第3話

 聞くところによると、そのお化けは菊瑠の着ぐるみを通り抜けて、菊瑠の鼻先に現れたというのだ。

 話を聞くうちに冷静さを取り戻し、クロが引っ込んで凜理が戻ってきた。首に掛けられたマタタビをとり、遠くへ放り投げてから凜理は首をかしげる。


「でも、そんなたいそうな仕掛けなんてしてないし、うちらの出し物のお化けなんて子供だましやで」

「何体か本物がいたと思うんだよね。この繁盛ぶりから見て、口コミで怖いお化け屋敷って噂が流れてるんじゃないかな」

「お姉ちゃんはお化けが平気なの?」

「だって、お化けはお化けでしかないもん。いくらこの世と交差した場所にいる存在でもよほどのことがない限り実害はないよ」


 そこで、満夜がぐっと拳を握った。


「よし! 凜理。ここはおまえと一緒にお化け屋敷に入り、お化けを確保するしかないな!」

「なんでやねん! お化けなんか確保しとうないわ!」

「早速聞き込みだ!」

「人の話を聞けぇい!」


 凜理の言葉を無視して、満夜は今し方出てきたばかりのカップルに話を聞くことにした。

 もれなくギャン泣きしている女子と青い顔をしている男子のカップルもいれば、女子と一緒にガクガク震えながら目に涙をためている男子もいる。


「おい、おまえ達。一体どんなお化けを見たのだ」


 ぶしつけに尋ねる満夜を見て、女子が一斉に喚き始めた。


「天井から下がってきた!」

「首が落ちた!」

「顔がなかった!」

「目玉が無数に付いてた!」


 てんでバラバラなことを言う。


「ふむ。ようするにここにはいないタイプのお化けが出たわけだ」

「そうなんだよ。人間がやってるお化けはちんけな感じで全然怖くなかった」


 美虹が横から口を挟んだ。


「よりリアリティのあるお化けがいたというのだな」

「そういうことかな」


 お化け屋敷の受付をしている男子に内容を聞いても、そんなお化けはいないと言う。


「ふっ」


 満夜がふいに笑った。


「なんがおかしいの」

「こういうこともあろうかと!」


 そう言って満夜が懐から取り出したものは、数枚の呪符だった。


「またへっぽこ呪符かいな」

「へっぽこなどではない! これは父ちゃんが蛇塚に残した呪符を清書したものだ!」

「魔封じの呪符……?」

「その通りだ、凜理。これがあれば、お化けも妖怪も思うままに手に入れることができるだろう!」

「ほんまにそんなにうまくいくんやろか」

「完璧にうまくいくだろう。見ていろ、このお化け屋敷の中のお化けはすベて捕らえてみせる」


 満夜がお札を手にしてさっと入り口から入ろうすると、受付の男子に呼び止められた。


「待てよ、チケットは!?」


 チケットとは校門近くで交換される、金券のことだ。

 満夜はパタパタとポケットを探ったが、チケットなどどこにもない。


「うーむ、制服の中に入れたままだった」

「わたしのチケットを使ってください!」


 菊瑠が差し出した。


「おお、白山くん感謝するぞ。しかし、せっかくお化け退治をしてやるというのに、チケットがないくらいで入場お断りとは失敬なヤツだ」

「アホか! 見た見ないはともかく、みんなチケットを渡してるんやから、満夜だけ特別扱いでけへん。しかも誰も退治を頼んどらんのやで」

「失敬なのはそっちだが、まあいい。いくぞ! ねこむすめ」

「ねこむすめやない!」


 と言いつつもまだ耳としっぽは健在なのだった。

 黒いカーテンをくぐるとあっという間に真っ暗闇になった。


「さすがは視聴覚室のカーテンだ」

「そやな」

「しかし! オレにとって暗闇は昼のように明るいぞ!」

「後ろがつっかえとるで」


 感動している満夜をせっつくと、渋々ながらも歩き出した。


「しかしどこでお化けを見たのだろうな」

「うーん、通路の角を曲がると出てきたいうてたで」

「角か。そういえば、このお化け屋敷、廊下側の通路を除くと、ロの字の形の通路が二つあるんだったな」

「そやな」

「要するに、壁を隔ててるとは言え、この通路は8の字をしていると言っても過言ではない」

「こじつけやなぁ」


 凜理が話の腰を折っても、満夜は平然と続けた。


「古来より、西洋では8の字は力のある数字として認識されてきたのだ。それは日本でも例外ではない。ロの字という同じ場所をぐるぐると巡ることで呪術的な力が発動すると考えられてきたのだ。ロの字でかなり強力な魔の磁場ができあがると言うことは、8の字の場合はさらに強力な場ができる。これは人工的に作り上げられた、魔を召喚できる場ではないのか!?」

「めっちゃおおげさやなぁ」


 満夜が手に呪符を持ち、前に構えた。


「いつでも呪符を貼る準備はできているぞ。おまえも用心のために持っていろ」


 凜理もクロの力で暗闇は昼のようによく見える。何が出てきてもいつでも対処できる。

 その証拠に、通路に隠れているお化け役の生徒もバレバレで、全く怖くない。


「おまえかぁッ!」


 驚かし役が両手を挙げて出てきたのを、満夜がお札を貼ろうと迫っていく。


「ひい!」


 反対に襲われてお化け役が逃げ出した。


「脅かしてどないすんねん!」

「万事に備えてのことだ」

「さすがにお化け役とお化けは区別が付くやろ」


 そうこうしていると、とうとう最初の角にやってきた。


「お化けはどこだ!」


 満夜が大声を上げていると、角を曲がる場所にたたずんで下を向いて泣いている女子がいた。


「うっぅっぅっ」


 凜理が心配になって声を掛ける。


「どないしたん?」


 女子がか細い声で応えた。


「怖いし、友達は先に行っちゃったし……ひとりぼっちで進めなくなったの」

「そやったんかぁ。うちらと一緒に行く?」

「いいの?」

「ええよ」


 先頭を満夜、真ん中に女子、しんがりを凜理が歩くことになった。

 真っ暗闇のせいで、満夜だけがどんどん先に行ってしまう。取り残された女子を心配して凜理も歩みがのろくなった。

 凜理は前を行く女子生徒の後頭部を眺めた。今時珍しいひっつめの三つ編み。制服の色は暗いトーンで緑がかっているために一体何色かは判断できない。でも少なくとも平坂高校のセーラー服ではない感じだ。

 平日の学園祭に他の高校や中学から生徒がやってくるのは珍しいな、と凜理は思った。だから普通の調子で、訊ねたのだ。


「ねぇ、名前はなんて言うのん? どこ高校なん?」


 聞こえなかったのか、女子生徒は何も言わない。

 無視されたのか、聞こえなかったのかわからなかったのでもう一度訊ねてみた。


「うちは凜理いうねん。どこ高校なん? 平日によう抜け出してこれたね」

「あたしも平坂高校だよ。ずっとずーっと平坂高校にいるよ」

「一年からずっとかぁ……せやったら、三年生なん?」

「ううん……ずっと昔からここにいるんだよぉ」


 と言って振り向いた女子の顔には無数の目があった!


 ——ッ!?


 思わず息を飲んだ凜理だったが、今までの経験上、叫ぶ代わりに満夜を呼んだ。


「満夜! ここにおるで!」

「なんだとおぉお!」


 どたどたと足音をさせて、先頭を行っていた満夜が引き返してきた。

 その勢いにお化けといえどもたじろいだようだ。一瞬、お化けの体が固まった。


 ぱーーんっ!


 素晴らしくいい音をさせて、満夜が呪符をお化けの後頭部にたたきつけた。


「ぎゃん!」


 悲鳴を上げて女子の姿が消えた。


「ちっ! せっかく捕まえたと思ったのに、すばしこい奴め!」


 満夜が女子のいた場所を探ったが、魔封じの呪符はどこにもなかった。

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