2016年【隼人】38 おそろしい獣の食事風景

「では、小鳥遊先輩の指示通り、おれから時計回りで、いかせてもらいます。大人の階段を登るために、浅倉、死んでくれよ」


「コトリには、さん付けして、オレは呼び捨てかよ」


「てめぇだって、おれにタメ口きいてんじゃんかよ。殺すぞ、おい」


 殴られる。

 この攻撃ならば、虫ならば殺せるだろう。再来さんが最強扱いされていることから、察するべきだった。

 喧嘩が弱い不良もいるようだ。


「はい、次。きびきび殴っていこう!」


 一人終わったが、まだまだ先は長い。

 そんなことを考える時点で、隼人もコトリが生み出した流れの一部になっている。


「浅倉には勿体無いが、今日はおれの必殺技『オクトパス・ギガンテウス』をみせてやる」


「なんだよ、その『海の悪魔ルスカ』ってUMAの別名と同じ技は?」


「てめ、なんで。そんなマイナーなことを。知られたからには、生かしておけん」


 巨大な触手での攻撃ではなく、単なるパンチではないか。

 期待させやがって、帰れ!


 二人目にして、相手にいちいちリアクションを取るのもバカらしくなってきた。

 それでも、気だるそうなコトリを隼人は睨まずにはいられない。


「はい、次」


 順番に殴られながら、隼人は小学生時代のコトリを思い出す。

 コトリは幼少期から人の顔色や空気を読む力に長けていた。

 小学校も高学年になった頃には、人間社会の中で生き抜く術を誰よりも熟知し、狡猾になっていた。


 あれは、コトリの両親が離婚した直後の頃だ。

 苗字が変わったのをクラスの誰かがイジる空気となった。

 コトリはうまいこと、その場だけの話題として終わらせようとした。


 だが、誰かが片親を馬鹿にするような発言をしたのが、まずかった。

 黙っていた遥が、コトリを守るべく立ち上がった。


 父親が誰かも知らぬまま育っていた遥が我慢できなかったのは、自然な流れだった。

 そして、母親と死に別れた隼人も遥に加勢するのも至極当然だった。


 多数派の顔色をうかがうことなく、自分が正しいと思う道を遥は突き進んだ。

 集団で作り出した空気を壊した。群れを出る勇気を持っていたのだ。

 客観的に見て、正しいのは遥だった。


 だが、多数派はそれを認めなかった。

 少数派の意見は間違い。

 異論は認めない。

 という空気を出して、遥と隼人を村八分にする。


 コトリがそこから逃れたのは、彼女が空気を読んで多数派についたからだ。

 むしろ、遥のように戦えないのならば、自らに被害が及ばないように徹底するしかなかったのかもしれない。


「ちょっと、あんたたち。しっかりしなさいよ。なんで、浅倉を倒せないのよ!」


 昔のことを思い出しているうちに、順番待ちの数が減っていた。

 とはいえ、まだまだ折り返し地点も迎えていない。


 再び、隼人は自らの記憶に意識を集中させる。

 いつしか、コトリは遥をいじめる空気を小学校の教室に作り出した。


 ほどなくして、隼人は遥を守るために有沢を中心にしたグループと衝突を起こすようになった。

 遥を執拗なまでにいじめる有沢たちと何度もぶつかった。

 いくら立ち向かっても、根本的な解決はおとずれなかった。


 いまにして思えば、隼人は戦う相手を間違えていたのかもしれない。

 有沢はイジメを行う群れのリーダーにされただけだったのではないか。

 加害者ではあったが、本質的な敵ではなかった。

 だとすれば、いくら対峙しても解決の道はみつからなかったのにも納得がいく。


 もしかしたら、学校の中のイジメというシステムに、有沢たちも取り込まれただけだったのではないか。

 加害者という形の犠牲者。


 あの独特な空気は、どこにでもある。

 たとえば、中学校の校舎裏で別に恨みもない相手を殴るのも、目に見えない何かに飲み込まれた人間の足掻きなのではないか。

 おそろしい獣に、隼人を含めて誰もが食われているのだ。

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