本の世界『リピート・クロニクル』 2

 視界に入ったのは石でできた壁と、それに合わせた調度品が置かれた部屋だった。

暖炉には火が入っており、パチンと火の弾ける音が響いた。

程よく暖められた部屋に捺瀬の冷えた身体は徐々に温められていく。


 「一息つくといい。ここは我の城の客室だ。城周辺に結界を張っているから危険はない」


 スラストはそう告げながら、捺瀬を柔らかいソファーへと座らせる。


 「お主が時空の迷子なのじゃな」


 誰も座っていなかったソファーのすぐそばから突然話しかけられ、捺瀬はビクッと身体を震わせた。

声のしたほうに視線を向ければそこには、部屋の雰囲気には似合わないこたつが置かれていた。

ズズっと音を立てて湯のみの中身を飲んでいるのは、捺瀬よりも見た目は若い容姿をした女性だった。


 「夢渡り‼こたつを持ち込むなとあれほど‼」


 ズカズカと夢渡りに近づき、こたつのテーブルをバン‼と叩いたのはこの城の主であるスラストだ。

テーブルに置かれている木製の入れ物から煎餅を出してスラストの口に突っ込み、こたつに入っていた夢渡りはにっこりと笑う。

あ、漫画やアニメとかの田舎のおばあちゃん家みたいと捺瀬は声に出さすにそれを見ていた。


 「われは夢渡り。とっておきのお茶と有名店の煎餅を取り寄せたのだが、お主も一緒にどうかの?捺瀬」

 「あ、いただきますなのです。…でもどうして私の名前を知っているのです?」

 「われはその名の通り夢を渡ることが出来る。これもお主の世界で買ったものじゃ。じゃが、夢を渡ることは出来ても…われはお主を元の世界へ戻すことはできぬのじゃ。すまぬの」


 夢渡りは捺瀬に煎餅とお茶を渡すと、真面目な顔でそう告げた。

煎餅をかじりながら。


 「夢渡り…真面目な事をいいながら、煎餅をかじるのは止めろ」

 「スラストさん、口調変わっているなのです」

 「みなまでいうな!」


 ガックリと肩を落とすスラストに、夢渡りが愉快そうに笑う。


 「ちょ…まだ手当てが‼」

 「黒羽!お座り」

 「はい」

 「バカか。あんたは!」


 部屋の外から賑やかな声が聞こえ、やり取りまで聞こえてきた。

バアンと音を立てて扉が開き、驚いてソファーに座っていた捺瀬は思わず立ち上がった。

しかし勢いがよすぎたため、壁に当たった扉が戻り扉を開けた本人に当たるというどこか古典的なギャグが目の前で起きていた。


 「いった…」


 今度は普通に開けられた扉の向こうには、涙目の女性と、その女性を心配そうに見つめる女性と、チョコンと正座している男性がいた。


 「お前たちはなんでコントを繰り広げているのだ?」

 「いや、そういう問題ではないのです」


 赤くなった額を手で撫ぜながら入ってきた女性は、左腕の傷口からポタポタと血が流れていたからだ。

その傷はけして浅いものではなく、ざっくりと切られたものだった。けれどそれ以上の言葉を発することは捺瀬には出来なかった。


 「ごめんね…巻きこんで…ごめんなさい」


 血が付かないようにギュッとその女性から抱きしめられ、捺瀬の耳に届いたのは謝罪の言葉。


 「リラリィ…とにかく今は傷の手当をして休むのが先だ。その出血だとすでに血が足りていないだろう?」

 「そうよ。スラストのいう通りなんだから。あのバカはほっといて手当てするわよ。ドタバタしてて悪いわね。私は氷架。あとできちんと自己紹介するけど、先にリラリィを手当てして寝かせてくるわ」


 氷架が捺瀬からリラリィを離して、そのまま部屋から出て行った。

扉の外で正座をしていた男性を蹴り飛ばして、客室へと強制的に入れてから氷架は扉を閉めた。

ものすごい音がし、男性の後頭部が床にめり込んでいるのを捺瀬はみなかった事にした。

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