ラブレター

 学年が1つ上がり受験という恐ろしい言葉が現実味を帯びてくる年齢になったもののまだ桜の匂いを残すこの時期、誰もが皆、まだ大丈夫という裏付けの無い安心感と誰が皆を出し抜くかということに怯えるというなんともふわふわとした時期にことは起きた。

 彼女のクラスには清瀬晴海という少女がいた。

 晴海は咲とは違いおとなしくそして透き通った肌をしておりクラスでもその美しさから人気の少女だった。

 私と晴海は幼馴染で小中高とずっと一緒に過ごして来た仲だ。一緒に登校し一緒に下校する。大学受験も同じ大学に行こうねと約束した。彼女はそれにうなずいてくれたし自分も彼女の学力い追いつこうと勉強に勤しんだ。

 昔から私は運動が好きで高校でもバスケ部に所属していた。この学校ではどこかの運動部に所属することが校則で決められており運動の苦手な晴海はマネージャーとして私を支えてくれていた。

 一昨年の夏だっただろうか。私と晴海はクラスの男女数人で近くの夏祭りに遊びに行った。この日ばかりは普段、無頓着な私もめいいっぱいのおしゃれをして遊びに出かけた。一緒に来ていた正樹は馬子にも衣装だな。なんて私を茶化したりもしたがそれを聞いて怒った愛未のようにそれを咎めるでもなくただポツリと私に「咲ちゃんきれいだね」と誰にも聞こえない声で彼女は呟いた。そのことに顔を赤くした私を見て正樹がまたイジる。だが咲にとってそのイジりは決して嫌なものではなくじゃれ合いの中の1つに過ぎないほど細かなことだった。祭りの後半、大きな打ち上げ花火が見ものになるのだがめいめいが屋台で購入した焼きそばやたこ焼きを持ち寄りメンバーの中にいた酒井聡太というクラスメイトが人が来ず落ち着いて見れるという穴場を知っているというので始まる30分前にそこへ連れられ持ってきたブルーシートを敷きその時を待った。

 彼の言った通りそこは人通りもなく初めは少し会場からも離れていることもあり不気味さを感じさせたが正樹たちの声やソースの香りがそれをすぐに消し去ってしまった。聡太の言葉は嘘どころか皆を喜ばせるに十分なほど見ごたえのある花火を堪能することが出来た。多分そうだったと思う。多分と言うのは察しの通り私は彼女の美しさに見とれてしまっていた。ドーンと言う大きな音が余計な音を消し去り私と彼女の世界を作る。光ってから音がなるまで光ってから音がなるまで短距離走を何度も走るような一瞬の時間を私は繰り返し刻み込んでいた。思えばそれは芽生えを自覚した瞬間だったのかもしれない。あの光は、あの音は私の中から現れる光。音。だったのかもしれない。

 高1の夏というものは人生において一度しか来ないという情報を聞きつけた高校生たちが血眼になって夏休みを満喫していた甲斐もあって夏休み明けの教室は暑さも話題も豊富にあった。その中には誰と誰が付き合い出したという話もあれば1つ上の部活の先輩が大学生と初体験を済ませたなど生々しさを帯びたものもあった。それを聞いて顔をしかめる者もいれば男子のように羨ましさからその船に乗り遅れまいとする愚かな者もいた。咲にとってそれは新鮮ではあったがまだ遠いものであり私にとって重要なことは彼女の美しさを見守ることであった。

 二学期にもなればみな入学の頃の初々しさは消え世間一般の高校生色に染まる。咲自身も少し余裕が出てきたのかスカートを少し短くしてみたり髪をわからない程度に染めてみたり教師もわかっているのか何も言わずただいっときの病を見るかのように見過ごしていた。そんな中でも彼女は黒く長い髪を触ることもスカートの丈を短くしすぎて流石に見逃せず生徒指導室に連れて行かれることもない毎日を過ごしていた。

 「清瀬って綺麗だよな」

 休み時間、クラスの男子がそう言ったのを耳にする。同じ気持ちを勝手に共有するかすかな喜びと私だけの気付きを奪われたという嫉妬、毎日、バクバクと心臓を鳴らしながらクラスの時間は進む。

 気がつくとこの制服での一度目の冬が来る。

 真っ黒に焼けていた子たちもゆで卵を剥いたように白く、りんごのように頬が赤く色づく。私達の街では年に数度ほど雪が積もる日があるが皆いつもとは違う異世界に迷い込んだようで心が高揚するのか声が高くなる。

 「ねぇ咲。今日の放課後ひま?」

 テスト前ということもあり部活もなく予備校にもまだ行っていない私は特に用事がなければ家で勉強をするつもりだった。なので彼女に呼び止められたことは喜ばしいことであり一緒にファミレス辺りで勉強を誘われると思ったのだった。

 「実は律子たちに彼氏にプレゼントを買いたいから付き合って欲しいって頼まれたんだけど私こういうのわからないよって言ったら咲も一緒に来て欲しいから私に誘ってって言われてさ。ほら私達いつも一緒だからみんな私が一番、咲を誘いやすいでしょって」

 確かに私はクラスの中では晴海と一番親しい。かといって他の子達と遊ばないわけでもなく晴海以外と出かけることもよくある。だが皆から私が一番、晴海と仲が良いと思われていることは1人自室のベッドの上で足をパタパタさせる程には喜ばせる事実だった。

 買い物中、皆で色々と見て回ったが私自身そういったことをしたことが無くせいぜい父へのプレゼントぐらいだったため果たして今どきの男子高校生を喜ばせる能力を持っているのか不安で仕方がなかったが最近の世の中は便利なものでこの季節になると頼んでいないにも関わらずあちらこちらの店でクリスマスフェアなるものが行われ恋に悩む者たちを助けると見せかけて更に迷わせるイベントが行われており結局、試験前の貴重な時間をかなり使って律子たちの彼氏へのプレゼントを選んだ。

 その御礼にと彼女たちから彼氏のいない者数名にはカフェで太ること間違い無しのこの時期限定のチョコレートドリンクを飲ませてもらったので良しとしよう。

 2人で顔をあわせて甘くって温まるね。と顔を赤くしながら笑いあったこともあり私はクリスマスを呪うこと無く乗り切ることができた。

 その日はまさに朝から雪の降る。年に数度の一日だった。降り出した雪は私達が家にたどり着く頃には珍しく外を真っ白に染め色をリセットしたようでその上から私が色を塗ることはできないのだろうかと考えた。

 テストの結果は、、、まぁまぁだった。

 こんなものだろう所詮、私だ。頑張ったところでしれている。落ちないようにただそれだけの為に頑張っている。勿論これから先、もっと努力もするだろう。大学、就職、その先きっと。ただ私は特別ではない。だから落ちないように、普通から落ちないようにしがみつく。ときに必死なふりをときに必死に、そうしないと何者でも無くなってしまうから、何者でもなれる彼女に見捨てられる気がする。そんな気がして自分勝手にもがく。彼女を作り上げる。ただの私の自慰だ。これは。

 年が明け壁に掛かったカレンダーが新しくなった。私達は皆で初詣に出かけた。夏、浴衣の彼女を見たときはとても美しかった。それ以上に着物姿の彼女は美しく見とれてしまっていた。

 「咲?どうしたの?」

 声を掛けられて自分が1人の世界から戻って来ることができたことに安堵する。

 「なんでも無いよ。似合ってるなって見とれてただけだよ」

 「恥ずかしいな。咲も似合ってるよ」

 お世辞だったとしてもそれは私にとっては一番の喜びであり今年はなにか良いことがありそうだと思わせてくれる。

 待ち合わせの神社につくと流石に男子は普段着ばかりだが女子は半分ぐらいは着物姿だ。皆、色とりどりに着飾って新年の祝を全身で表現しているかのようで美しかった。勿論、私にとっての一番は彼女であることは変わり無いもののこのときばかりは浮気心が少し出たことを謝りたい。

 「何、お願いした?」

 「俺は部活でいい成績が出ますようにかな」

 「私はお金持ちになりたい!」

 「みんな心汚れてるなぁ」

 「そういうお前はどうなんだよ」

 わいわいと騒ぎながら皆、自分の願いを茶化し合う。

 「咲はどんな願いをしたの?」

 晴海に聞かれドキッとする。まるで見透かされているような。私の下心を。

 「テストで良い点取れますようにかな」

 「なんだー白石も俺と変わんないじゃんか」

 とっさにでたありきたりな嘘。あまりに薄っぺらすぎて剥がされないか心配になる。まるでかさぶたのようにチクチクとする嘘。

 お参りをした後、皆でおみくじを引いた。私は末吉というなんとも私らしくぴったりな吉を貰った。正樹は凶を引いたとかで泣く真似をしながら私達に慰めろアピールをしていた。正直そんな正樹が羨ましかった。その凶を私の末吉と交換して欲しかった。いや違う交換してほしいのはそんなものではなく正樹という皆から愛される性格だった。本当にそれだけなのだろうか。欲しいのは。正樹の下腹部についている物も私にあれば私は今、神に願ったことを叶えることができるのではないかそんな気持ちを過ぎらせた。私は変態なのかもしれない。正樹の下腹部を求めそれを隠し神にテストの点数を願ったと願った者の前で嘘をつく。叶えてくれないのではないか。ありえない不安をありえると考え迷い始める。それほどまでに私は彼女を欲していたのかもしれない。

 春を迎え1つ大人になるころ私達は次のことを考え始める。

 進学、就職、ついこの間、済ませた儀式がすぐにまた襲ってくる。3年というのは短すぎるのではないか。人は80年生きるのだ。もっとこのときが続いても罰は当たらないのではないか。そう願ったところで時間の流れも世の中の流れも変わらない。

 「えーみんなに行きわたったか?そこに進路について第1希望から第3希望まで書いて今週中に提出しろ。勿論、今の段階で決まって無いという奴も多いだろうからあくまでなんとなくで書いても構わない。ただし3年次のクラス分けや進路相談にも関わってくるからしょうもないことは書くんじゃないぞ」

 担任の話が終わると皆、ザワザワと騒ぎ始めこの1週間はその話題で持ちきりだった。

 「やっぱ俺は文系かなー」

 「お前、数学得意だし理系?」

 「私、都会の大学ならどこでも良いよ」

 「うちは金無いし国立だな」

 皆、少し前まで学年が上がったことに騒ぎ遊びの話や昨日観たテレビの話をしていたのに一気に色が変わる。この目の前に置かれた白い紙にはそんな魔力があった。

 「晴海はどう考えてるの?」

 知りたかったことをやっと聞くことができた。どんな答えが返って来るのだろう。

 「私は多分、国立の文系かな。まだわかんないけど」

 きっとそう返すだろう。思っていた通りの回答が彼女の口から聞かされる。

 「そっか、だとしたら今のところ一緒だね」

 気づかれ無い様にさらりと言ってのける。大丈夫、気がついてない。

 「そっか、じゃあまた一緒かな。嬉しいな」

 その言葉に心躍る。

 「ほんとだね。そうなったら嬉しいね」

 金曜日、提出した彼女の進路は見ていない。


 高校生活2度目の夏が来た。

 去年までのお上りさん状態の者は少なく。でもやはり高校生活においてはある意味、一番の夏が2年の夏だろう。というより高校2年というのはまだ何者でもなく何者にもなるチャンスを残しそれを現実逃避できる最後のチャンスだと思う。

 後にも先にも17歳は一度しか無い。35歳も60歳も一度だ。でもそれ以上に17歳は一度なのだと私は叫びたい。勿論、声には出さない。出したら17歳を取り上げられてしまうから。

 去年と同じ花火大会、部活の大会、彼女との楽しい時間は会っという間に消費される。早すぎてまるで読み飛ばしたのではとページを戻したくなるがそれは与えれることはない。私にも彼女にも誰にも。

 私の思いだけが変わらずぐるぐると回り続ける。この夏ならきっとチャンスはあった。今となってはそれすら怪しいが。

 でも彼女の美しさは去年と変わらずいや去年を遥かに超えて私の心を支配した。少なくとも去年は花火を見つめる余裕があった。今年はただ彼女の瞳に映る花火と正樹が撮ったスマホの動画でしか私は花火を見ていなかった。

 そんな簡単に私の高2の夏が終わって良いのだろうか、私にはやるべきことがあるのでは無いのか、そんな焦りと迷いが頭を過る。彼女に伝えねばと思うほどに体が固まり足がすくむ。あの笑顔を壊してしまったら、私は何を糧に生きていくのか。何者でも無いことに人より早く気がついてしまった私に。

 世の中の恋を楽しむ人達が喜び恋に悶える人たちが苦しむ冬。

 あの時、あの日、私は選択肢を間違えたのかもしれない。あなたとずっと一緒にいるという選択肢を。

 いつもより寒く朝から雪がシンシンと降る日だった。

 外は静かで校内の熱気との差が窓ガラスを濡らしていた。

「咲は彼氏作らないの?」

 ありきたりな質問を京子がする。

「そう言えば私も咲が彼氏を作ったところ見たことないなぁ。それとも私には内緒?」

 晴海に言われ作らない理由を言うこともできずまた嘘を付く。ありきたりな嘘を。

「私、もてないしさ。それに今はバスケに忙しいから」

 誰もが納得してくれる嘘だ。きっと。そう思っていた。

「そうなのかな?でも咲、綺麗だしバスケは関係ないんじゃない?河内先輩も彼氏いるし」

「そういう晴海はどうなの?咲だけじゃなくてあんたも美人なんだし彼氏の1人2人いてもおかしくないでしょ」

 汗が背中をつたう。聞きたかったことだった。でも聞いても良いのだろうか耳を塞ぐべきか。

「私はいないよ。でも欲しく無いことは無いなぁ」

 喜びと苦悩がやってくる。苦しんでいる。私は今、苦しんでいる。

「晴海が好きだ」

 その一言を言いたい。でも出てこない。どうしてだろう。

 放課後、呼び出せばいい。部活が終わって帰り道、同じ方向だ。言えばいい。家に遊びに来る様に誘えばいい。家に行けばいい。

 それは正しい選択しでは無いのだろう。でも間違っていても今しか無かった。きっと高2を私はこれの為に走馬灯の様に過ごしたのだ。



 春が来た。

 私にでは無い。いや私にも来ているが違う。

 私の目の前では聡太という男と晴海が笑っている。

 私は笑っている、、、のだろうか。

 私は文系クラスに進んだ。

 彼女は理系クラスに進んだ。彼とともに。

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