第4話
「お、終わったんか?」
「うーむ……終わったにしてはあっけない。先に進むぞ!」
二人きりで暗闇の中、進んでいく。暗幕は完璧に役目を果たしていて、外の光を一筋も通さない。しかし、夜目の利く二人の目は暗視スコープのように辺りがよく見えた。
「あ、あそこに人が立っとるで」
「白い衣装だな。お化け役だろうか、おいっ! 君!」
いきなり満夜が大きな声を上げたせいで、凜理はしっぽの毛をふくらませて驚いた。
「なんやの!?」
「君! ここら辺でお化けを見なかったか」
「お化けですか?」
男子はきょとんとした顔をして答えた。
「そうだ。妖怪、化け物とでもいおうか……」
「それ、どんな姿なんですか?」
「それは、わからんっ!」
「いや、開きなおっとる場合やないやろ」
すると、男子が顔に手を当てて考え込んだ。
「それ……こんな顔ですかぁ!」
顔をつるりと撫でると、男子の顔から目はなく血がいきなり消えた!
「ひゃっ!」
凜理が声を出して後ずさった。
「おお! のっぺらぼうか!!」
満夜が歓喜の声を上げて手に持った魔封じの呪符をのっぺらぼうの額にぺたんと貼り付けた。
「ぎゃん!」
のっぺらぼうも悲鳴を上げて消え去った。
「ま、まて! オカルト蒐集のためにおまえが必要なのだ!!」
暗幕を開けて追いかけようとしたけれど、それを凜理が引き留める。
「待ち、満夜! この様子やと、他にもぎょうさんお化けがおるんやないやろか」
「たくさん、い、るだ、と……!?」
途端に満夜の目が輝きだした。
「では早々に捕縛しなければ!」
「退治やのうて、捕縛なんかい!」
「捕まえずしてなんとする! 相手は
満夜はそれだけまくし立てると、先頭を行く凜理を追い越して、スタスタと歩き出した。
「ま、まってぇな、満夜!」
二人は、いつまで続くかわからない細い一本道を突き進んでいった。明らかに人間とわかるお化けを無視する度に、お化けを演じている生徒ががっかりとしているのを見て、凜理は心の中で謝った。
ようやくロの字に教室を巡り、廊下と隣の教室をつなげる場所に出た。
「結局、お化けはあの二体だけだったのか?」
満夜が残念そうにつぶやくと、後ろから声を掛けられた。
「早く進んでください。後ろ、つっかえてるんですよ?」
どうやら一般客のようだ。
「おお、すまない」
と、振り返ると。
そこには髪の長い女子の白い顔だけがふわふわと宙に浮いていた。
「ひゃっ!」
突然だったので、凜理はすっかり驚いて少なくとも数十センチは飛び上がった。
「現れたな! これでどうだ!?」
満夜が冷静に手にした呪符をパチーンと音をさせて、お化けの頬に貼り付けた。
「ぎゃん!」
ろくろ首が、凄い勢いで頭を引っ込めて闇に紛れて逃げてしまった。
「ちっ」
「ろくろっ首に平手打ちするヤツ、初めて見たわ」
「ろくろっ首自体初めて見たのではないのか?」
「そうやけど……」
いつになく満夜から突っ込まれて、凜理はしどろもどろになる。
「生徒が扮したお化けはいかにも学校の怪談言う感じやけど、呪符を貼りつけていったお化けは、昔ながらのお化けやったな」
「それは気付いていた……正体はわからんが、敵は最近の情報に疎いと見える」
「お化けに情報とかあるんかいな」
二人は先を進み、そのたびに出てくる一つ目小僧や塗り壁のようなものや、アニメでおなじみのお化けに呪符を貼っていった。
ようやく出口が近くなってきたのか、人のざわめきが聞こえ始めた。
ガヤガヤガヤ……。
「人がおると思うと安心するなぁ」
「ん? 凜理……よく耳を澄ませ」
「なんやの?」
「黙って耳を澄ますのだ」
ガヤガヤガヤ……ガシャガシャ……ガヤガヤガヤ……。
人のざわめく声の合間に何かものが擦れあって打ち鳴らされる音が聞こえてきた。
「これは……ただの人の声ではないな……」
「え……!?」
そんなことを言って立ち止まっている凜理の足下に、コツンと何かが当たった。
「ん?」
下を見ると、白い棒のようなものが転がっている。
よく見れば、暗がりの奥から、コロコロと同じものが転がってくるではないか!
「満夜! 下、下!」
凜理の慌てる声を聞き、満夜も足下を見た。
いつの間にか細い棒は一本一本が繋がっていき、あっという間に骸骨になって、両腕を前に突き出した!
「手の込んだお化けだな!」
「お化けに手が込んだとか手抜きとかないわ!」
凜理はパニクりながらも、満夜にツッコミを入れた。
「しかし、俺の手にかかれば、こんな骨のお化けなどイチコロなのだ!」
手にした呪符を持って、満夜はお化けに突っ込んでいった。
最後に骸骨に乗っかった頭蓋骨の頭頂部にバシーンと呪符を貼り付けると、「ぎゃん!」と悲鳴を上げて、骸骨はガシャガシャとばらけて暗幕の向こう側に逃げていった。
ガヤガヤガヤ……。
「人の声は消えへんな」
「では、あれは本物と言うことだ」
満夜と凜理は声のする方に進み、ようやくお化け屋敷から出ることができた。
外の明かりは眩しくて、目が慣れるまで時間がかかったが、ようやくまともに周囲を見ることができると、いきなり満夜が叫んだ。
「解決だ! つまらん!」
「な、なんやの!?」
「これを見ろ、凜理!」
見ると、満夜のフォーマルスーツに毛が付いている。
「毛? 鵺の毛やないのん?」
「確かにあいつの抜け毛もあるかもしれんが、このスーツは今朝下ろしたばかりのものだ。それまでビニールにくるまれていて毛が付く余地などなかった」
「そやったら、なんの毛なん?」
「狸だ。ここら辺に狐はいない。イタチの可能性もあるが、狸がお化けに化けるのは昔から伝えられていることだ。きっとどこかに狸が潜んでいるに違いない」
そう言って満夜はお化け屋敷の受付の男子に向かって言い放った。
「この教室の半分は何に使っているのだ!?」
いきなり名指しされた男子は焦りながら答えた。
「ひ、控え室だけど……」
「そこだ!」
と言って、暗幕のかかってない教室の出入り口をいきなり開け放った。
「うわ! 誰だよ!? 芦屋かよ! 出てけ!」
「失敬な!」
教室では休憩中の男子と女子がお化けの扮装のままのんびりと談話していたが、満夜は彼らを通り越して、ベランダに向かった。
「ベランダには何があるのだ!」
「え……? ベランダはお前んとこに貸してるけど……」
男子が答えたと同時に、満夜はベランダへのドアを開けた。
「やはりな!」
「どないしてん!?」
凜理が駆けつけると、ベランダに五匹の子狸と一匹の親狸が伸びていた。それぞれの頭に呪符が張り付いている。
気付けば、ベランダに置いているジュースの箱が開けられて散乱しているし、市販のクッキーの箱もかじられているではないか。
「この泥棒狸め! 腹を空かせて、菓子とジュースを盗んでいたのだ!」
ぽやぽやの子狸が五匹寄り添い合って、つぶらな瞳をうるうるとさせている。親狸も器用に前足を合わせて頭を下げている。
「満夜、この子たち、どないすんの? 手荒なことするのはやめてぇな」
「素直に腹が空いたと言えばいいのだ。盗み食いがばれないよう人払いのためにお化けに化けるなど言語道断! ひっくくって、うさぎ小屋にでも閉じ込めてやる。一生、人間に飼われて不自由を満喫するのだぁ!」
と、満夜が恐ろしい声を上げると、「ひゃんひゃん」と子狸が鳴き始めた。親狸の拝み方も速度を増し始める。まるで子供だけでも助けてくださいと言っているようだ。
「一生閉じ込めるて、満夜堪忍してやりぃな」
「ふん……つまらん、もっと反抗すると思っていたのだが……閉じ込めたりはしないが、おまえ達がオレの眷属になるなら許してやろう!」
「なるなる」とでも言いたげに親狸が頷いた。
「では、呪符をとってやろう」
満夜は子狸から順々に親狸の頭に貼られた呪符をとった。
にやり……。
親狸が不穏な笑みを浮かべると、いきなり「ぶおんっ!」と屁をこいた!
「ぎゃああ」
そこにいた一同が悲鳴を上げる。色が見えるとしたら真っ黄色な屁の塊が満夜と凜理を包み込んだ。
「ぐおおおおおお!!」
「くっさーー」
ひとしきり騒いだ後、ようやく目を開けると、ベランダからは狸の姿は消え去っていたのだった……。
「くっそ、狸野郎! 騙したな……恩を仇で返すとは、いつか覚えていろよ」
結局狸に化かされて、菓子は食われるわ、屁の臭さに鼻がやられるわと満夜と凜理は散々な目に遭ったのだった。
十一月も半ば、秋は深まり、冬の足音が聞こえ始める季節になった。
学園祭は大成功に終わり、お化け屋敷騒動を治めた満夜の名声は上が……る訳もなく、いつもの日常が戻ってきた。
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