本の世界『リピート・クロニクル』 5

 「盲点だったなあ」


 黒羽はそういうと、スラストの城を外から見上げていた。

夕日に染まるスラストの城。

もうすぐ日が落ち、夜が来る。

普段ならば全員城の中にいる時間だ。

だからこそ外で起こっている異変に気づかなかったのだ。

完全に日が落ち、徐々に周りが暗くなっていく。

それと同時にザワザワとした気配が強くなる。昼とは違う空気。

『クローズ』に来てから捺瀬ははじめて味わうもので、まるでこちらが本来の姿であるかのようだった。


 ユラリと空間が揺らぎ、スラストの城が同じように揺らぐ。

スラストの城には結界が張られているため、中にいるとこの異変には気づかない。

外にいてようやく分かる異変。空間が揺らいだ先には別の城が建っていた。

それはスラストの城に重なるように。

 「ふざけた真似を」

 スラストの低い声にはあきらかに怒りが篭っていた。

それも仕方ないだろう。

まさか自分の城に重なるように別の城があったなど考えもしなかったのだから。

この城を見つけられたのは偶然だった。


 スラストの城を拠点に捺瀬を元の世界に戻す方法を探していたのだが、リラリィ、氷架、黒羽、夢渡りはそれぞれ自分の家がある。

捺瀬が『クローズ』に来たことにより、異変が起きていた。

そのためスラストの城で寝泊りして、それぞれ何があってもいいようにしていたのだ。


 数日前一度自分の家に帰った氷架と黒羽は、スラストの城に戻るのが遅くなった。

スラストの城に戻ったのが日が落ちた直後だったのだ。

そして今先ほど見たのと同じ光景をみた。

その城に入ろうとする黒羽を止め、報告にきた氷架と彼女に引きづられていた黒羽の姿は記憶にあたらしい。


 捺瀬は目の前の城をそっと見上げた。

ほかのものも同じように言葉を発することなくその城を見つめていた。

つたの絡まる城は不気味で、人を寄せ付けない雰囲気に包まれていた。


 「いくぞ」


 だれが発した言葉かはわからないが、その言葉によって入り口の重たい扉を氷架と黒羽が開ける。

埃が積もり生活感のない内部はどこかカビくさい。

だが廊下には等間隔でろうそくの火が灯っていた。

しかしポツリポツリとしかないそれは全体を照らすわけではなく、ろうそくの火のある場所だけが明るく全体としてみたら薄暗い。

歩くたびにカツンカツンと足音が反響する。

自分たちの足音の他は物音すらしないため、静か過ぎてそれが逆に恐怖になって襲ってくる。

長く続く廊下には扉がいくつもあるがそのどれもが鍵がかかっており、部屋の中を確認することは出来なかった。

スラストの城と重なるように建っていたのだから、広さは同じはずなのに廊下の先は見えてこない。


 「どういうことだよ」

 「私に聞かないでくれる?」


 ギャーギャーと黒羽と氷架が言い争いを始め、それを呆れ顔でスラスト、リラリィ、夢渡りがみていた。

いつのまにか見慣れた光景になってしまったそれに、捺瀬は安心感を抱きホッと息を吐きクスクスと笑う。


 「そうやって笑っていろ、捺瀬」


 スラストが優しい声で告げる。

スラストを見上げれば目が合い、捺瀬にスラストは微笑む。


 「そうよ。捺瀬は笑っていなさい」

 「笑顔は幸せになる魔法ってな」


 言い争っていた氷架と黒羽もいつのまにかそばに来ており、捺瀬に優しい表情を向ける。


 「皆のいうとおりじゃ」

 「…笑っていて、捺瀬」


 続けるように夢渡りとリラリィが言葉を紡いだ。

どれも温かい言葉なのだが、別れの前の言葉のようで寂しさが募る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る