第3話

「変態男、ちゃんと勾玉を持って来ておろうな!?」

「持って来てるよ!」


 八橋が片手に持った袋を差し出した。中には箱が入っていて、どうやらそれが勾玉のようだ。


「おまえもわしの銅鏡を持っておろうな」

「疑うつもりか!? 八橋先生に返すために石像もついでに持って来た」


 満夜の両手は袋でいっぱいだ。


「石像を持って来てくれたんだ? そろそろ返してほしいって言おうと思ってたんだよ」

「ならばちょうど良い。これが石像だ」


 そう言って使い古した紙袋を八橋に渡した。


「キサマは残りの銅鏡を持ってこい」

「命令される覚えはない」

「せやけど封印を解くにはもってこなアカンやろ?」


 凜理に諭されて、鵺は渋々スパチュラ混入のチョコを食べるのをやめ、素早い動きで公園内を駆け抜けていった。


「ずんぐりむっくりの体つきにしては早いな」

「走る姿も可愛いなぁ……」

「レッサーパンダって走れるんだね」

「転ばないですかねぇ」

「一体どこに隠したんだろうね」


 五人は走って行ってしまった鵺の後ろ姿を見送った。

 しばらくは戻ってこないだろうと思っていた矢先―。


 どーーんっ!!


 満夜の頭の上に垂直に鵺が飛び降りた。


「ぬおおおお!?」


 あまりの痛みに満夜はうずくまった。


「これが飛翔輪だ」


 と言って、満夜を踏み台にして鵺が口の中のものを地面に落とした。


「「「「えぇ!?」」」」


 満夜以外の四人がそれを見て驚いた。


「警察を呼ばないと!」


 テンパった菊瑠が叫んだ。


「落ち着いて、これは不発弾だと思うよ」

「不発弾って事は中身があるんじゃないですか!?」

「不発弾て、アメリカ側の爆弾のことやない!?」

「じゃあ、これは何?」


 出所不明の爆弾に、四人は固まった。


「熊襲の地の南にある建物内でこれを見つけたゆえ、持ち帰ったのだ」

「そういえば、鹿児島の博物館から、旧日本軍の爆弾が盗まれたって報道があったねぇ」

「もふもふちゃんが盗んだんですか!?」

「取り戻しただけだ」

「特攻隊の飛行機に積み込んだのは良いけど、結局飛ぶことはなくて、戦後に作られた博物館にその飛行機と爆弾やいろいろな備品を展示したそうだよ。ちなみに爆弾からは火薬は抜かれてるらしい」

「まぎらわしなぁ」


 凜理がほっと息をついた。


「いたたたたた……」


 ようやく満夜が体を起こし、自分の背中に乗っかった鵺をふるい落とした。


「痛いんじゃあ、このけものが! もっとましな登場の仕方をしろ!」

「急いで戻ってきてやったというに、文句を付けるな!」

「じゃあ、これで残りの銅鏡もそろったね」

「そうだな……先生、勾玉を出すのだ」


 八橋が箱から勾玉を出し、手のひらに載せるとその上に鵺が飛び乗った。


「はよう飛翔輪を勾玉に押しつけるのだ!」


 鵺の言葉を合図に、まず爆弾を押しつけた。


 ピカーーーーッ!!


 まばゆい光が辺りを包み込む。その場にいるみんなが目をつぶった。


「おおおお! 我が四肢にようやく飛翔輪が戻ったぞ!」


 みんなが目を開けると、丸い銅鏡ではなく、爆弾が鵺の前足の脇で羽を回して回転していた。


「なんやえらい性能の違うもんがくっついたな」

「ばくだんとやらに我が飛翔輪が劣るわけがなかろう」

「なんか、片手だけ飛んで行きそうだね」

「馬鹿にするでない」

「とっても強そうですねぇ」

「ついでに他のも爆弾にしたら?」

「見た目がバカっぽいな」

「わっぱ! おまえに言われたくはないわ」

「なにぃ!? オレがバカっぽいとでも言うのか!」

「愚かでなくてなんというのだ。うつけか!?」


 臨戦態勢に入った満夜と鵺の間に八橋が割りこんだ。


「まぁまぁ。他の銅鏡の封印も解こうじゃない」

「うぬぅ……」


 決着が付けられず悔しそうに満夜は鵺から離れた。

 ともあれ、銅鏡の封印を次々と解き、鵺の四肢に飛翔輪が戻った。


「おお、これで空を自由に飛ぶことができるぞ」


 言葉の通り、シャーッと音を立てて鵺が宙に浮いて走り回った。

 それを八橋と菊瑠がにこやかに眺めてほっこりしている。


「ちゃんと足の横で飛翔輪が回転してるなぁ。爆弾は羽が回ってるけど」


 すいすいと空を切って飛ぶ鵺を見上げて凜理は感心してつぶやいた。

 それを満夜が面白くなさそうに見ている。


「おもちゃをもらったがきんちょみたいにはしゃぐとは、守護神の威厳などみじんもないな」

「好きに抜かせ、わっぱ。この飛翔輪、玩具などとは全く違うものぞ。雷獣たる我の力を瞬時に見せつけることもできる」


 それまで飛び回っていた鵺が宙に止まり、ゴロゴロと音を立て始めた。それはまるで雷鳴のようで、鵺の四肢の周りには黒々とした暗雲が立ちこめてきた。


 ピシッ! ビシッ!


 何かがはぜたかと思った途端、雷雲から鋭い針のような稲光が走った。それが小さな雷になって満夜を襲う。


「うお! 痛っ!?」


 コートの上にビシィッ! と、稲妻が落ちて焦げた匂いがした。


「キサマ、やめんか!」

「ふははは! 思い知ったか、わっぱが!」

「あんたたち、やめてんか! 子供みたいに遊んでないで。これから、八束の剣を手に入れるために千本鳥居にいくんやろ?」

「痛っ! うむ。いたた! では行こうか。つうか、いい加減にしろ!!」

「ふははは」


 火が付かない程度の微々たる稲妻を何度も満夜の頭に音して面白がる鵺を眺めて、ほっこりとしている奴らもいる。


「楽しそうだねぇ、ボクも仲間に入りたいな」

「先生、稲妻はいやです」

「あたしもあれはいやだな」

「そやけどうまい具合に、鵺は雷雲にすっぽり包まれてもうて、満夜の上だけ雲があるみたいになっとるな」


 道行く人にも奇異の目で見られながら、満夜たちは千本鳥居を目指した。




 千本鳥居は相変わらず不思議でいて不気味な雰囲気を醸している。

 この赤い鳥居の八本目の根元に八束の剣が眠っているのだ。しかし、現実の鳥居の根元ではなく、呪歌を歌ったときに出現する赤い鳥居の根元に、だ。

 少々恥ずかしいながらも、住宅街から離れた鳥居の前で五人は『通りゃんせ』を歌う準備を始めた。

 みんなの腰にロープを付けて、手に米粒や櫛を持った。満夜が準備したざるを持たされた凜理が複雑そうな顔をする。


「これを投げつけてヨモツシコメの気を反らせばええのん?」

「そうだ。ヨモツシコメは細かな目やたくさんの粒や櫛の歯でできたタケノコなどを数えたり食べたりする。それで足止めをするのだ」

「そのようなことをせぬとも、わしがおれば問題はないがな」

「これは保険だ。キサマが逃げんとも限らんからな」

「わしはそのような卑怯者ではないわ!」

 相変わらずいがみ合っている満夜たちの横で四人は身構えた。

「それじゃあ、鳥居をくぐりながらみんなで歌えば良いんだね」

「そうです。それで、異界へ行くことができますよ」

「わぁ、こういうのは初めてだからワクワクするね!」

「ほな始めよか」


 凜理が先頭の満夜の背中を小突いた。


「う、うむ。では」




 通りゃんせ 通りゃんせ

 ここはどこの細道じゃ

 天神様の細道じゃ

 ちっと通してくだしゃんせ

 ご用のないもの通しゃせぬ

 この子の七つのお祝いに

 お札を納めに参ります

 行きはよいよい 帰りは怖い

 恐いながらも

 通りゃんせ 通りゃんせ




 歌いながら、低い鳥居をかがんでくぐっていくうちに、次第に周囲の風景が歪み始めた。

 サイケデリックな色が鳥居の外で渦巻いている。

 満夜の頭の上の雷雲が徐々に大きくなっていく。


「八本目の鳥居は見つけたか!?」


 野太い鵺の声が響いた。いつもの声と様子が違ったけれど、今はそんなことを気にしている暇はない。

 満夜は自分が通り抜けてきた鳥居を一本一本数えていたおかげで、ちょうど八本目の鳥居の下で立ち止まった。


「見つけたぞ! 今から掘り起こす!」


 リュックから取り出したスコップで鳥居の根元を掘り出した。いくらも掘らないうちにガツンという手応えを感じた、そのとき!


 ドタドタドタドタ!


 遠くから何かが走ってくる音がした。

 灰色の巨人が、黒髪を振り乱して鳥居の向こうからやってきた!

 大きな足で地面を踏みしめてこちらに向かってくる。


 バタバタバタバタ!


「ヨモツシコメだ!」


 満夜は叫んで、急いで土の中に埋もれた八束の剣を握りしめた。

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