第2話

 満夜はそう言って立ち上がると、ハンガーに掛けて置いた上着を羽織った。


「どこに行くのだ」

「凜理に報告しに行く。付いてくるなよ!?」

「従者風情が生意気を申すな!」


 満夜の牽制も無駄に終わり、鵺がぴょんと満夜の肩に乗っかった。




 道々、肩から鵺を振り落とそうと体を揺らしながら、満夜は歩いていたが傍目から見るとイキっているようにしか見えない。しかも鵺がへばりついて離れないので超不機嫌だ。

 いざなぎ神社の裏手に回り、凜理の家の玄関を開けた。


「凜理、いるか!」


 挨拶よりも先に大声で凜理を呼んだ。

 リビングのドアから凜理が顔を出す。


「なんやの」

「話がある」

「忙しいいうてもどうせ上がりこむんやろな」


 と言っているそばから、満夜はさっさと靴を脱いで玄関に上がり込み、凜理の部屋がある二階へ上がっていった。


「ほんまにもう……お母さん、満夜が来たから部屋に行ってるわ」

「はーい」


 キッチンから美千代の声が聞こえて、凜理はエプロンを外すと自分の部屋に向かった。

 ドアを開けると部屋の真ん中に座る不機嫌そうな満夜が視界に入った。


「なんやの。なんかあったのん? 機嫌悪そうやな」


 凜理は腰に手を当てて満夜を見た。


「これは鵺のせいなのだ。俺との約束を反故にしようとしたからだ」

「反故?」

「当然だ。わしの体をなぜおまえにやらねばならん」

「なんだとお!? キサマの封印を解いてやったのはオレだぞ! しかも俺と約束したではないか!」

「そんなものは方便のうちだ!」

「嘘だったのか!? ならばこの銅鏡はキサマに渡さんぞ!」

「その飛翔輪も全てわしのものだ!」

「まぁまぁ」


 満夜が不機嫌なのは鵺のせいだとわかったけれど、よくよく考えてみれば、自分の最後の封印を満夜に易々と手渡すはずはないのだから、満夜がしてやられたと言ってもおかしくないし、仕方ない。


「鵺のことを信用しないつもりだったんだから、おあいこやんか。それに封印が解けても八束の剣が手に入れば問題ないんやないの?」

「まぁ……そうだが……」


 満夜は不服そうに頷いた。鵺を封印した結果、頭が八束の剣になったわけではないことはわかっている。なぜならその八束の剣で鵺はバラバラにされたからだ。


「わしの封印が解けても剣は残るのだから良いではないか」

「うぬぅ……」


 できれば鵺の封印を解きたくなかったのだが、鵺の命を奪うことができる八束の剣を手に入れば、万事OKということになる。


「八束の剣が手に入るていうことは、飛翔輪の封印が解けるいうこと?」

「そうだ、凜理。いつになく察しが良いな」

「いつになくは余計や!」

「さっき、八橋先生から電話があって、明日勾玉が戻ってくるらしい。それで今度の日曜日に祠に納めた銅鏡とこいつが隠しているものを持って蛇塚に集合することにしたのだ」

「それで八束の剣の話しになったんやな」


 凜理が納得したように相づちを打った。


「せやけど、満夜。日曜日はバレンタインやで。みんなで集まる言うたらチョコもらえるかもしれへんでぇ」


 ニヤニヤ笑いながら、凜理がいった。


「チョコなど欲しくもないわ!」

「うち以外からはおばさんとうちのお母さんからしかもろうたことないくせによう言うわ!」

「うるさい! チョコの数で男の価値など決まらんわ!」


 満夜が両手で耳を塞いだ。


「ちょことはあの茶色くて甘い菓子か?」


 甘いもの好きの鵺が目を輝かせた。


「そうやで、鵺。あんたもチョコが欲しいんか?」

「くれるものならば食うぞ」

「キサマは本当にいやしいな」

「何を言うか! 美味なるものは美酒と変わらぬ」

「酒とチョコを一緒にするな!」

「まぁまぁ、醜い争いはうち以外でやってぇな」

「ぬぅぅぅ!」


 満夜は悔しそうに唇を噛んだ。

 凜理がそんな満夜の前に座る。


「で、どんな話を先生としたのん?」


 事の次第を凜理に説明すると、「ふむ」と凜理が考え込んだ。


「なんの問題もあらへんやん。鵺が隠した銅鏡を持って来たらええだけやな」

「わしは一言も持ってこぬとはいうておらんからな」

「ほら」


 凜理が鵺を指さして満夜を見やった。


「八束の剣が手に入らんうちからけんかしてもしょうがないやないん?」

「娘はわしの味方らしいぞ」


 馬鹿にするように鵺が笑った。その頬肉を凜理がすかさずつまんで横に伸ばす。


「ひゃにをすりゅ!」

「味方やないで。あの千本鳥居でヨモツシコメと戦いながら八束の剣を手に入れることになるんやから、あんたがうまいことせな封印は解けんていうことや」

「わしは戦わぬぞ」

「せやったら、八束の剣は戻ってきぃへんで」

「うぬぬ……」


 凜理の言葉に鵺もぐうの音が出ないようだ。


「とりあえず、業務連絡をみんなにせんとな。うちは忙しいから、満夜は帰ってぇな」

「忙しい?」

「バレンタインのチョコ作りの練習や。失敗作は満夜行きになるから楽しみにしててな」

「オレには失敗作かっ!」


 満夜はぶうぶうとぼやきながら、鵺と一緒に凜理宅を後にしたのだった。




***




 満夜が宣言したとおり、日曜日の午後一。正午前後に、蛇塚にオカルト研究部部員が全員集まった。

 ただし、鵺は手ぶらだ。


「キサマ、なぜ銅鏡を持って来てないのだ!?」

「変態男が飛翔輪の封印を解いてからだ」

「変態って酷いなぁ、レッサーパンダちゃん」


 まんざらでもない様子で八橋が笑った。


「とうとう、もふもふちゃんの飛翔輪の封印が全部解かれるんですねっ!?」

「鵺ちゃんの飛翔輪姿、かわいいだろうね!」


 菊瑠と美虹もどことなく嬉しそうだ。


「そうそう、芦屋先輩!」

「ん? なんだね、白山くん」

「これ!」


 それまで手に持っていた赤い紙袋を菊瑠が満夜に手渡した。


「バレンタインです! 義理チョコですけど」

「義理は余計だ。ただのチョコだろうが」


 義理チョコを強いアクセントでいわれて悔しかったのか、満夜は減らず口をたたいた。しかし、すぐに顔色が悪くなる。去年の菊瑠手作りのクッキーの思い出が蘇ったのだ。

 そっと中身を覗いてみて、クンクンと匂いを嗅いだ。変な匂いはしないし、チョコのいい香りがするだけだ。


「あたしからもあるよ」

「まさか本命じゃあるまいな!」


 満夜が警戒すると、美虹があからさまに口を尖らせて文句を言った。


「あれはいざなみ様の勘違いであって、あたしの本心じゃないよ!」


 そう言われて、疑いの目を向けながらも満夜は美虹からも金色の袋を受け取った。明らかにうまそうなチョコレートの香りが漂ってくる。


「あたしのはフォンダンショコラだよ」

「なんだ、そのホンダのショコラとは?」

「ホンダじゃなくて、フォンダン。中に鵺ちゃんの分も入ってるからね!」

「わしにもほんだのしょこらがあるのか」

「たくさん作ったから!」


 菊瑠も横から合いの手を入れる。


「わたしは自信ないですけど、信者さんはおいしいって言ってくれました! でも不思議なんです。チョコレートをかき混ぜてたスパチュラが一つなくなっちゃって」

「鍋のなかに柄だけあったから捨てたよ?」

「もー、なんですぐ教えてくれないの、おねえちゃん!」

「ごめんね、菊瑠ちゃん」


 満夜と凜理は何気ない恐ろしい言葉を聞いたような気がしたが知らない振りをした。帰ったら申し訳ないが捨てようと、満夜は思うのだった。

 そんなときに限って、チョコレートを欲しがる鵺に菊瑠が無邪気に自分の作ったチョコレートを渡そうとしているけど、満夜は見て見ぬふりをした。


「ボクにはないの?」

「先生は大人ですからありません」

「いいなぁ……」


 本気でうらやましがっているのかよくわからない表情を浮かべて八橋が鵺に渡されたチョコレートを眺めている。


「そんな目で見てもやらぬぞ。もぐもぐ。む? 口の中がざらざらしおるぞ……」


 鵺が不思議そうに口をもごもごさせている。


「つまみ食いはやめておまえは銅鏡を持ってくるのだ」


 蛇塚の前で、フォンダンショコラを頬張っている鵺が眉間にしわを寄せる。


「わしに指図するな、わっぱ」

「助け船を出してやっているのに、わからんとはおめでたい頭だ。いやしいせいで味覚もおかしいのだな」

「抜かせ!」

「まぁまぁ、鵺も手足いっぺんに取り戻したほうがええやろ? それとも一緒について行ってほしいん?」

「仕方ない……」


 四肢全部一度に元に戻るほうが結局良かったのか、地面に座り込んでいた鵺が重い腰を上げた。

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