16 再び! 千曳の岩を入手せよ!
第1話
重たい愛の持ち主・美虹からまんまと逃れた満夜は、発掘の準備にかかり始めた蛇塚を八橋と眺めていた。
こうしてみているだけだと、祟りを成すと言われている蛇塚もただの土山にしか見えない。
それでも雑草すら生えない土山は周囲の緑豊かな公園や、平坂山の様子と比べたら、異様な雰囲気を醸している。
実際に、スタッフの中には気分が悪いと言って休んでいるものもいる。かと思えば、前日に用事ができてこられなくなったものもいた。
「みんな、蛇塚に祟られていると言っている人もいるんだよねぇ」
「ほう……祟られている……」
「でも祟りが怖かったら古墳なんて発掘できないし、そこら辺はみんなもわかってるからこうして集まってくれてるんだけど。ボランティア様々だよ」
休憩中の八橋が満夜に答える。かなり寒くなっているはずなのに、八橋の顔は真っ赤だ。
「先生、具合が悪そうではないか?」
「昨日から熱が下がらないんだよね」
「何度あるのだ?」
「四十度越えちゃって、体温計にでないんだよ」
「……病院に行ったほうが良くないか?」
「でも現場監督は僕しかいないしなぁ……インフルエンザじゃないみたい」
「風邪とかでもないのか……日本脳炎も考えられるぞ」
「そうすると、意識障害があるから違うと思うよ」
「あんたは立派に意識があるな」
そう言って、満夜は死んだように八橋に抱きしめられている鵺の姿を見た。
「熱がある上にそんな毛だらけの獣を抱いて熱くないのか?」
「むしろ寒いくらいだよ。もふもふを抱きしめて布団に入りたい……」
満夜が見ている間に早くも発掘の準備はできたようだ。
「何時まで発掘する予定なのだ?」
「一応これはボランティアさんによるものだから、夜遅くまですることはないよ。せいぜい五時かなぁ。こういう仕事に残業はないの。手元が暗くなったら意味ないしね……」
そういう八橋はなんだかとてもきつそうに見える。ふらりとめまいがしたのか、八橋の膝が折れた。
「先生、大丈夫か!?」
「だいじょう、ぶぅ……」
八橋の目玉がくるくると渦を巻いて、白目を剥く。
バタン!
鵺を抱きしめたまま仰向けに倒れてしまった。
「先生!」
満夜が慌てて人を呼び、結局八橋は現場から病院へ搬送された。
満夜は慌ただしくなった現場にぽつんとたたずんでいたが、次第に口角が上がってきた。
満夜の足下の鵺がその様子を見ていぶかしげにしている。
「何を笑っておるのだ」
「ふふふ……古代の発掘。原因不明の高熱。こう言うことには心当たりがある。これこそ蛇塚の祟りだ!」
「祟り? 確かにこの蛇塚からは不穏な雰囲気が漂っておるが……」
「古代ピラミッドを発掘しているときにも原因不明の病気や事故で発掘を妨げられたという逸話がある! まさにこれぞ塚の祟りと言わずしてなんと言おう!」
「しかし、げんばかんとくがあやつだけなら、発掘は滞るのではないか?」
「ぬ……! キサマの言うとおりだな。一体これからの作業日程がどうなるのか聞いておかねば」
満夜は身近で作業している男性に状況を聞きに行った。
「おい、おまえ。八橋先生のいない間、ここの発掘はどうなるのだ!?」
相変わらずえらそうな態度で質問をする。満夜になれていない男性は不機嫌な顔をして教えてくれた。
「作業日程は決まってるからそれに合わせて動くだけだよ。だけど、これから掘るってときに先生が倒れちゃったから、指示がないとねぇ……高校生の子に銅鏡の埋まっていた辺りを教えてもらわないといけないし」
「おお、それならば、オレがその銅鏡を見つけた少年だ! 今すぐにでも案内できるぞ!」
見つけたわけではないのでわかるはずもないが、満夜の自信たっぷりな態度でみじんも悟られなかった。
「それなら助かるよ。今から内部の地図を作るし、君も中に入ってくれるか?」
「お安いご用だ」
「にゃんこは中に入れられないからおいてくように」
「きいたか、鵺。ここで待つように、とのことだ」
満夜は怒りマークを顔に浮かべている鵺に、にやりと笑って言ってやった。
制服が汚れないようにナイロン製のズボンとジャンパーを貸してもらって着替えると、スポーツドリンクとお茶のペットボトルも受け取り、ライティングされた蛇塚内部に入ることになった。
腹ばいになって蛇塚の入り口をくぐり抜け、内部にたどり着いた。
「これは……! あのときの蛇塚!!」
他の人は無邪気に喜んでいると思ったらしく微笑ましく満夜を見つめた。
蛇塚の外観はややひょうたん型の小さな土山だ。ひょうたんの口に当たる部分が入り口で、天井が低い蛇塚は内部が意図的な空洞になっていた。
中には土が積もっているが、以前警察が人骨を持っていったためにやや平らになっている。
それを見たスタッフがため息をつく。
「はぁ、警察も先生に連絡くれたら良かったのに……そしたら出土品を荒らされることもなかったんだが」
気付けば、あちらこちらに土の塊が散乱している。
「けっこう綺麗に残ってるな」
そう言ってスタッフが取り上げた塊を見せてくれた。
「こ、これは……土偶か!?」
「ここってただの塚だと思っていたけど、立派な古墳だったみたいだな。昔から触ったらダメだと言われてたから町の人はそれを守ってきたみたいだけど……」
「人々が畏れた古代の墓か! ますますオカルティックな臭いがしてきたぞ」
「確かにオカルトだ。けど、これは立派な遺跡だから、科学的に分析できるものだよ。祟られるとか言われていても何らかの理由があるはずだ」
「祟りのことをそう考えるものも確かにいる。不幸が続けばそれに関わるものに、不幸の元凶を関連付けたがるのが人間というものだ。そして、一人がそれを祟りだと名付けると、祟りだという意識が周りのものに感染し共同幻想となってしまう。だが、しかぁし! 祟りは確かに存在するのだ。扱ってはならないだけの理由が過去にそこにあったからこそ、祟りというスイッチが入るのだ」
「ずいぶん熱心だが、こういうことに興味あるのかい?」
「興味も何もライフワークといって差し支えない」
「じゃあ、明日から君も発掘を手伝いに来たら良いよ。学校にはボランティア参加する旨を届け出れば、出席扱いになることがあるしね。そのためには八橋先生の一筆が必要だけど、八橋先生が熱で倒れちゃったもんなぁ……」
するとそばにいた女性が、手を上げた。
「あ、それならわたし、着替えを病院に持っていくから、ついでに一緒に付いてくれば?」
「おぉ、ならばそうしよう」
「ところで、銅鏡はどこで見つけたんだ?」
男性に言われて、満夜はあのとき白いものが出てきた場所を探した。
満夜のオカルトセンサーがビビッとそれを感知した。
「ここだ」
「わかった。遺構図にチェックをしておこう」
それだけすると、満夜とスタッフの女性が外に出た。
女性の車で到着した八橋のアパートは助教授とは思えない古びた建物で、かんかんと音を立てて階段を上った二階に部屋はあった。
部屋に入ると驚くほど汚い。大学の研究室並だ。
女性はもっと掃除をしたらいいのにと呆れているようだが、満夜は違った。
「お宝の山だな!」
八橋の汚い部屋を訪問した後、満夜は八橋から高熱に震える手で一筆もらい、ほくほくと家に帰った。
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