18 眠りの淵から目を覚ませ!

第1話

 清潔で白い空間。そんな白い部屋に入ると消毒液の匂いがしそうな気もするが、現実は入れ立てのお茶と香ばしいせんべいの香りに満ちていた。


「はいはーい、伊藤さーん。お熱と血圧、計りますよ」


 空色の制服を着た看護師が満夜の前をカートと一緒に通り過ぎて、窓際でバリボリとせんべいを食べている老人に向かって言った。

 その真向かいにある窓際のベッドには、点滴を受け昏々と眠り続けている八橋のベッドがあった。


「こんな騒がしい場所でも、八橋先生は目を覚まさないんだな」


 八橋の見舞いに来た満夜がオカルト研究部員を見た。

 いつものメンツと特別部員の美虹たちが、心配しながらも興味津々でベッドに横になっている八橋を見下ろした。


「こうしてるとフツーに寝てるみたいに見えるね」

「でも半月も目が覚めないんだから、やっぱり寝てるだけじゃないんだよ、お姉ちゃん」

「ほんま、こうしてるだけやと心配なんかせんでええように思うけどなぁ……」


 凜理がため息をついた。


「しかし、蛇塚の一件以来、目を覚まさないのだから、これはただの昏睡ではなかろう!」

「やっぱり、オカルトと結びつけるんやな」

「原因不明なのだ。現代医療では解明できないのだろう? さすれば、オカルトの領域と言っても過言ではない!」

「芦屋先輩! そしたら、この昏睡はいざなみ様の仕業なんですか?」

「それは早急な判断だ、白山くん。いざなみがこんな男に興味があるとは思えん」

「そうだね。いざなみ様はこんな男は知らないっていってるよ」

「さすが……いざなみとリンクしてるだけあるなぁ……そうや、あれからいざなみは落ち込んでないのん?」

「そろそろ泣き疲れてきたみたいだよ? だって、泣いてもいざなぎ様がすぐに生まれ変わるわけじゃないし」

「そやったら、もう満夜に対してもへんな気持ちにならへんの?」

「満夜くん? ふっ」


 まるで、鼻で笑うように軽く息を漏らして美虹が首を振った。


「いざなみ様の恋心が消えてしまった今は、満夜くんは単なる妹の先輩。年下の男の子でしかないよ」

「それはそれで残念やったな、満夜」

「別に残念ではない」


 満夜は眉を寄せて答えた。しかし年上の女性に迫られて困惑したのは否めない。調子も狂うし、本来の自分の力を発揮できなくなる。女人禁制! 満夜はストイックであることがオカルトを極める早道だと思っているが、単純に照れているだけだ。

 それを横目で見て、凜理がニヤニヤと笑う。


「そうなん?」


 やはり、いくら強がっても幼なじみには見透かされている。満夜はばつが悪そうに口を尖らせた。


「うるさい。オカルト研究と精神鍛錬に女は必要ない!」

「でも、芦屋先輩以外はみんな女子ですよ?」

「うぐっ……い、いずれ男子も入部するに決まっている。それに八橋先生も特別部員だからな。こいつも立派な男子だ」

 変人だがなと付け加えるのも忘れずに、満夜が言った。

「せやけど、先生の目を覚ます方法はないんかな? このままやと一生目を覚まさんかもしれへんやん。そうなると、部員もなんもないで?」

「そうだな……」


 ではどうすればいいのか……と満夜は顎を撫でて腕を組んだ。

 その間に看護師が病室全員の健康状態のチェックを済ませて出て行った。


「それを調べるには……」


 満夜が自分の頭の中にある様々な術式や事例を探っているところに、窓がコンコンと叩かれた。

 ここは六階の病室だ。一体何だろうとオカルト研究部部員全員が窓に目をやると、もふもふの冬毛を蓄えたレッサーパンダが窓の外にへばりついていた。


「そのようなこともわからぬとは愚かなわっぱだ!」

「もふもふちゃん!」

「鵺ちゃん!」

「「鵺!?」」


 約半月ぶりの鵺登場だった。


「キサマ、死んだと思っていたが、生きていたのか!」

「窓を開けろ! 役に立たん従者め!」


 相変わらず減らず口を叩いているが、久しぶりに目にする鵺の小さな口から発せられる言葉もかわいらしさに緩和される。


「ちっ、帰ってきて早々オレを従者呼ばわりしやがって……キサマの真の従者はオレの父ちゃんではないか」

「そんなことは知らぬ。わしが封印を解かれたときにはおまえの父親は死んでおったからな!」


 窓を開けてもらって病室の中によいしょと入り込んだ鵺が、さも当然かのように満夜の肩に飛び乗った。


「それにしてもこの半月ものあいだ、どこをほっつき歩いていたのだ」

「ふん。おまえにわざわざ話すことではない」

「キサマがいないほうが清々するが、よもやオレとの約束を忘れていたのではあるまいな?」

「おまえとの約束だと?」

「キサマの体の封印を解く代わりに、八束の剣を手に入れる手助けをするという約束だ」

「ほう、そんな約束もしておったかな」

「そういう魂胆ならば、オレも協力などせんぞ」


 すると、鵺が可愛い顔を悪そうにゆがめて笑った。


「わしは失われたわしの体、飛翔輪を探しに旅をしておったのだ!」

「なんだとぉ!?」

「それで見つかったのん?」

「うむ。今は安全な場所に隠しておる」

「見つかったのか!? 一体どこにあったのだ!?」

「この地を南にずっと下った場所にあったわ。ガラスの箱の中にあったゆえ、ぶち割って持ってきた」

「盗んだんかい!」


 凜理が呆れて言うと、鵺がつぶらな瞳を細めた。


「失礼な娘だ。わしの体を取り戻しただけだ」

「でも、もふもふちゃん? 飛翔輪は軍に回収されたんですよね?」

「うむ。今や溶かされて海の藻屑になっているはずだ」

「しかし、わしは本能が導くままに探し当てたのだ。彼の地に眠る、わしの飛翔輪を! 姿形は変わっておったが、しっかりと残っておったわ」

「それはなんなの。形が変わってるってどういうこと?」

「うむ。羽のようなものが三枚も付いた、摩訶不思議な物体だ」

「「「「羽のようなものが三枚?」」」」


 満夜たちが声を合わせて首をかしげた。


「見せてください〜」

「だめだ。勾玉がわしの元に戻ってきたときに持ってくる。それまでは秘密にしておく。また、取り上げられてこやつの好きにされては堪らぬからな」

「俺がいつ好きにしたのだ」

「祠でのこと、忘れたとはいうまいな」

「ああ!」


 満夜が平坂大学がある、いらず山の祠のことを思い出した。


「そういえば、あそこに銅鏡を納めてから、ヨモツシコメは出なくなったんだったな」

「そうだよ。どうも、今までヨモツシコメが大学に入ってこれなかったのは勾玉のおかげだったみたい。勾玉がなくなった後、すぐに満夜くんが祠に銅鏡を納めてくれたから、あれ以上被害が出なかったんだと思うよ」

「やはりそれはいざなみの見解か?」

「まぁ、そうだけど」

「ならば、銅鏡が失われた場所にキサマが持ってきた摩訶不思議なものを納める必要があるが」

「いやだ。渡さぬ」

「ええい、わがままなヤツだ! 隠し場所をいわんか!」


 満夜が肩に乗っている鵺のほっぺの肉を掴んでむにーっと伸ばした。


「おのれに何を言われようと明かさぬわ!」

「この獣が!」

「生意気なわっぱめ!」


 わいわいと騒がしく言い合いをしていると、廊下から看護師の注意する声が聞こえた。


「あなたたち! 病室で騒がないように!」

「「「すみませーん」」」


 女子たちが頭を下げて謝ると、凜理が代表して満夜の頭を叩いた。


「少しは静かにせなアカンで! 鵺もや」


 鵺と満夜はぷんすこしてそっぽを向いた。


「そういえば、ここに来たときに何か知ってるようなことをいってましたよね?」

「オレを罵るついでにいっていたな」

「あれはどういう意味やの?」

「この男が今どういう状況にあるかわしにはわかるというたまでよ」

「どういう状況なのだ。早く言え!」

「わしの頬肉を引っ張るでない!」


 またもや争い始めた満夜たちの後頭部をポカンポカンと凜理が叩いて制止した。


「鵺! 早う教えてや。このままやと先生は一生眠ったままや」

「娘、わしの頭を……」


 狭い額に怒りのマークを浮かべた鵺が大きな声を上げようとした。


「教えてくれたらうちの神社に奉納された御神酒一升あげる」

「それならわたしの家にある一升瓶も上げます」

「特級品だよ〜」


 女子たちの言葉に惑わされた鵺がゴキュッと喉を鳴らした。


「仕方あるまいな……それほどまでに聞きたいか」

「現金な奴め……酒でつられるとは」

「うるさいぞ、従者風情が」

「はよう教えて」

「うむ」


 ゴホンと鵺が咳をして話し始めた。

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