本の世界『リピート・クロニクル』 3
「いってえ。氷架のやつ扱い雑‼っと悪いな。オレは黒羽、よろしくな」
ガバリと起き上がった黒羽は、後頭部に出来たこぶをさすりながら、閉められた扉に向かって叫んだあと捺瀬のほうを向くと笑顔で自己紹介をしてきた。
「まあ黒羽のことを付け加えていうなら、バカといったところだ」
「えっと…頭のこぶ大丈夫なのです?」
「ヘーキ、ヘーキ。慣れてるから」
「こういうところがバカといわれる由縁だ」
スラストの言葉になんとなく納得して、小さく頷いてしまう捺瀬だった。
「黒羽もこちらに来るかの?」
「サンキュー、夢渡り。おーあったけー」
夢渡りの言葉に黒羽は素直に従い、こたつへと入り込む。
夢渡りは黒羽の前に、淹れたてのお茶の入った湯飲みを置いた。
こたつの住人がこうして二人に増えたのだった。
「きさまらは緊張感というものがないのか!?」
「スラスト、今は動くことはかなわぬ。リラリィもあの傷じゃ。捺瀬にも説明することもあるじゃろ。われらがここに集まっているのは危険から護るためなのじゃから。誰一人として気を抜いておるものなどおらぬ」
「こうでもしないとな。気が滅入っちまうだろ」
黒羽は捺瀬を見てニカッと笑う。
まるで雰囲気を明るくするかのように。
「…そうだな。休める時に休まねばいざというときに動けない」
「そういうことじゃ」
夢渡りはそういうと、ゆっくりとお茶をすすった。
この世界『クローズ』に来てからどれほど経っただろう?
スラストの城の客間で窓の外をぼんやりと眺めつつ、捺瀬は思いを巡らせる。
この客間は捺瀬が滞在するために、スラストが用意してくれた部屋だ。
着替えなどは夢渡りが夢を渡って取り寄せてくれた。
そのため不自由はあまり感じなかった。
『クローズ』は捺瀬のいた世界とは、全てが違っていた。
元の世界に戻る方法を…手がかりを…原因を探るためにスラストたちと『クローズ』を回って分かったことだった。
この世界は吸血鬼、悪魔、また妖怪に近い種族が多く、捺瀬のような人間はごく僅かだった。
また人間も魔力を持つものがほとんどで、異世界からの移住者であった。
吸血鬼と悪魔も魔力を持つが、その源が血であり吸血衝動というものがある。
スラスト、リラリィ、黒羽、氷架は吸血鬼や悪魔なのだが、生命維持に必要最低限でのみの吸血にしているらしい。
だが、他の多くのものが吸血衝動を抑えずに、餌を求めるらしい。
餌は人間だけでなく、吸血鬼や悪魔など全ての住人が対象になるらしい。
しかし、やはり狙われやすいのは人間らしい。
『クローズ』がなぜ夜危険なのかといえば、この世界の吸血鬼や悪魔は日中も動けるが、吸血衝動が強くなるのが日が落ち夜になってからなのだと。
そのため日が落ちるころになると、スラストの城へと戻るようになっていた。今日も先ほど城に戻ってきたばかりである。
「重荷になっていないといいなのです」
「だれも捺瀬を重荷なんて思ってない。大切な仲間よ」
カタリと出窓のところにカップをリラリィが置いた。
フワリと甘く優しい香りが香る。
ノックをしたのだけど、返事がなかったから入らせてもらったとリラリィは小さく笑う。
捺瀬は首を横に振り、お茶ありがとうと告げる。
「夕日ね」
スラストの城からも『クローズ』に来たときと同じ湖が見える。
夕日に染まる湖が窓の外に広がる。
あのときのようにもう夕日に惑わされることもない。
スラストのいうように一時的なものだったが、それだけの日々がこの世界にきてから流れたという事になる。
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