15 千曳の岩を入手せよ!

第1話

「そんな無茶なことしたらアカン」


 凜理は満夜の発言を聞いて、気が気じゃなかった。第一、ヨモツシコメから逃げ切れなかったらどうするというのだ。笑いながら自信たっぷりにしていてもかなう相手ではない。


「オレはな、凜理。この前の一件と昨夜のことで覚悟が決まったのだ。鵺の封印が緩い今、潰せる危険は一つずつ潰していかねば、平坂町の謎を追っている場合ではなくなってしまうのだ」

「でも、芦屋先輩一人でどうにかなるとは思えません」

「白山くんまでオレを止めるのか」

「ボクは君が何をするのか興味があるけど」

「八橋先生も止めたってぇな。先生もヨモツシコメを見たやん」

「見たけど、あれをどうするかは、実際に戦ったことのある満夜くんが一番詳しいんじゃないのかな」

「策はあるのん?」

「ない!」

「それじゃあ、だめですよ〜」


 菊瑠も顔を青くして焦っている。みんなで満夜を止めようと必死だが、満夜自身はやる気満々だ。


「それに、オレがいざなぎの血を引いているとすれば、必ず戻ってこれる!」

「どういう根拠で大丈夫やていえるんや!」


 凜理は心配を通り越して怒りが沸いてきた。


「あんたが一人で行く言うならうちも付いていく!」

「わたしもです!」

「ボクは……」

「八橋先生もや!」

「えー、なんでボクも……」

「諸君……一丸となって八束の剣を手に入れるために協力してくれるのか? これぞオレの人徳のなせる業だだ!」

「いや、あんたが心配なだけやで!」


 パシンと凜理が満夜の胸を手の甲で叩いた。


「あんたが死んでもうたら……いんひんくなったらみんな夢見が悪いだけなんや」

「ふっ、オレもそこまでバカではない……」

「なんやて?」


 満夜がかっこつけて笑うのを見て凜理はいやな予感がした。


「千本鳥居に挑むためにオレは千曳ちびきの岩を探さねばならない! それが見つかれば、鵺とオレだけでどうにでもなる」

「千曳の岩てなんやの?」

「いざなぎが黄泉比良坂でヨモツシコメに追いかけられたときに放り投げて、黄泉の道を塞いだとされる岩のことだ」

「でも千人の力でないと引けないって言われてるよね?」

「満夜だと一人分の力も出せないんとちゃうん」

「むぅ……失敬な。千曳の岩は巨大なものだと思われているが、オレは実はそう考えていない」

「どういう意味ですか?」


 凜理たち三人が不思議そうにする。


「うむ。いざなぎはヨモツシコメに追いかけられたとき、いろいろなものを投げて寄越したことになっている。それら全てが小さいものから大きなものに変わったという逸話だ」

「小さいものが大きいものに……?」


 凜理がハッとした。


「ちゅうことは、千曳の岩は小石じゃないかと思うとるん?」

「そのとおりだ、凜理!」

「アホちゃうのん! そんなものがあったら有名になっとるし、八橋先生が知らんわけないやんか」

「そうだね。ボクもすぐに研究材料として調べ始めるよ。それにどこにあるのか見当は付いてるの?」

「オレは古墳にあるのではないかと睨んでいる」

「なんで古墳なん」

「副葬品のみの古墳……それはいざなぎのものだと思っている。いざなぎならば、自分の手元に千曳の岩を置いていてもおかしくはないだろう?」

「うーん、そんな感じの岩はなかったけどなぁ……」

「岩でなくても石とかそれらしきものだ。例えば土偶とか」

「土偶ねぇ……変わり種なら動物のものがあったけど」

「ならば、それだ!」

「当てずっぽうでいっとるやないの?」

「とにかく副葬品にあったものの何かだ」

「でも、千曳の岩と言うだけあって、やっぱり石なんじゃないかな? 封印の力があるものでないといけないだろ?」

「うーむ」


 そこまで言われて、根拠なく副葬品だといっていた満夜も黙らざるをえなくなった。


「石か……しかし、オレたちが調べてきた場所で石らしきものはあったと思うか?」

「千本鳥居に九頭龍神社、いらず山の祠、鬼石、いざなぎ神社、古墳……やな?」

「まて、凜理。オレたちは重要なことを忘れている。蛇塚だ」

「あ……確かに」

「蛇塚でも不思議なことは起こった。五匹の白い蛇が出てきたぞ。あの中に千曳の岩があるのではないか? しかし……」

「「「しかし?」」」


 凜理たちが口をそろえた。


「六芒星の真ん中の蛇塚が封印されてないとはいえん。千曳の岩があるとしたら、それが蛇塚を封印しているかもしれん」

「どういうことやの?」

「六芒星の点はそれぞれ鵺の体で封じられていたはずだ。六芒星の封印の真ん中に蛇塚があるのは偶然ではない。いざなぎが本当に封印したかったのは蛇塚なのかもしれん」

 ——ふふふ……

「ふ、はははははは! オレはやはり天才なのだ!」

「な、なんやの!?」

「そうか! こうすれば良かったのだ!!」

「どうしたらいいの?」


 満夜の突拍子もない推理に八橋も興味津々になってきたようだ。


「オレには四つ目の銅鏡があるではないか! これを千曳の岩の代わりに据えて、千曳の岩を持ってくるのだ」

「ちょっと待ち。蛇塚は今厳重に柵がしてあるんやで? どうやって中に入るのん」


 そこで、満夜がビシィッと八橋を指さした。


「そこで先生の出番だ! すぐにでも蛇塚の発掘調査をするのだ!」

「えー……」

「蛇塚にもし千曳の岩があった場合、大変な発見になるのではないか?」

「まぁ、そうだけど……」

「オレたちは協力関係にあるといったな?」

「言いはしたけど、蛇塚を発掘するにはいろいろと手続きがいるんだよ?」

「それとも勾玉を取りに行くか!?」

「なぜ勾玉がそこで出てくるの?」

「千曳の岩の代わりにヨモツシコメの道を塞ぐ!」

「ええい! さっきから黙って聞いておれば、わしの体のことを勝手に決めおって。勾玉を封じたら、わしの胴がなくなるではないか! 八橋! どうにかして千曳の岩を手に入れるのだ!」

「えー、レッサーパンダちゃんに言われたら考えちゃうな。いいよ、どうにかしてみる」


 そう言った八橋の周りにキラキラとハートが飛び交うのが見えた。


「獣のいうことは聞くのか!? おまえの脳みそは豆腐でできているのか!?」


 満夜がショックを受けたような顔をして叫んだ。


「崇高な調査が獣のもふもふで左右されるなど、本来あってはならんのだぁああああ!!」

「満夜の動機も充分不純やないの!」

「オレはオカルト研究のために……!」

「ほんまは自分が一人前の術師になるために欲しいだけやろ!」

「ぐっ」


 意表を突かれて満夜は黙った。満夜も所詮俗物なのだった。


「高尚な研究のためやとか言うとるけど、全部満夜のわがままや! 一人で千本鳥居に行くやの、千曳の岩を手に入れるやの、黙ってきいとったらどんどん調子に乗って!」


 凜理はあんまりにも満夜が勝手を言うことにとうとう堪忍袋の緒が切れた。


「凜理……」


 満夜もこんなに怒る凜理を初めて見た。いつもクールに自分にツッコミを入れる凜理が、自分の言動に腹を立てるなど今までになかったことだった。


「うちも勝手にせぇ言う気はないんよ。そんなこと言うたら、満夜は本当に勝手にするもん。だから、うちは満夜が何かするときはちゃんと手綱を握っとらなアカンて思うねん」

「オレは……オレは……」


 満夜が感極まって俯いた。


「満夜……?」

「オレは……馬ではないぞ。理性的で理知溢れる、未知数の力を秘めた術師だ! だが、諸君を見放すつもりはない。諸君ら、それぞれに見合った働きをしてもらうまでだ! なぁ、戦闘部員」

「うちは戦闘部員ちゃう!!」


 凜理の手が満夜の頭を叩き、パコーンとこぎみ良い音が辺りに響いた。

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