本の世界『リピート・クロニクル』 7

 「いつからだ?」

 「この世界『クローズ』に来た直後だよ~この体は使いやすいから刷り込みがうまくいってよかったよ」

 「…あなたはだれ?…」

 「んー?『神は癒される』ってね。名前は明かさないけど、これで分かるでしょ?全部ボクが仕組んだことだよ。リラリィを吸血鬼に変えたことも、この体の持ち主であるフィフとリラリィを戦わせたことも。それを利用してこの世界に捺瀬、君を呼んだことも」


 フィフの言葉を聞いたリラリィの手は震えていた。

無理もないだろう。

仕組まれていたなんてだれも思いしなかったのだから。

リラリィがスラストと黒羽と氷架へと視線を向けた。リラリィの意図を理解した三人は一歩後ろへと下がった。


 「リラリィ!?」

 「捺瀬…絶対に元の世界に…戻すからね」


 リラリィは振り返って捺瀬に優しく微笑んだ。

それは一瞬で、次の瞬間にはフィフへと視線を移していた。

カツンカツンと足音が響き、リラリィがフィフとの距離を詰めていく。

ある程度の距離まで近づいたところで、リラリィの姿が消えた。

いや、リラリィが一気にフィフとの距離を詰めたのだ。

キインという金属音が響いた

。リラリィの手にもフィフの手にも短剣が握られていた。

フィフは短剣でリラリィの攻撃を防いでいた。

そのまま腕を振ると、リラリィがその反動で後方へと飛ばされる。

けれど体制を整えて、リラリィはスタンと床へと着地した。


 戦い慣れている…二人の姿をみて捺瀬はそう思った。

魔力を使うことなく、互いに短剣のみで闘っているのだ。


 「いやあ、楽しいねえ」

 「…どこが…」


 ただただ戦いを楽しむフィフと、捺瀬を元の世界に戻す目的のために戰うリラリィでは温度差がある。

だが二人は戰うことを止める事はなかった。

また二人の戦いにスラストたちが加勢することもなかった。

わかっているのだ。

これはリラリィとフィフ、二人の間で決着を着けなければいけないことを。

そうリラリィ自身が終止符を打たなければならないことを。

今度はフィフが距離を詰めたが、攻撃することなくリラリィの腕に巻かれた包帯を手で撫ぜていた。


 「ボクがつけた傷…治そうと思えばすぐに治せたはずだよねえ?」

 「あなたがだれであろうと…フィフを殺したのは私だから…」

 「ふうん」


 楽しそうに笑うフィフは、すばやく短剣を振るった。

シュッという音とともに、包帯が切られパラリと床に落ちる。

腕にはまだ治りきっていないざっくりと切られた傷が露わになる。

その傷を愛おしそうにフィフが舌でなぞり、傷の痛みにリラリィが苦痛の声をあげる。

完全にふさがっていなかった傷口が開き、ポタリと傷口から血が床へと落ちた。

その赤い血をみた瞬間にフィフの様子が変わった。


 「…っつ…なんで…お前まだ消えて…」

 「!?」


 頭を抱えてブツブツというフィフにリラリィは驚いた表情を隠せずにいた。

フィフの中で何が起こっているのか?

フッとフィフの表情が変わった。


 「リラリィ。ごめん…今なら大丈夫だから。ボクを殺して」

 「フィフ…?」

 「うん。あいつを押さえてる間に…ボクは人間じゃなく吸血鬼だから…わかるよね?」

 「心臓を確実に狙う…」


 先ほどとは違う穏やかな表情。

しかしフィフの瞳からは涙が零れていた。

リラリィへと告げられたのは謝罪と懇願。

リラリィはフルフルと首を横に振っていたが、フィフの願いを叶えるために最後には小さく頷いた。

そのころにはリラリィの瞳からも涙が流れていた。


 「Au revoir」


 小さく呟いたリラリィの言葉は捺瀬には聞き取ることができなかった。

ギュッと剣を握り締め、リラリィはフィフの心臓へと短剣を突き刺した。

ありがとうとフィフの口が動き、ゆっくりとフィフの体が傾く。

それを抱きとめたのはリラリィだった。

これで終わったのだと…

でもこんな結末を望んではいなかった。

しかしまだ終わりではなかった。

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