退した奴で、ゴリラみたいな彼女がいる。

 あと、口ほどにもなくて、弱かった。


 他の奴はエロパワーだけだったが、こいつの拳には憎しみの力も込められいる。

 なかなか効いた。


 とはいえ、撫子に殴られた傷口が開いたから痛いだけだ。

 こいつのパンチだけならば、たかがしれている。

 偶然だとしても、弱点を狙うとは、やるではないか。


「もう一発だ!」


「やめなさい、三井。あんたは、あのゴリラに慰めてもらえるんだから、アタシを抱く必要もないでしょ。次、次!」


 苛立ちながら、コトリはガムを吐き出した。 

 隼人も口の中の血を集めて、つられるようにして吐き出す。


「おい、浅倉。汚いもん、出してんじゃねーぞ、コラ」


 セックスのチャンスを逃した連中が、怒鳴ってくる。

 気付いていないのか、お前らのアイドルのコトリちゃんもガムを吐き出したぞ。

 隼人はダメで、コトリはいいのか。


 思い返してみれば、いつもコトリは優遇されてきた。

 あくまで想像ではあるが、小学生のときにUMAを見たとコトリが口走ってもイジメられなかったのだろう。


 少なくとも、遥みたいに、嘘つき呼ばわりされる事態には陥らなかっただろう。


 毎日、暴言を吐かれても、遥は凛とした態度を貫いた。

 どんな目にあっても、絶対に学校を休まなかった。


 だから、隼人は必ず支えてきた。

 自分も一緒になって馬鹿にされても、遥の味方だった。強くあろうとし続けた。

 逃げずに戦う遥の傍にいると、自然と勇気が湧き上がった。


 もっとも、遥は隼人の助けだけに甘えるような弱い人間でもなかった。

 ブスなどという容姿で悪口を言われれば、綺麗になっていく。

 美容師免許を持つ母の朱美の力を借りて、目に見えてオシャレになった。


 勉強ができなくて馬鹿にされれば、その度に苦手科目を克服していった。

 授業中に先生にあてられても、間違えることをなくした。


 体育も頑張ってきた。

 競技によっては、相手がルールを無視することがあった。

 どんな卑怯な手を使われても、遥はルールに則り、その上で勝利をもぎとった。


 逆境を乗り越えてきた。

 一番傍で見ていたから、隼人はすごさに震えた。


 やがて、遥を笑うための理由が

「一緒にいるのが、浅倉ってダサくね?」

 というものになってきた。


 そんな風に無理してまで、当時の教室では遥をいじめる必要があったのだろう。

 標的を隼人に変えるのではなく、遥のままであるのが重要だった。

 遥を守るはずの隼人が、足を引っ張っている。

 あれほど、悔しい思いもなかった。


 相合傘をいろんなところに書かれた。

 付き合っているとか、いじられはじめた。


 だが、それも長くは続かなかった。

 遥のために、隼人が勇気を振り絞ったからだ。


「次、って。再来さんも参加するんですね」


「小鳥遊とは、おれもまだ楽しんでいないんでな。いやとは言わせないぞ」


「へいへい」


「じゃあ、空気を呼んで、そろそろ倒れろよ、浅倉ぁ」


 悪いが、空気に逆らうのは得意だ。

 その強さは、遥から貰った。


 あれは、いつかの掃除の時間だった。

 遥の机が汚いとか、触りたくないとかいう奴らが、たくさんいた。

 連中は最悪で、机を運ぶのをいやがって、足で蹴るようにしたのだ。

 机は蹴られたことで倒れて、中のものが飛び出した。


 転がった遥のペンケースをゴミと一緒にチリトリの中に入れる連中がいた。

 隼人は奪い返そうとした。

 だが、うまくいかず、もみ合いになった末、ペンケースは汚れた雑巾の入っているバケツの中に落ちてしまった。


 悲惨なことになったので、ガキは笑う。

 遥がバケツの中から救い出しても、ペンケースは濡れて変色している。


 くさい、くさいと、鼻をつまむ奴もいる。


 隼人は駆け寄り、頭を下げた。

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