第5話

***




 翌日の放課後、相変わらず自分から離れようとしない鵺を肩に載せ、図書館の約束の場所へ行った。


「諸君、出そろったか」

「あんたが一番遅かったやないの」

「そんなことよりもこれを見るのだ」


 部員の視線を集めた満夜は、そんな言葉など一切気にせず、昨夜のうちに拾い集めておいた、ガシャドクロ——ヨモツシコメの骨の入った大きなコンビニ袋を五袋、ドサッと机の上に置いた。


「これは何?」

「先生、これはガシャドクロの、正確にはヨモツシコメの骨だ!」

「どういうことですか!?」


 菊瑠が驚いて聞いてくる。


「昨夜、オレと凜理がガシャドクロに襲われたのだ」

「ガシャドクロというと……確かドクロの妖怪……?」

「さすがは民俗学の先生だな。少しは知識があると見える。だが、実際はヨモツシコメの骨だったのだ」

「というか……どういう経緯でガシャドクロの骨がここにあるの」


 八橋に満夜がかくかくしかじかと説明した。


「へぇ……鬼石がガシャドクロだって言うことかぁ。ありえない話じゃないね。でもヨモツシコメの骨というのは無理がないかな? だって、ヨモツシコメは神代の化け物だよ?」

「それが違うのだ。我々は何度もヨモツシコメに遭遇している。現代にヨモツシコメが現れて、弘法大師に封じられたとしてもおかしくない。それどころか、弘法大師ではない可能性もある」

「弘法大師でない可能性? 満夜くんにはだれかってわかっているの?」

「オレにはさっぱりわからん!」


 いつでもはっきり返事をするのは、満夜らしい。


「そういえば、この間持って帰った鬼石を調べたけど、骨なのか石なのかなんなのかわからなかったよ。いろいろ混じっているようにも見えるし、この世のどこにもないものにも思える。でも凄く軽いから、骨に近いのかもしれないけど、密度は高いんだよ」

「じゃあ、これも同じだな。特大コンビニ袋五袋分あるが、異様に軽い」

「これが本当にヨモツシコメの骨なら、学会で発表したいよ。もらって良い?」

「それよりもこれが本当に鬼石なのかどうか調べなアカンちゃうん?」

「それはすでに調べておいた!」

「満夜、手際がええな」

「ここに来るのが遅れたのは、鬼石のあった場所を見に行ったからだ。ぼっこりと大きな穴が開いていた」

「そうなんですか!? じゃあ、わたしたちが見に行ったときにはすでにヨモツシコメは目覚めてたんですね……ひえー」


 菊瑠が顔を青くしてつぶやいた。


「おまえ達、襲われなくて良かったな。しかし、なぜオレだけを襲いに来たのかはわからんが。他の人間を襲う可能性もあったはずだ」

「それはおまえに用があったからだ」

「なんだ、その用とは?」


 鵺の言葉に、満夜はいぶかしげに訊ねた。


「ヨモツシコメは今でも追いかけておるのかもしれぬぞ」

「なにをだ?」

「いざなぎを、だ」

「何を言っている? いざなぎは神代の人物だ。現代にいるはずがない」

「わしが黙っていたのは確証がなかったからだ。わしは従者に裏切られ、封じられた。いざなみも裏切られて封じられた。封じたヤツは同じヤツなのだ」

「それは一体誰なんだ?」

「いざなぎだ。いざなぎがおまえの先祖なのだ」

「「「「なんだってぇ!?」」」」


 その場にいた全員が図書館というのも忘れて叫んだ。

「しーっ」と周りからいらだちが籠もった注意を受ける。


「オ、オレの先祖がいざなぎ、だとぉ!?」

「そうだ」

「せやから、いざなぎ神社を創建したんやろか」

「それはありえるね。でも本当にそうなら、いざなみはなんなんだろう?」

「それはしらん。わしが覚えている限りでは、いざなぎが裏切ったことだけだ」

「ふ、ふふふふ……」


 満夜が下を向き、顔を押さえて不敵な含み笑いを漏らした。


「な、なんやの!?」

「ふはははははは! やはり、オレの中には凡人とは違う血が流れていたのだ! 純粋な神代の血を受け継ぐものとしてオレに八束の剣はふさわしいと言うことだ!」


 と、ここまで叫んだところで、満夜たちは図書館からポイされた。

 ポイされた後も満夜が自信に満ちた笑いを発し続けているのを尻目に、凜理は菊瑠と八橋に話しかけた。


「八橋先生、先生ならいざなみがこの平坂町にいた証拠を探せるんじゃないですか?」

「うん、前に副葬品のみで埋葬された人物がいなかったという古墳があるって言ってただろ? あれがこの平坂町を治めていた人物……支配者兼祭司じゃないかって説を考えていたんだ」

「え? 支配者で祭司ですか?」

「そうだよ。昔は神のお告げが聞ける立場の人間は支配者として人々を導いてきたんだ。ほら、卑弥呼なんかが良い例だろ?」

「そやな……それやったら、いざなぎが鵺の従者でって話も腑に落ちるな」

「でもいざなぎは侵略者の神じゃないんですか?」

「それなんだ……どうしてこの平坂ではいざなぎが旧支配者側なのか……」


 三人は「うーん」と考え込んだ。


「考えてもわからんことはじっくり調べるしかないな。そういえば、美虹さんはどないしたん?」

「お姉ちゃんは、お仕事が忙しくて最近は祈祷所に籠もりきりなんです」

「拝み屋も大変やな」

「お姉ちゃんのお告げがよく当たるからって、最近連日連夜お客さんが絶えなくて……」

「満夜がへっぽこ呪術師なのとえらい違うなぁ」

「でも、芦屋先輩の風邪除けの呪符はよく効きます!」

「それ、褒めてるつもりやろうけど満夜が聞いたら傷つくで」

「え! 芦屋先輩でも傷つくんですか!?」


 菊瑠の天然な物言いに、凜理も苦笑うしかなかった。


「凜理!」


 いきなり満夜が叫んだ。


「な、なんやの?」

「オレはやはり八束の剣を手にし、再び黄泉の入り口を封じる決意をしたぞ」

「それはつまり、鵺の体の封印を解くちゅうこと?」

「そういう言い方もある」

「いや、そのままやんか」

「諸君。鵺の封印が解けてしまうという心配は無用! なぜなら、封印は決して解けないからだ」

「どういうことやの!?」

「昨夜、オレと凜理とで格闘したときにオレたちはほぼ互角でヨモツシコメと渡り合えた。今のオレならば、千本鳥居に再挑戦することができると思うのだ!」

「なにいうてんの!?」

「危ないですよ!」

「千本鳥居になにかあるの!?」


 騒ぐ三人に満夜が手で制す。


「騒ぐな、諸君。いくのはオレ一人でも充分。諸君は付いてこなくてもいい。どうせ鳥居を外れれば、真名井に行き着くのだからな!」

「せやけど、一人でどないするん!? 誰も助けられへんで?」

「鵺を連れていく。八本目の鳥居の根元に埋められた八束の剣を掘り当てた後、オレはヨモツシコメに鵺を放ち、そのまま真名井へ逃げる算段だ」

「何を勝手にほざいておるのだ」


 満夜の肩に乗っている鵺がピキキと見えない血管を浮かせてうなった。


「鵺ならば、放って置いても現世に帰ってこられるだろう。四つ目の銅鏡で危険を予見することができるしな。ふははは! 我ながら名案だ!」

「わし抜きで決めるでないぞ!」

「そや。そんな危険なことしたらアカンで」

「止めるな! オレは有言実行する男なのだ。必ず八束の剣を手に戻ってくるぞ!」

 ふ、ははははは——!


 人が行き会う図書館の前で満夜の笑い声が天高く響くのだった。

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