第4話

 ねこむすめに元気づけられ、満夜は精一杯の電流を手のひらからほとばしらせた。


 ——バリバリバリバリッ!!


 空気に火花を散らしながら、電流が泥人形を弾き飛ばした。


「ガシャドクロを狙うにゃ!」

「おお!」


 満夜はぴょんぴょん跳びはねては爪で泥人形をやっつけるねこむすめから目を離し、頭上を見上げた。

 霧の中から、灰色の影が見えてくる。

 それははっきりと頭に角があるドクロだった。


「これが……鬼!」


 しかし、心当たりのある大きさと形だ。


「いや、まさか……」


 満夜の頭にあるものがよぎった。


「まさか……ヨモツシコメか!?」


 ——ガシャガシャガシャ!


 より一層激しく、ドクロと骨がかき鳴らす音が響く。

 なぜガシャドクロがヨモツシコメなのか、満夜にはわからなかったが、精一杯手のひらに込めた電流を、ヨモツシコメのドクロにぶち当てた!


 ——ぎえええ!!


 奇声を発し、ガシャドクロがよろけてガシャアアアンと音を立てて崩れた。

 しかし、徐々に元に戻り、また巨大なドクロになった。


「これではらちがあかん……! そうだ……!」

 うりゃああああッ!


 何を思ったか、満夜は自分の肩からバリッと鵺を引っぺがして一本背負いで投げ飛ばした。


 ——バキャッ!


 見事、ガシャドクロの頭に鵺が激突する。


 ——きしゃああああああっ!!


 いきなり投げられて痛い思いをした鵺が、怒り狂った声を上げてすさまじいプラズマでガシャドクロに一撃見舞った。


 ——ぎゃあああああ!!


 おぞましい絶叫とともに、バァアアン! とドクロが弾けた。

 バラバラと地面にふるドクロのかけらが次々と泥人形を消滅させる。

 何もなかった中空から、カンという音を立てて、銅鏡が道に落ちた。


「にゃんてこった……」


 ねこむすめが満夜の隣によってきて、バラバラになってしまったガシャドクロをあっけにとられて眺めた。

 満夜は道に落ちた銅鏡を拾い上げて手の中のそれを見つめた。


「これが四つ目の銅鏡……」


 ねこむすめの頭に生えた耳としっぽが消え、ようやくもとの凜理に戻る。


「まさか鵺を投げるて思わへんかった」

「鵺は凶器だぞ。凶器には凶器をぶつけてみるものだ」

「なんやよう分からんけどうまくいったなぁ」

「それにしても、よくオレが危機だとわかったな」

「いやな予感がしたんや。後を追ってみたら霧の中から満夜の声がしたから」

「でかしたぞ、ねこむすめ。やはり我が部の戦闘部員だな!」

「なんべんも言うけど、戦闘部員ちゃうわ!」


 パコーンと気味のいい音が夜道に響いた。


「おまえ……わしを投げるとは良い根性だ」


 鵺が肉球で地面をフミュフミュ言わせながら、やってきた。

 あれほどのプラズマを放った割には全くダメージなど受けなかったようだ。


「おまえの使いどころなどあれ以外になかろう! ふはははははは!」

「くうぅ……糞生意気なわっぱだ……今回は仕方がない。大目に見るが、二度目はないぞ」

「二度でも三度でも投げ飛ばしてやるからな!」


 バンバンと鵺は地面を前足で叩いて、地団駄を踏むのだった。




 結局、二人と一匹は凜理の部屋に戻り、車座に座って真ん中に据えた銅鏡をにらみつけた。


「とうとう四つ目の銅鏡が手に入ったな!」

「でもこれどないすんの?」

「もちろん封印を解いてわしの飛翔輪として……むぎゅ!」


 満夜は床に鵺を押しつけて最後まで言わせなかった。


「勾玉はあと十一ヶ月はここに戻ってこない。それまではオレたちが持っておくことになるだろう。しかし、まさかヨモツシコメの封印に銅鏡を使っていたとは……これで二度目だ」


 顎を触りながら満夜が「ふーむ」とうなった。


「もしかすると、今までこの平坂町がヨモツシコメの襲来から守られていたのは、やはり鵺の体のおかげなのかもしれん。しかし、それならば、鵺の体をバラバラにする必要があるのだろうか……?」

「せやな。鵺の言うとおりなら、別に六つに分ける必要なんかなかったやろな」

「前々からわしは従者に裏切られたというておろう」


 それを無視して、満夜が眉間にしわを寄せる。


「実は、夏休みに入ってオレはへんな夢を見た。平坂町がヨモツシコメに蹂躙され、人々が逃げ惑う夢だ」

「あ」と凜理が声を上げた。

「それ、うちも見たかもしれへん。いやぁな夢で、内容もあんまり覚えてへんけど」

「しかし、凜理。オレはそれを現代の夢と思えなかった」

「なんでやのん?」

「なぜなら、封印はすでに完全ではなかったのに、ヨモツシコメは平坂町を襲っているように思えなかったからだ」

「ほんまにそうやろか……」

「何か気に掛かることでもあるのか?」

「うちが初めて襲われた場所、蛇塚や。それに呪歌を歌ったら神隠しに遭う千本鳥居。沼に封じられたガシャドクロが人をさらう言い伝え」


 そこまで聞いて満夜がハッとした顔をした。


「すでに封印は解けていたと言いたいのだな?」

「封印の解け方が不完全やったから、こういうことが起こったんやないかな」

「それはオレでも気がつかなかった! さすがはオカルト研究部部員第一号だな! オレの教育が行き届いている証拠だ」

「でもな、満夜。うちはそれだけやない思うてん」

「それはオレも考えていたぞ」


 そう言った後、満夜と凜理は鵺を見た。


「本当は、鵺も封印したかったんじゃないのか」

「でも、昔のことやからいろいろとあって、鵺の封印が完全やなくなったんやな」

「平坂町を救うには、鵺の体でもう一度封印を解かれた場所を封じることが一番だろうな」


 それを聞いた鵺が、毛を逆立てて吠えた。


「おのれ、わっぱ! またもわしを裏切る気か!!」

「せやけど、鵺はほんまの話をしてくれへんやないの」

「そうだ。都合の良い部分だけをオレたちにいっている気がするぞ」

「くうう」

「このままやと、うちら、鵺に協力するのはやめるわ」

「なに……? 娘御までわしを裏切るのか」


 険しい目つきで、でも可愛いつぶらな瞳が、二人をにらみつけた。


「キサマは忘れているようだが、すでにキサマの体の封印は解けないのだ。いらず山の祠の道教が説かされてしまった今、キサマの野望は打ち砕かれたのだ」

「はて、野望とはなんだ?」

「しらばっくれるな! キサマは再びこの平坂町を牛耳ろうと思っているのだろう!?」

「野望などと言う小さなことではない。わしは自分の守護せし地を取り戻すことを望んでおるだけだ」

「しかし、それがどんな意味を持つのかわからない限り、オレたちはキサマの体を元に戻すつもりはないのだ」

「なんだ、わっぱ。おまえは前に術師になるだのいうておったではないか。その目的は果たすつもりはないのか?」

「ぬうううう……キサマの言うとおりだ。オレは力が欲しい。しかし、おまえに支配される力はいらん!」

「勝手なヤツだ。だがな、その飛翔輪はわしのものだ。返してもらおう」


 鵺が銅鏡に飛びつく前に、満夜はさっとそれを取り上げた。


「くう、渡せ! 渡さぬか!」


 目一杯背伸びをしても、銅鏡を持った満夜の手に届かず、鵺は悔しそうな声を上げた。


「それにしてもだ」


 それまでの話を思い切り横に放り投げて、満夜が話を変えた。


「今までのあいだ、いくらでも平坂町をヨモツシコメで襲うことができたはずなのに、なぜ、いざなみはそうしなかったのだ?」

「ヨモツシコメを操ってるのはいざなみなん?」

「何を言っている、ヨモツシコメに命じていざなぎを追いかけさせたのは、いざなみではないか! 第一号だと褒めて損をしたぞ」

「別に第一号やのうてもええもん」

「鵺といざなみ……こいつらの関係ともくろみがはっきりせねば、オレも安心して術師を目指すことができん」

「別に術師を目指さんでええやん」

「何を言う!? オレの目標は父ちゃんのような術師になることだぞ。それを鵺やいざなみという小物に邪魔されてなるものか!」

「小物ではないぞ! わしは大いなる力を持つ神なるぞ!」


 ムキーッとヒステリーを起こした。

 そのとき、ドアをコンコンと叩かれた。


「満夜くん、お夕飯食べていく?」

「いや、おばちゃん。オレはこれで失礼するぞ」

「そう、遅くならないようにね」

 美千代が階段を下りきったのを聞いてから、満夜が声を低めていった。

「オレたちの先祖がなぜ鵺を封印したのか……それがわかれば良いんだが」

「そやな」

「とりあえず、今日のところはこれで帰る。明日、図書館で落ち合おう」


 満夜は銅鏡をポケットに入れて鵺をひっつかみ、家に帰った。

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