21 八束の剣を手に入れろ!
第1話
梅の花が咲き始めた頃、満夜のスマホに八橋から電話がかかってきた。
「なんだ、八橋先生。何か用か」
『芦屋くん、勾玉戻ってきたけどどうする?』
「勾玉が!?」
それまで私服でベッドに寝転がっていた満夜は、勢いよく起き上がった。
鵺は一階で里海の作るホットケーキを食べている最中で、たまたま、その場にいなかった。
『うん。教授に蛇塚のことを話したら、持って帰るって言い出してね』
「展示会はどうなるのだ?」
『レプリカで続行するらしいよ。それより、蛇塚で見つかった土偶の話が教授に受けてね。幻獣の土偶が見つかるのは古墳から出土したとき以来だから、教授も興奮しちゃって』
「幻獣というのは鵺のことか」
『そうだね。古墳時代に鵺が存在したと信じられていたのは大発見なんだ。実際に鵺が史実の中で現れるのは平安時代のことで、『平家物語』で鵺退治の逸話が出てくるのが最初なんだ。それ以前に鵺のことを書いた書物は見つかってない。だからこそ、古墳時代に鵺が信仰されていたという証拠になる土偶は歴史的大発見なんだよ』
「歴史的大発見なのか。それでは、いざなぎやいざなみの話もしたのか?」
『それはしてないよ。だって、口寄せで聞いただけの話で証拠があるわけじゃないからね』
「そこら辺はしっかりと民俗学助教授としての仕事をこなしているのだな」
『宗教上の口承文化としては興味あるけど、それはボクの研究課題で教授の研究対象じゃないから。いざなみの発言に関しては白山さんに取材してるとこだよ』
「美虹くんに取材中なのか……」
ベッドにあぐらをかいて座り、満夜は先月にあったことを思いだした。
いざなぎのことで満夜はみんなには黙っていたが、凜理が心配したとおり、父親に裏切られた気持ちはあったのだ。経済的に困ることはなかったにしろ、一番父親にいて欲しかった年頃に忠志が眠りの淵へ行く術をおこなってしまったことで、満夜だけでなく里海もショックを受けたのだから。
複雑なのは確かだけど、家族を捨てたのはいざなぎであって忠志じゃないと満夜は自己完結することにした。父親を恨むのは簡単だからこそ、あえて満夜は忠志を越える術師になる決意をしたのだ。
「勾玉が戻ってくるということは鵺の封印も解かれるということだな」
『そうだね。愛くるしいレッサーパンダちゃんが厳つい妖怪になるのは不本意だけど……』
「今も充分妖怪ではないか」
『モフッとしてて可愛い大きさだからこそ、ボクの心がときめくんじゃないか!』
珍しく八橋が興奮したように声を荒げた。
「ときめきを鵺に求めるな。あいつは今ホットケーキに嵌まってるんだぞ」
『好物がホットケーキだなんて乙女だねぇ』
「単なるいやしいけものなだけだ。というか、あいつはメスじゃないぞ」
『わかってるよ。いってみただけだって。勾玉が戻ってくるのは明日だからいつでも準備オーケーだからね』
「そっちに行かなければいけないのか……」
『しょうがないなぁ……。でも、祠に置いてある銅鏡はどうするの?』
「持ってきてくれるとありがたい。オレの手元に謎の石像もあることだしな。土偶の謎と一緒に考えるのもアリだ」
『土偶が蛇塚から見つかって、ボクの推論は鵺のほうに傾いてるよ』
「石像がか?」
『そう。君は確かいざなみのことだとかいったらしいね。白山さんから聞いたよ』
「そのときはまだ蛇塚の発掘の件がなかったからな。もし、土偶がさらに発見されていれば、あの時点でオレもいざなみではなく鵺のことを考えただろう」
『後出しじゃんけんはずるいな。はははは』
そう言いながらも八橋は余裕のある笑い方をした。
「まぁ、いい。黄泉の出口から銅鏡がなくなったら何が起こるかわからん。時間は有効利用せんといかんからな。先生は祠の銅鏡を持ってきてくれ。オレは鵺が隠した銅鏡とオレの手元にある銅鏡を持ってくる」
『どこで封印を解くの?』
「そうだな……蛇塚はどうだ? あそこは黄泉の入り口だ。黄泉の封印を完全にできるのはあそこだけだ。完全体になった鵺に蛇塚の封印を強化させて、俺は計画の第二段階に入る」
『第二段階?』
「八束の剣を手に入れるのだ!」
『へぇ』
八橋が気のない返事をした。
『それ、本当に存在してるの? 確かに前にその話は聞いたけど……』
「自分から三種の神器の話をしたくせに信じてないのか!? 素敵だといっていたではないか!」
『考古学のロマンだよね。ただ文献があるわけじゃないから、簡単に信じるわけにはいかないだけだよ』
「物証があれば、研究対象になるという訳か」
『そうだね。なんでもそうじゃない? 答えありきで研究したら何でもねじ曲がってしまうからね。物証をそろえて、そこから改名するからこそ民俗学も考古学も面白いんだよ』
「奥の深い話だ。それでは、勾玉が明日戻ってくるならば、今度の日曜日に蛇塚に朝一で集合しよう!」
『銅鏡を持ってくるんだから午後にしてくれるとうれしいんだけど』
「では、午後一で」
満夜は電話を切って、ごろんと寝転んだ。
八束の剣を手に入れたら、自分はきっと父親を越えられる。八束の剣さえあれば、鵺をも牛耳り、最強の術師になれるのだ。
「むふふ……」
「気持ちの悪い笑い方をしおって、とうとうおかしくなったか」
いきなり小脇から鵺がひょこっと顔を出した。
「うおっ!?」
満夜は驚いて飛び起きた。
「いつの間に!?」
「扉を開けて声を掛けてもニヤニヤしておったのはおまえではないか」
「驚かせるな!」
「何か悪巧みでもしておったのか?」
鵺が怪訝そうに満夜を見た。
「そうじゃない。キサマが聞いたら小躍りする知らせを八橋からもらったのだ」
「あの変態男か」
「勾玉が明日戻ってくるらしいぞ。日曜日に封印を解く準備にかかる。おまえは隠した銅鏡を持ってくるのだ」
「なに!? 勾玉が! とうとう飛翔輪の封印が完全に解かれるのだな!」
「待て、オレとの約束を忘れてないだろうな」
「八束の剣のことか」
つぶらな瞳がキラリと輝いた。
「銅鏡の封印を解いた暁には最後の封印、八束の剣をオレに渡すことになっているはずだ」
「それをしたらわしは完全なる姿に戻れぬ。できぬ」
「ぬぅ、キサマ……一度交わした約束を反故にする気か!」
満夜がベッドの上に立ち上がった。鵺も負けじとに後ろ足で立ちあがる。
「ぐおおおお!!」
「きしゃああ!!」
満夜たちが奇声を上げて相手を威嚇していると、廊下から里海の怒鳴り声が響いた。
「あんたたち! けんかしないで仲良くしなさい!」
一気に戦意喪失した一人と一匹は、仲良くベッドの縁に座り込んだ。
「一時休戦だ」
「そうだな……しかし、八束の剣をおまえに渡すことはできぬからな」
「ほざいていろ、キサマが拒否してもどうせ八束の剣を取り戻さねばならんのだからな」
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