2016年【隼人】27 遥の幸せだけは守りたい

「でも、がっかりだ。浅倉もその程度だったとはな。お前と久我のカップルがお似合いだって思ってたやつも嘆いてるぞ、きっと」


「うるせぇな。なんの過大評価だよ、それ」


 有沢の口から吐き出された煙が、教室に漂って消えていく。

 残ったのは、タバコのいやなにおいだ。


 目に見えないものでも、形を変えて存在する。

 隼人の心の中にも、同じように完全には消えないものがある。

 身を引くといったものの、心の中ではくすぶっているものが、存在している。


「浅倉が本気で久我を諦めるってんなら、助言しとく。はやいうちに久我を嫌いになったほうがいいぞ。目の前で好きな女がほかの男と仲良くしてるのは地獄だからな」


「そういう経験あるのか?」


「なければ、もっと前から、浅倉とは仲良くなってたかもな」


「お前、まさか」


「昔の話だ。いまは、もう興味ないからな」


「そっか。撫子のことが好きだったのか。お前で何人目かな。あいつに興味あるのって」


 しみじみ思う。

 すごいな。兄というだけで、撫子のファンから嫌われている。

 だから、こういうのも慣れっこだった。


「いや、そっちじゃない。久我だよ。久我」


「朱美ちゃん?」


 しみじみ思う。

 すごいな。近所に住んでいるというだけで、朱美のファンから嫌われている。だから――


「まぁ、あのお母さんも美人だけど。ちがう!」


「じゃあ、遥のこと言ってんのか。そんな気は薄々してたんだけど、ふざけんな! 上等ォこいてんじゃねぇぞ! てめぇには、渡さん!」


「それを、会長にもぬかせってんだ! ばーか、ばーか!」


「うるせぇ、アホが!」


 お互いに椅子を蹴っ飛ばして立ち上がり、息を切らして罵り合う。

 呼吸を整えて椅子に座り、隼人はふと思う。


「でも、納得できねぇぞ。好きな相手なのに、さっき遥の嫌いなところあげてたよな?」


「だから、昔の話だって言ってんだろ。お前もそのうち、久我のことが嫌いになるかもしれないぞ。自然とな」


 どのように自然とそうなるのか考えてみた。

 これから先、恋心を燻らせている隼人の目の前で、遥は倉田とイチャイチャしている。


 きつい。つらい。

 それこそ、直視するのが耐えられない。


 そうなったとき、燻っている恋心ならば、自分が楽になるためにも、消してしまうのが一番だ。

 でも、鎮火できないのならば、火を炎に成長させてもやしつくせばいい。そう、憎しみの炎にするのだ。


 だが、その方法として遥をイジメるというのは、絶対にとりたくない。

 どうなろうと、遥の幸せだけは守りたい。その点だけはぶれない。信念だ。揺るがない。


 だからこそ、困った。有沢のとった嫌いになる方法が参考にならないではないか。


「どうやって嫌いになりゃいいんだ?」


「確かに難しいかもな。おれが考えた末にいきついた久我の嫌いなところが、浅倉にとっては魅力だったんだし」


 いままで、どんな遥も受け入れてきた。

 ベタ惚れの状態で嫌いになる

 ――無理だろ、そんなの。


「浅倉はギンギン兄さんと違って一途だから、惚れた女を嫌いになるのが大変だな」


 同性で仲がいい奴は、有沢以外にもいたのだった。

 しかも、年上だ。

 新しい意見が期待できそうだ。


「そっか。銀河にも相談してみるか」

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