第4話

 ——ぬおおおおおおっ!!


 叫びながら、土の中から八束の剣を引き上げた満夜が、土まみれの銅剣を手に身構えた。何世紀も土の中に封じられていたとは思えないほど、銅剣はキラリと輝いて美しい。まるであつらえたように手になじみ、重さも加減が良い。


「まるでオレのために作られたようだぞ!」


 満夜は叫びながら、襲いかかるヨモツシコメの足首を切りつけた。


「ぎゃああああ!!」


 鼓膜が破けそうな大声でヨモツシコメが泣きわめいた。しかも、鵺と雷雲を目にした途端、悲鳴を上げて逃げ出した。

 それを満夜たちはポカンとしたまま、見ていた。なぜ、ヨモツシコメが何もしないまま逃げ出したのか見当も付かない。もし理由があるとしたら、鵺自身にあると思われた。


「どういうことだ……!?」


 満夜は呆然としてつぶやいた。

 前回千本鳥居にチャレンジしたとき、ヨモツシコメはどこまでも満夜たちを追いかけ続けたではないか。それが鵺ごときにここまで恐怖を露わにして逃げてしまうものなのか?


「満夜、はよ、ここから出よ」

「いや、ヨモツシコメを追ってみる」

「何言うてんの!? ヨモツシコメは黄泉から来てるんやで。総本山に乗り込むのも黄泉に行くのも危険やで。しかも、魂やのうて今度は生きたままや。いざなみみたいに帰られるとは訳がちゃう」

「ぬぅ……。しかし、なぜヨモツシコメは逃げたのだ? 鵺が恐ろしいだけだったのか?」


 雷雲がゴロゴロと鳴り響く。


「その通りだ。わしの威光に恐れ戦いておるのだ。銅鏡に封じられていたときも恐れていたではないか!」

「確かに体の一部だけで逃げていた……」

「こうしてわしが姿を現せば、ヨモツシコメを恐れる謂れはない」

「それだけでは納得がいかん……」


 考え込む満夜に前回は未参加だった美虹が声を掛ける。


「前にも後ろにも鳥居が続いてるけど、ここはどこなの?」

「ここは時空が歪んだ千本鳥居だ。黄泉の出口で、ヨモツシコメが出てくる場所なのだ」

「もうヨモツシコメが現れる気配はないね」


 八橋が先ほどヨモツシコメが出現した方向を眺めて言った。


「前はあんなにしつこかったのに不思議です」

「それにしてもどうやってここから出るのかな?」

「鳥居から外れる方法しかしらん」

「八束の剣を持っておろう。それで『場』をたたっ切れば良かろう」


 鵺の言葉に凜理が首をかしげる。


「場?」

「ここはこの世でもあの世でもない。封鎖された『場』なのだ。その『場』から出る方法は、この封印を解く力のあるものの力を頼るか、八束の剣によって封印を破るかのどちらかなのだ」

「ふむ。前はくくりひめである白山くんの力で真名井から出ることができたが、今回は八束の剣で空間をぶった切るほうが安全だな」


 そう言って、満夜は銅剣を構えて、大きく横にないだ。

 なんの手応えも感じられなかったが、確かに空中に横一文字の穴が開いたではないか!


「ほう、この調子で四角く切っていけば穴ができるな」


 かけ声とともに満夜が剣で空間を四角く切りつけた。

 まるで紙を切るように空間がペラリと地面に落ちた。前方後方から見ると確かに穴は開いていて、横から見ると穴が消えた。


「まるで紙人間と同じではないか!」

「紙人間?」


 誰ともなく満夜に尋ねた。


「ペラペラの薄い紙でできた人型の妖怪のことだ。壁とタンスのスキマから現れたり、防犯カメラに写っていたりする厚みのない妖怪だ」

「お化けみたいやな」

「幽霊と混同するものもいるが、あれは妖怪の一種だとオレは考えている。でなければ全世界で共通の特徴を持って存在するはずがない。それに幽霊であれば生前の記憶がある。人間であることを忘れていなければ、立体であることを覚えているはずだからな。人間であることを忘れた時点でそれは妖怪と化するのだ」

「人間の幽霊が妖怪になったりするんですねぇ」

「その通りだ、白山くん! では穴をくぐって異空間の外へ出るぞ!」


 満夜は他の部員を先に穴をくぐらせ、自分より先に出ようとする鵺の首根っこを掴んだ。


「待て、キサマには聞きたいことがある」

「首から手を放さぬか。無礼者!」

「オレの質問に答えれば、手を放してやっても良いぞ」

「なんだ、いうてみよ」

「おまえはなぜヨモツシコメが自分を襲わないとわかっていたのだ。倒すまでもないと知っていたのか?」

「ふっ、愚問だ。わしを恐れぬものはこの平坂にはおらぬわ」

「キサマがいくら無敵であろうと、ヨモツシコメがおまえを恐れる理由がわからない。もしヨモツシコメが恐れるような存在であれば、黄泉のものはみなおまえを恐れるはずだ」


 鵺のつぶらな瞳が満夜をじっと見つめた。


「その謎はおまえが自分で解き明かせば良い。わしがわざわざ教えるまでもない」

「なんだと!?」

「それとも、おまえはわしに教えられなければこの平坂の謎を解き明かせぬのか?」

「くうう!」


 プライドの一番痛いところを突かれて、満夜は歯がみすると鵺を掴んでいた手を放した。


「早うせねば、穴が閉じるぞ!」


 言われてみれば、四角い穴が徐々に小さくなってきている。満夜は慌てて穴をくぐり抜けた。

 穴が閉じる寸前にひゅっと雷雲とともに鵺の体がすり抜けて出てきた。


「何してたのん。心配したで?」


 凜理がハラハラした様子で満夜のそばに駆け寄った。満夜は俯いて、ジッと剣を見つめている。

 黙ったままの満夜を心配して下から顔を覗き込むと、満夜は不敵な笑みを浮かべていた。


「ふ、ははははは……!」

「ど、どないしたん!?」


 驚いて満夜から離れた。


「見よ! これが最強の剣、八束の剣だ! 選ばれし者だけが手にできる、無敵の剣だ! このオレにこそ似つかわしい!!」


 いきなり剣の切っ先を天に向かって掲げた。


 ——ふはははははははは!!


 満夜の笑い声が夕暮れ時の千本鳥居に響き渡る。千本鳥居を囲む杜がやたら黒いので、銅剣を掲げる満夜は悪の帝王のようだ。


 ——はーはははははっ!


 満夜の哄笑が闇に溶け込んでいく。ひとしきり笑い続けた後、満夜は満足そうに口を閉じた。

 その場にいるオカルト研究部部員たちは、居心地悪そうに満夜を見つめていた。


「では、行くか!」


 満夜はみんなの冷たい視線など気にもとめず、剣で前方を指した。


「待て!」


 いきなり鵺の声が響いた。


「なんだ」

「よもや忘れたとは言わさぬぞ。八束の剣で我が封印を解くのだ!」


 満夜は今初めて気がついたような顔をして鵺を見た。


「封印?」

「忘れたのか! 勾玉の封印を解くのだ!」

「すっかり忘れていた。しかし、勾玉の封印を解いたあと、どうやって八束の剣の封印を解くのだ?」

「八束の剣の封印?」


 鵺がくりくりお目々をして首をかしげた。


「馬鹿者。飛翔輪は勾玉で封じられ、勾玉は八束の剣で封じられているではないか。では八束の剣は何で封じられているのだ? 考えたらすぐにわかることだろう!?」

「ぬうう……そうであったか……そのようなからくりがあることまでは考えが及ばなかったぞ」

「脳みそが小さいから仕方ないのか? レッサーパンダ並みの知能なのか?」

「おのれぇ、わっぱがぁ! 手を貸してやったものを仇で返すか!」

「ふふん。先生、このけものの封印を解くのだ!」

「勾玉の封印を解けばいいんだね」


 ポケットから取り出した勾玉を満夜に見せた。


「これを地面に置くのだ」


 地面に置かれた勾玉に切っ先を向けた。


「こうしてやれば、封印は解ける!」


 勾玉めがけて、思い切り剣を振り下ろした!


 ガキンッ!!


 鈍い金属音が響き渡り、まばゆい光が勾玉から発せられた。それは太陽の輝きにも似ていて、一瞬辺りを昼間のように照らし出した。

 それと同時に、真っ白い光が鵺を包み込む。


「おおおおおお——っ!」


 鵺が叫んだと同時に、閃光が走った。

 あまりのまぶしさに、そこにいたみんな目をつぶる。再び目を開けたとき、目の前にいたのは——!?




 巨大なレッサーパンダだった。

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