22 鵺の正体はなんだ!?

第1話

「ひゃはははは! はははぁ! はひぃっ! ひっ!!」


 巨大なレッサーパンダを見て、満夜は腹を抱えて、息ができなくなるほど笑った後、苦しそうにうずくまった。


「ほわわわわぁ! レッサーパンダちゃんが巨大に!!」

「ふわぁ! もふもふちゃん!!」

「へぇえ、鵺ちゃん凄い」

「でかくなっただけかい!」


 他四人は唖然と口を開けて虎より大きなレッサーパンダを見上げていた。


「わしの威厳が……」


 レッサーパンダのままだったことに、鵺もショックを隠しきれない。


「キサマは一生もふもふ珍獣のままなのだ!」

「黙れ、わっぱ!」


 さすがに満夜の頭を一飲みにできそうな、牙が並んだお口は怖いものがある。


「オレを食おうというのか!? オレを食えば、誰がこの謎を解く!? おまえはレッサーパンダのまま、命を終えることになるぞ!」

「ぐぬぬ……わしは不死だが、口惜くちおしや」

「とにかく遅くなるし、今日のところは解散しようよ」


 いつも変態としか認識されてない八橋がいつになく大人の発言をした。


「……このまま千本鳥居でレッサーパンダ相手にいがみ合っていても埒があかん。いったんどこかで今後の話し合いをしないか」

「満夜らしゅうない、建設的な意見やな」

「オレはいつでも建設的だ!」

「じゃあ、うちにくる?」


 美虹が誘った。


「いいの!? やぁ、取材しに行くつもりだったけど、手間が省けたなぁ」

「お母さん、八橋先生が気に入ってるみたいです」

「イケメンだからなぁ」


 イケメンだが変態。天は二物を与えず。普通にしていたら問題なさげに見えるイケメンメガネだが、その実態は民俗学オタクである。


「そうだ。ボクも芦屋くんに話さないといけないことがあるんだった」

「ほう、なんの話だ?」


 オカルト研究部部員たちはいざなみ教本山でもある白山邸へと向かうことになった。




 満夜と凜理は家に遅くなることを電話した後、いつものごとく祈祷所でみんなとテーブルを囲んだ。

 テーブルには菊瑠と美虹が作ったチョコが皿に盛り付けてある。


「どれが美虹くんのチョコなのだ?」

「あたしが作ったのはトリュフだよ」


 美虹が丸いチョコレートを指さした。


「芦屋先輩、わたしのチョコもどうぞ!」

「白山くんのチョコは家に帰ってから食うからいい」


 満夜は遠慮するつもりもなく素直に『食べない』宣言をした。


「うちはおなかいっぱいやから遠慮する」

「わしは食うぞ。ちょこれーとは好物だ」


 鵺が皿ごとチョコレートを頬張った。ガリゴリと噛み砕いて、ゴキュッと呑み込んだ。


「うわ……舌の繊細さがでかくなった途端いきなり消失したな」

「歯ぁ、いとうないのん?」


 満夜と凜理がドン引きしているのに、菊瑠は大喜びで手を叩く。


「わぁい、まだあるから、どんどん食べてください〜」


 菊瑠が立ち上がって台所へ行ってしまった。


「テーブルまで食べちゃいそうだね」

「豪快なのも魅力的だなぁ」


 美虹と八橋は感心した様子で鵺を見た。


「それはそうと、俺に話しておきたいこととはなんなのだ」

「ああ、今日返してもらった石像についてなんだけどね、古墳と蛇塚からも似たようなものが発掘された話しはしたよね?」

「動物の土偶だったな。確か鵺じゃないかという話をしたな」

「そう。鵺だという仮説は正しいんじゃないかと思ってるんだよ。でも、不思議なのは、その土偶を中心に埴輪がいくつも埋まっていたことなんだ」

「どういうことだ?」

「鵺の土偶を真ん中にして、放射線状に埋め尽くすように埴輪が並べられていたんだよ」

「放射線状……遺憾ながら、あいつを崇拝しているように感じるな」

「遺憾とはなんだ!」

「キサマはチョコでも食ってろ!」

「まぁまぁ、争いごとは良くないよ」

「八橋先生の考えを聞かせてくれ」

「ボクも芦屋くんと同じ印象を受けたよ。そもそも土偶というのは霊的存在、神などを指す土人形のことなんだ。それに対して埴輪は葬送儀礼を表しているという説があるんだ」

「では古墳と蛇塚は根本的に同じものだと思っていいんだな?」

「そうだね。古墳と蛇塚に埋葬されたのは鵺、神そのものだったと考えられる。埴輪はその神と一緒に埋葬されたものだったのかもしれない」

「一緒に埋葬されたてなんなん?」

「埴輪が人間の代わりか、何かだったと思われるんだ」

「何かってなんだ」


 満夜が興味津々に目を輝かせながら八橋に訊ねた。


「鵺に供される人間の代わりだってこと」

「生け贄のことか!」


 台所から戻ってきた菊瑠がテーブルにチョコを置くと、間髪入れずに鵺がチョコを一飲みにした。


「もっと持ってこい」


 動じることもなく菊瑠がニコニコと笑って、


「お酒持って来まーす」


 と言って再び出て行った。


 気を取り直して、満夜がテーブルに身を乗り出し、


「やはり鵺は生け贄を求める神だったと言うことか……だから、生き血を求めたんだな。いざなみを食ったのもそれがあったからなのか」

「レッサーパンダちゃんがいざなみを食べたのかい?」

「いざなみを口寄せした美虹くんが話してくれた」

「口寄せ! 見たかったなぁ」

「ほぼ愚痴やったけどな」

「愚痴でも口寄せを実際に見られたのは貴重だよ」

「八橋先生にとってはそうだろうな」

「今はできないの?」


 期待満々で八橋が美虹を見つめた。


「うーん、いざなみ様、今はいざなぎ様とラブラブで幸せらしいから、呼ぶと切れるんだよね」

「ヒステリーか……何千年も離ればなれだったのだから仕方ないか」

「実質遠恋やもんなぁ」


 うんうんと凜理が頷いた。

 菊瑠が次々と持ってくる一升瓶を器用に前足でもって、ラップのみしている鵺をチラリと横目で満夜は見る。


「鵺が封印されたときに埴輪を埋葬したと言うことは、本来は人間が埋葬されるはずだったと言うことなのだろうか」

「だと思うね。人間ではなく埴輪を使ったのは天つ神のやり方だったのかもしれない」

「人間の命を求めるとは極悪非道、化け物と同じではないか……それに、俺は疑問が一つ湧いたのだ。いざなみのときは先に死なせて食ったわけだが、他の人間のときはどうだったのだろう? 生き血を求めたと言うことは生きたまま食ったのだろうか」

八岐大蛇やまたのおろちは生きたまま食ったと思ってる。生け贄というのは生きていることが前提だからね」

「文字通りと言うことか。魂を先に黄泉に送り、肉体を食った場合、いざなみは黄泉で肉体をえることができた。生きたまま食った場合はどうなるのだ……」


 満夜たちはのんきに酒をかっくらっている鵺を見つめた。


「鵺を恐れるヨモツシコメにヒントがある気がするのだが……」

「この平坂で死んだら、黄泉に行くていう話やったよね? 普通は魂だけが黄泉に行くんやろな。いざなみの体を鵺が食べて黄泉に行くていうことは、ヨモツシコメも何らかの形で平坂で死んだてことやないやろか?」

「黄泉は死の国だ。凜理の言うことは一理あるな」

「鵺はいつからこの平坂にいたんやろか?」

「黄泉より以前なら、黄泉は鵺が作ったことになるね」


 これには八橋も興味津々だ。


「おい、鵺。キサマ、いつからこの平坂にいるのだ」


 ングングと酒をラッパ飲みしていた鵺が、満夜たちを振り向いた。


「わしが平坂に降り立ったのはいつかと言うことか?」

「そうだ」

「わしは開闢かいびゃく以来、平坂に人が住まわないときからいたぞ」

「そのときは黄泉はあったのか?」

「人が住まう前なのだからあるわけがなかろう」

「ではヨモツシコメはいつから存在できたのだ」


 可愛い顔に悪い笑みを浮かべて、鵺が答える。


「人が移り住み、支配している神であるわしに気付いて、捧げ物をしたときからだ」

「捧げ物……」


 そこでピンときた満夜と八橋が顔を見合わせた。

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