第5話
白山邸のリビングに通され、信者が持ってきたお茶を飲みながら、凜理は美虹に満夜とかわした話を説明した。
「セーターに髪の毛が編み込んであった?」
「いやいや、いいたいとこはそこやないで」
「ちっ、こっそり編み込んだのにばれた……」
「わざとかい!」
なんでここまでして満夜に執着するのかわからない。
「で、いざなみ様を信奉してるから、千曳の岩の封印を解かせようとしている何者かと因縁があるって言うわけ?」
「満夜はそういうてたで」
「満夜くんがそう言うならその通りだよ。千曳の岩の向こうに封じ込められてるのは黄泉の入り口。いざなみ様その人だもんね」
「え!」
「そうなの!? お姉ちゃん」
「そうだよ、菊瑠ちゃん。あたしが自分に下ろしているのはいざなみ様。だからわかるんだ。それに、菊瑠ちゃんはくくりひめの生まれ変わりだから、いざなみ様と深い因縁がある。蛇塚の怪異にあたしと菊瑠ちゃんの姿を摸した何かがいてもおかしくないわけ」
美虹は、いとも簡単にいざなみとの関係を認めた。
「そしたら、美虹さんには次にいざなみが何を仕掛けてくるかわかるん?」
「わかるよ。でもね、いざなみ様は平坂町に災厄をもたらすつもりはないんだよ」
「ないん? でもヨモツシコメが……」
「あれはいざなみ様に勝手にくっついてる信者みたいなもの。例えるならいざなみ教の信者だよ」
「じゃあ、切っても切れん関係やないの」
「まさに、鵺ちゃんと従者の関係もそうだよね」
「どういうこと?」
いきなり満夜と鵺のことを言われて、凜理はきょとんとする。
「鵺ちゃんはいざなぎ様が自分を裏切ったって言ってるけど、本当にそうかな? いざなぎ様こそ、この平坂町を平定したんじゃないかな」
「え? いざなぎが平坂町を?」
「鵺ちゃんこそが諸悪の根源じゃないのかな?」
「諸悪の根源……なんでやの?」
「だって、菊瑠ちゃんから聞いたけど、鵺ちゃんは銅鏡に封じられてるとき、力が欲しいって言う満夜くんに菊瑠ちゃんの血を欲しがったんだよね?」
「そう聞いてる」
「生け贄を欲しがったって事じゃない。守護神がそんな物騒なことを言うかな?」
「確かに」
「封じられてないといけないのは鵺ちゃんなんだよ」
「鵺が……」
美虹の言うとおりだ。鵺に関しては今まで無条件に受け入れていた。その外見に騙されていたかもしれない。ただ、引っかかることだってある。
「でも……いざなみがこの平坂町に何もしてないとはかぎらへん。現に身代わり観音像に願を掛けて神隠しに遭って、結果的に亡くなった人もおるんやで。いざなみが無害だとは思えへん」
「無害とは言ってないよ。ヨモツシコメが付いてるから。いざなみ様は何も命じてないのに、ヨモツシコメが勝手にいろいろと悪さをしているとは思わない?」
「そうなんやろか……」
「とにかく、一番悪いのは鵺ちゃん。いざなみ様はヨモツシコメのせいで誤解されてるだけなんだよ」
凜理はもしここに満夜がいたらどう言うだろうと考えた。
『詭弁を
「そやなぁ……」
同じ悪を並べて比べて、どっちが悪いとか言ってる時点でおかしい。
「うちはいざなみも同レベルで悪いて思うわ。子分のヨモツシコメが勝手にやったとか言い訳や。いざなみがそう願ってなかったら信者もそないなことするはずないもん」
「……」
どこかしら悔しそうな目つきで美虹が凜理を見つめた。
「ふっ、さすがに凜理ちゃんはごまかせないね。いざなみ様がダメだと言ったらヨモツシコメも人を連れ去ったりしない。ヨモツシコメが勝手にやってることだったら、多分菊瑠ちゃんも無事じゃない。もしも、いざなみ様がある一心でそういうことをせざるを得なかったらどう思う?」
「一心て、人の命を奪うことか?」
「そうじゃなくて、人が死んじゃうのは結果論。あのね、いざなみ様は必死なの。黄泉に封じられて目と耳と鼻が利かないの。真っ暗闇の中で、出口を探してるの。一生懸命に探してて、ようやく少しだけ光が見えてきたの」
「光?」
「封印のほころび。それが少しずつ大きくなってきて、いざなみ様には見えたの」
「何が?」
「愛するいざなぎ様のお姿が!」
「……」
人を殺しておいて元旦那のことかと、凜理は呆れてものが言えなかった。
「今はいざなみ様はいざなぎ様に夢中みたいよ?」
「でも離縁されたんやなかった?」
「それは過去のことだから」
「過去て、何言うてんの?」
「いざなみ様はやっと黄泉に差した光で、見つけたんだ!」
「何を」
「満夜くん」
「はぁ? なんで満夜なんかを」
美虹が何を言っているかわからなかった。
「満夜くんがいざなぎ様の生まれ変わりなのを、いざなみ様は察したんだよ!」
今まで黙って事の成り行きを見ていた菊瑠が口をわなわなさせた。
「芦屋先輩が……」
「そう、菊瑠ちゃん、思い出してくれた?」
「思い出したって何を?」
美虹の言葉を不思議そうに聞き返した。
「菊瑠ちゃんがいざなぎ様に言ってくれた言葉!」
「えー、全然わかんない……」
「ちぇ」
「いやいやいやいや、ちょっとまちぃや」
「何? 凜理ちゃん」
「生まれ変わりとかそういうの、いまさら信じてないていうんは嘘になるけど、なんで今やの? 今やのうてもええやん」
「だって、満夜くんが銅鏡を見つけてしまったんだもん。もしも、満夜くんが不思議に思うことなく銅鏡を封じてたら、いざなみ様は今まで通り、この平坂町でタブーになってることが起こるとき以外は静かに眠っていたと思うよ」
「全部、満夜のせいなんか」
「うん」
「満夜めぇ、余計なことを……」
「ほんとです……」
凜理と菊瑠は深くため息をついた。
パシン!
「虫か?」
肌寒い空の下、満夜は蛇塚の入り口の鉄柵を取り、ライトを引き込む学生やボランティアの人たちを見ながら、首元を手のひらで叩いた。
「今の季節蚊はいないと思うよ。それにしてもレッサーパンダちゃんの季節になってきたねぇ」
「好きなだけモフれ。そういう契約だ」
「おのれぇ……むぎゅうう」
八橋の腕の中でぬいぐるみのように押し潰されている鵺がうなった。
「それにしても、本当に千曳の岩がでると思う?」
「確かにでるだろう。でなければ、怪異は起こらなかったはずだ」
「それがいざなみと関係しているって?」
「そうだ。いざなみは千曳の岩の封印を解きたがっている。この世に出ようとしているのだ。この平坂町に厄災をもたらすために」
「厄災ねぇ……」
鵺のもふっとした頭に顎を沈ませて、八橋は蛇塚を眺めた。
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