2016年【隼人】23 女性の好みは千差万別

 午前中から降り始めた雨は、放課後になる頃には土砂降りになっていた。


 雨が降ってる状態で、隼人を追いかけ回すほど、不良連中も馬鹿ではないようだ。

 隼人は教室にとどまっている。

 これぞ、恵みの雨だ。


 ひとりきりの教室で自分の椅子に座り、遥の席をぼんやりと眺める。

 最低の夜が尾を引き、今日は遥と一緒に帰れないかもしれない。

 ならば、待つ必要なんてない。

 雨足が弱まったタイミングで帰るのが利口だ。


 あいにく、隼人は馬鹿だ。

 いつもよりも賑やかな校舎内で、奇跡が起こるのを信じている。


「賑やか、ってかうるせぇな」


 普段は外で練習をする部活動が、廊下で筋トレをしていたり、階段をダッシュで昇り降りしているせいだ。

 文化部はさぞかし肩身の狭い思いをしていることだろう。

 それ以上におとなしくなっているのは不良連中だ。校舎での居場所がないと自覚し、雨足が最も激しい時間帯に学校をあとにしたのだから。


「お、いたいた。浅倉みーつけた」


 背後からの声に、隼人はビクッとなる。

 振り返って教室後方の入口を見ると、緊張の糸がほぐれる。

 不良はみんな、シコリに帰宅したと思っていたが、この茶髪だけはちがったようだ。


「なんだ、有沢か。まだ学校にいたのかよ」


「どした? おれの登場じゃ不服か? もしかして、誰か待ってんのか?」


「そういう訳じゃねぇけど」


「隠すなって。お前が、毎日毎日、久我と帰ってるのなんて、岩田屋中学校じゃ校長の名前よりも有名なことだろうが。どうせ、今日もいちゃこらしながら帰るんだろ」


 得意げな顔になっている有沢は、事実を言い当てた気になっているようだ。

 反論すると、虚しくなるのはわかりきっている。黙ったままでいると、有沢が前の席に座る。


「おらよ。見ない奴、返すよ」


 机の上に通学鞄を置き、有沢はコンビニ袋を取り出す。

 袋の中には、隼人が貸したDVDとエロ本が入っている。意外と有沢はマメなようで、百円均一で売っているディスクケースにDVDを収納してくれている。


 ディスクを確認しながら、複雑な気分になった。

 大事なものが、他人にはいらないものと判断されて、すぐに戻ってきた。娘が離婚して実家に帰ってくるお父さんの気持ちもこんな感じなのかもしれない。


「あれ? なんだ。これ? 実家に帰ってきた娘が、子供を引き連れてんだけど」


「なに、言ってんだ浅倉?」


「ああ、いや。見慣れないディスクがあったから、なんだこれって思ってだな。巨乳とか人妻って、他の奴から借りてるもんじゃねぇのか?」


「いや、それはおれのだ」


「どういうことだ?」


 有沢は体ごと横を向き、足を組んだ。


「そのAVは、昨日のお前の勝利祝いだ。アホの三井を倒したんだろ。話をきいただけだが、すかっとしたからな。いっとくが、やるわけじゃねぇからな。おれのオススメ女優を貸すだけだ」


「素人妻は即ハメ中出しオーキードーキー」


「平然とした顔で、タイトルを読み上げてんじゃねぇよ」


 注意されたので、黙ってディスクを確認していく。

 一枚ずつ取り出して、タイトルを心の中に読み上げていく。


「だからといって、こんなところで、堂々と見るなよ」


 有沢からの注文の多さに、隼人はため息をつく。


「じゃあ、いらねぇから、借りずに返そっかな」


「ああん? なんでだ?」


「悪いけど、オレの好みじゃねぇからな。オーキードーキー?」


 女性の好みは千差万別だ。

 貸したDVDで、いま返却されたもののほうが、隼人にとっては価値がある。

 それこそ、いまも有沢が持っているものは、戻ってもなくても別に構わないぐらいだ。

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