第3話

 玄関口から威勢の良い満夜の声がする。


「来たぞ!」

「満夜くんはいつでも元気がええなぁ」


 竹子がニコニコしながら茶をすすった。凜理はリビングから玄関に向かって顔を出した。


「上がって、満夜。うちの部屋で話しよ」

「うむ。ところで鵺はどうしている?」


 満夜が声を潜めて廊下に出てきた凜理に訊ねた。


「うちの部屋や」

「鵺がどうかしたか? 電話では聞かなかったが」

「うちな、鵺がどうも信用できひんねん」

「む……それは鵺が自分に都合の良いことしか話さんからだな?」


 凜理は自分のモヤモヤした考えを言い当てられてびっくりした。


「なんや、満夜もそう思うてたの?」

「いや、オレは最初からそう考えていた。あいつはまだ話してないことがたくさんあると思うぞ。特に白山くんの血を求めた辺りからオレは信用しとらん」

「なんや仲が良うしてるから信用してるて思うてた」

「うむ。そう思わせるのもオレの計算のうちだ。それにあいつの封印を完全に解くことができなくなったことでオレの有利になった」

「なんでやのん?」

「本来の力を取り戻したあいつがオレたちのいうことを聞くと思うか? いまでこそただのレッサーパンダだが、もし鵺というのが本当ならば、かなりでかい可能性がある」

「そうなんや、たしか、白山さんたちにも同じことゆうてたわ。天を突くほどの巨躯って」

「ふむ。ならば、銅鏡が四つそろわない今は大丈夫と言うことだな……」


 二人で階段の途中でこそこそ話しているところに、鵺の声がした。


「そこで何をしておる?」

「おお、鵺か」


 まるで今来たとばかりに満夜が鵺を見た。


「今日は先生にさんざんもふられてきたか?」

「その話はしとうない」


 機嫌が悪そうに眉間をくしゃくしゃに寄せて鵺が言った。


「その様子だと、いやというほどもふられたようだな、ははははは!」


 愉快だ! と言いながら、満夜は凜理について二階の部屋に入っていった。


「ばっちゃんはなんと言っていた?」

「ガシャドクロの話をしてくれたで」

「ガシャドクロだと!? それは凄い妖怪だぞ!」

「え? なんなん?」

「野にうち捨てられたドクロが寄り集まって巨大なドクロになった妖怪で人を襲うのだ」

「ほんまに妖怪やったんやな」

「しかし、平坂町にガシャドクロが出るとは……それは平坂高校の辺りに出ると言っていたのか?」

「そやな、あそこらへんを夜出歩いたらアカン言われてたて」

「ほう、興味深いな! ガシャドクロということであれば、前に鵺が言っていた沼に死体を捨てていた話や血吸い沼の話と符合するぞ!」

 ふはははははは——!!


 久々に満夜が高らかに笑った。


「呪われた忌み地! まさにオレの潜在能力が試されるときがきたのだ! オレが習得した術を存分に発揮することができる。術師としての能力も格段に上がるだろうな! はっはっはっは!」

「ガシャドクロがほんまに出たらどうするん?」

「それはもちろん、オレの持ちうる全ての力を出して退治するに決まっているだろう!」

「全ての力て……あんたの力は腹痛の術やろ」

「あれは隠遁の術だ!」

「腹痛の術で間違いなかろう」

「キサマぁ!」


 結局、満夜と鵺の口げんかに発展して、凜理は呆れながらなだめた。


「ぬうう……それで、石は先生が持って帰ったのか?」

「うん。調べるいうてたで。明日にはわかるんやて」

「ほう……それは助かるな……」

「でも、鬼石にはガシャドクロが封じられとるんやろか?」

「それはわからんが、あの石を掘り返さんことにはなんとも言えんな」

「やっぱり掘り返すん?」

「オレなら掘り返す! 氷山の一角だとわかっているからだ。あれこそ鬼石だと確信しているのだ」

「でも鵺が砕いたやん。砕けたことで封印が解かれたんちゃうん?」

「うーむ……それは視野に入れておかねばならんな……野放しになったガシャドクロが何をするかわからんからな」

「せやな」

「そろそろ鵺を回収して帰るとするか」

「気ぃ付けてな」


 玄関まで満夜を見送り、凜理は月の浮かぶ空を眺めた。

 雲が空いっぱいに広がっていて、月が目玉のように雲の間から覗いている。それこそ巨大なガシャドクロの眼窩がんかのようだった。




***




 夜道とは言え、街灯が煌々と照らす歩道はあまり怖くない。以前黒い影を見た道は公園近くだったから、満夜もすっかり油断していた。

 鵺はボストンバッグからやっと解放されて満夜の頭に前足を掛けて肩の上に立ち、空気を嗅ぐように鼻をスンスンさせている。


「さっきからどうしたのだ?」

「何やら臭うないか」

「そうだな、生臭いというか魚のはらわたのような匂いがする……どっかで嗅いだような臭いだな」


 満夜は足を止めて辺りを見回した。さっきまで煌々と明るかった街灯がチカチカと明滅し始める。

 さすがの満夜も何か起こりそうな予感を覚えた。鞄からいつも仕込んでいる悪霊退散の呪符を取り出した。長い数珠も取り出し、右手に巻く。

 ごにょごにょと悪霊退散の呪文を唱え始めた満夜の周囲を、濃い霧が取り囲む。

 そこで、満夜はハッとした。


「そうか! この臭いは鬼石のあった場所で嗅いだ臭いだ!」


 その途端、ガシャガシャと何か軽いものが擦れあう音が鳴り始めた。


 ——ガシャガシャガシャ……


 鵺の毛がざわざわと逆立ち、尾の蛇がシャーッと威嚇音を出した。


「結界を張るぞ!」

 ——りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜんぎょう!


 九字を切って、辺りを見回す。霧の中からは相変わらず、ガシャガシャと音がする。


 ―ガシャガシャガシャ……


 音は頭上が鳴り響いた!


「なんだと、上から来たか!」


 水平に襲ってくると思っていただけに、頭上のことをすっかり忘れていた。しかも、悪臭はさらに酷くなっていき、ボコボコという音までし始めた。

 慌てて周囲を見回すと、泥の塊でできた人型がゾンビのように霧の中からやってくる。

 その数があまりにも多くて、満夜はいつも感じない危機感を覚えた。


「鵺! 雷を落とすのだ!」

「なぜわしがおまえのいうことを聞かねばならぬ」


 この期に及んで、鵺は協力を拒んできた。


「ぬうう……かくなる上は一人で戦うしかあるまい……」


 と言いつつも、満夜ができることは効き目のない呪文を唱えて、左手に持った悪霊退散の札を掲げることだけだ。


「そうだ! 俺にはこの力がある!」


 以前蛇塚に引きずり込まれたときの電流のことを思い出した。


「悪霊退散の呪符に電流を込めて、泥人形にぶつければ!」


 ビビビビ! っと電流が指先からわきだし、呪符を包む。


 ボッ!!


 見事な音を立てて神の呪符が燃えて黒焦げになった。


「なんだとおおお!?」


 当てが外れ、徐々に満夜は壁際に追い込まれていく。


「鵺! オレにさらなる力を与えるのだ! と言うか与えろ! オレはおまえの従者だといってたな!? このままではおまえの従者は危機にさらされてしまうのだぞ!」

「わしは自分の身は自分で守れるわ。従者など、いくらでもおろう。ちんけな術師に用はない。もっと力のある有能なヤツにわしの体を見つけさせる。まぁ、今後わしに逆らわぬと言うならば、考えてやっても良い」


 鼻でもほじくりながら言うような声音で、鵺がかかかと笑った。


「くそぅ……こちらが下出に出ておれば……つけあがりおって……」


 歯がみしても、満夜には他に道はない。

 絶体絶命と思った矢先!


「にゃにゃあーん!!」


 ザシュッと言う音ともに、泥人形が粉々に砕け散った。


「ねこむすめ!」

「満夜! 心配してたとおりなのにゃ。ガシャドクロの封印はとかれたにゃ。泥人形はガシャドクロを追い払わなかったら、いつまでもわいて出るにゃあ」

「心強いぞ! ねこむすめ」

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