第3話 カルダシェフ・スケールⅢの需要と供給

 カルダシェフ・スケールという文明尺度がある。


 ニコライ・カルダシェフというロシアの天文学者が地球時代の西暦1964年に発表した宇宙文明の指標で、I型は惑星の、Ⅱ型 は恒星系の、Ⅲ型は銀河系のすべてのエネルギーを利用できる文明、という三段階だ。


 ただし勿論、そんな大昔の尺度が現実的に活用できるかは別の話で、


「なんせ、Ⅲ型どころかⅡ型 になるより先に次元干渉技術が生まれちゃったもんねぇ。今じゃ三次元宇宙の全部のエネルギーを超えるエネルギー、なんて第四格以上のご家庭なら誰でも自家発電できるんだし。I型からⅢ型まで、正直あんまり差はあると思われてなくない?」


 うたなは超光速で流れていく外界の景色を眺めながら、引っくり返った姿勢でソアにぼやいた。つまり、そういう描像をした。


 特に大した意味があるわけではない。超光速航行FTLドライブと言ってもとっくに『枯れた技術』であり、安全でローコストな三次元宇宙の渡り方だ。平たく言えば、ドライブをしながらの暇潰しの雑談である。


 管制用の椅子に礼儀正しく座ったソアも、それを咎めはしなかった。他に優先度の高いタスクもない。誰だって、移動中は暇なのだ。


「古典文学にある『ロボット三原則』と似たようなものかもね。ヒトを傷つけない、ヒトに従う、自分を守る……けど結局『ヒト』と『ロボット』の差異なんて、十世紀も経つ前になくなってしまったから。昔の人が未来に想いを馳せたルールは、大概想像を超えた技術で塗り変えられてしまうんでしょうね」


「それなのに、私達は未だにⅢ型のリサイクルみたいな採掘事業をやってるんだからなんとも言えないけどねー」


「Ⅲ型、銀河級文明はダイソン球タイプの放射エネルギーの回収を主にイメージしていたらしいから。恒星と惑星を物理的に解体して、原子資源として回収して利用するスタイルとはまた違うんじゃない?」


 読書をしながら答えるソアの言う通りうたなとソア、すなわち第三格星系採掘複合体は『銀河系のすべてのエネルギーを利用する』ための採掘事業に携わっている。

 ただしカルダシェフ・スケールが予期したものとは異なり、『すべての』の定義はより徹底的だ。E=mc²。アインシュタインが特殊相対性理論で示した通り、物質は膨大なエネルギーを秘めている。恒星の輝きを受け止めるよりも、恒星の核融合を制御し、停止させ、水素とヘリウムと重元素を回収する。


 そして適切に設計された人工融合炉の中で、あるいはより高度に洗練されたサステイナブルな還源エニュラス機関によって純粋なエネルギーへと変換される。


 ……「宇宙なんていくらでもあることがわかったから、資源採掘用宇宙の無人宇宙は丸ごと資源化しちゃおうぜ」という発想がまかり通っている現代において、何が持続可能サステイナブルだというツッコミはままあるのだが。


 実際のところ、現代に生まれる持続不可能性というのは人類総体すべてを脅かす特異点存在や七次元テロリズムだとか、そういうもののことを指す。エネルギー問題というのは七次元の先端開発公社の困りごとであって、辺境の三次元宇宙には無縁だ。宇宙は田舎者には使い切れないほどに広すぎる。


 とはいえ。


「『薪を割って火を燃やす』だっけ? 物好きな自然文化保護団体と似たようなことをしてると思うと、いいんだか悪いんだかなんだよねぇ」


「悪くはないでしょう。そこに需要があるから供給わたしたちがある。古代資本主義の時代から社会構造も随分と変わったけれど、その根幹だけは変わらないのだし」


 くるくると体育座りで宙を回っていくうたなに、書籍から視線を上げたソアが一瞥を送る。


 それからちらりと頭上を見て、空中に投影ディスプレイを呼び出した。内部処理を視覚化して定義付けしていくことは、彼女の癖でもあり、一種の整合性チェックでもある。


 その複雑に記述されたグラフと数字の群れは、一つの事実を示していた。


「――ほら、そろそろ着くわよ。次元港Dポート。採掘した資源を本社に渡して、それぞれのユーザーがいる次元宇宙に配って貰いましょう」


 『窓』の外。


 三次元物理宇宙は相対速度を緩め、満天の星空のような――けれどそのすべてが人類総体の被造物で構成された次元港Dポートの光り輝く造形が、この宇宙に突き出した人類活動の象徴として全天よりも力強くうたなとソアを迎え入れていた。

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第三格星系採掘複合体のうたなとソア 蔵持宗司 @Kishiba

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