第2話
「そういえば、芦屋先輩、もふもふちゃんといっしょじゃないんですか?」
「連れてきているぞ」
「え!? どこですか!」
満夜は自分が肌身離さず持っている謎の大きいボストンバッグを指し示した。
「この中にいる。おのれが透明になるなどと偽ったおかげでこういう目に遭うのだ。くふふふ」
「もがががが!」
黒いボストンバッグがもこもこと暴れているところをみると本当のようだ。
「かわいそうです」
「かわいそうなものか! ここで開陳してみろ! あっという間に追い出されるぞ。図書館は動物禁止なのだ」
「もごごごごご!」
どうやらその意見に鵺は大反対のようだ。「わしは動物ではないとでも言っているのだろう」
それをみる菊瑠の目にキラリと涙が光ったのだった。
司書に白い目で見られながらも、鵺の存在はばれることなく、目的の文献を見せてもらうことに成功した。しかし、電子媒体でだ。本物はあまりに古いため、素人には見せられないということだった。
「ぬう……どうしたものか」
「せや、適任がおるやないの!」
「だれだ?」
「わかりました! 八橋先生ですね」
「せや。先生なら民俗学科の助教授やし、文献を直に見られるんちゃうのん?」
「すっかり忘れていた。そういえばそんな肩書きを持っていたな」
三人は電話をすべく、図書館をいったん出ることにした。
「先生か!?」
『あ、その生意気な声は満夜くん!』
「生意気とは失敬な。おまえに封印のありかを話すのはやめる」
『なになに? レッサーパンダちゃんの体の封印のことかな?』
「その通りだ。新たな封印場所で難問に引っかかってな。おまえの協力が必要になったのだ」
『内容によっては何でもするよ。何をすれば良いのかな?』
「図書館にある文献を見てほしい。平坂高校のあった土地にまつわる逸話などだ」
『逸話……?』
「郷土史を読んだが、忌み地というものがあったようだ。だが、この忌み地が平坂高校のあった土地のことを指しているのかどうかがわからんし、もし、封印された銅鏡が眠っているのならば、その場所を特定せねばならん」
『忌み地か! 面白そうだね。でも今日は講習が入ってるから無理なんだ。別の日でも良いかな? 明日あさってなら午後は空いてるよ。レッサーパンダちゃんに会えるなぁ……楽しみだ!』
「では明日にでも!」
『オーケー』
変なところで気の合う満夜と八橋は、鵺の体を封印してある平坂高校の話に盛り上がり、二つ返事で快諾してもらえた。
「案外にチョロい先生だ」
「せっかく来てくれる先生にチョロいとかいうな!」
「何を言う? 鵺ごときでまんまと我々の思うとおりになるのだぞ。チョロい以外に当てはまる言葉がない」
「まぁ、たしかにそうやけど……」
鵺が可愛いのは凜理にもわかるが、凜理には鵺を外見だけで判断してはいけないような気がしていた。多分、それは満夜も同じだろうが、なんといっても満夜は鵺にとって切り札のようだから、何もされないだろう。むしろ自分の身のほうが心配になることがある。それはクロの本能が自分に知らせてくる第六感だった。
***
翌日の放課後、約束通り平坂町立図書館の前で、満夜たちと八橋は合流した。
例のごとく鵺はボストンバッグに突っ込まれているのだが、八橋はきょろきょろと視線を泳がせて鵺を探しているようだ。
「先生。鵺はこの中だ」
「おや、なんでバッグなんかに入れてレッサーパンダちゃんのかわいらしさを隠すの? かわいそうじゃないか」
「おまえもその手合いなのか……かわいそうとかいう感情論は最も無意味だ! こいつが図書館に入って見つかってみろ、ものの一秒で追い出されてしまうぞ」
「それなら表で待たせてあげれば良いのに」
「それも問題だ。こいつを野放しにしてみろ、あっという間に拉致誘拐されるぞ」
「なんか、大事にしてそうで大事にしてないね……」
「こいつの主ということで責任があるからな」
「もごごごごご!」
おまえごときわしの主などではないといっているようだ。そんなことなど気にもせず、図書館に入りながら、満夜は八橋に説明した。
「これからみてもらいたいのは、凜理の家の土蔵にあったという文献だ。あまりに古すぎて専門家でないと扱わせてもらえない」
「大丈夫だよ。ここに古書を扱うための道具を用意してるから」
「どんなものだ?」
「手袋とピンセット」
「それだけなのか? 何かビームがでたり特殊光線が出たりするものはないのか!?」
「なんでそんなものを古書読み解くのに必要なの……?」
さすがに満夜の期待がでかすぎるのに対して、八橋は呆れた様子で答えた。
「満夜は民俗学に何を求めてるんや……」
「さすがにビームはドン引きです……でも妖怪を手下に加えることくらいはできますよね!?」
菊瑠も相当に毒されているようだ。
「どっちもないよ。ひたすら聞き取りと文献の読み取りだよ。地味な仕事なんだ。それと蒐集もするよ」
「蒐集とはなんだ?」
「風俗風習やそれにまつわるものに関する信仰などで使用する道具なんかのことだよ。もしも特殊な御幣を使って信仰をする風俗があるとすれば、その御幣のレプリカをいただくんだ。文献に記されている古い建築物や仏像やなんかを分析したり解析したりするのも民俗学や民族学で大切なことなんだ」
「たとえば?」
「さっきもいったけど、呪術に関する風習で使用されるお面とかもそのうちに入るね。聞き取りに至るものは集落にまつわる信仰や風習に関して、言い伝えられる事柄なんかを書き取っていく仕事だよ。テープに録音して方言なんかを保存するのも仕事のうちなんだ」
「実に興味深い。では、先生はこの平坂のことに関しては詳しいということでいいのか?」
「まぁ、一応研究題材の一つだからね」
話ながら、司書に文献閲覧の許可を取った。八橋が身分証明をしただけで、文献を直に見せてもらえることになったのだ。
「うーむ。民俗学者は便利なものだ。オレもこの資格を手に入れて今後のオカルト研究に役立てたいものだ」
「民俗学に資格はないけど、学芸員の資格は大学に入れば取れるよ? まぁ、ちゃんと論文を発表して認められて博士号を取れば、学者と名乗っても誰も文句はないかもしれないけど……」
「それは大学にいる間になれるのか?」
「無理だよ。大学院に行ってそのあと何年か研究しないとね。題材もちゃんと決めてさ」
「ふむぅ……道のりが一気に遠くなったな」
「やる気と情熱があればすぐさ!」
文献を保存している部屋に通されて、恭しく司書が文献の入っている箱を持ってきた。
「後はボクがするから、何かあったら呼びますね」
八橋にいわれて司書は部屋を出て行った。
「さてさて」
八橋が手袋とピンセットを取り出した。
箱を開け、表紙を見る。
「『平坂国風土記』か……よくこんな古い風土記が残ってたね」
「平坂国なのか? 平坂町ではなく」
「平坂町はかなり広い地域を占める珍しい町だからね。本当なら町区分にいろいろな町名が付いててもしかるべきなんだけど。いずれ、新興住宅地が今より大きくなれば、平坂町だけじゃないところもできるだろうね」
「ふむ……この町自体が普通ではなかったということか……」
「どれどれ?」
八橋が表紙を手でめくらず、ピンセットでつまんでめくった。
「なぜそのままめくらないのだ」
「古いものだからちょっとしたことで崩れちゃうこともあるんだよ。ほら、ここは虫食いで読めない」
確かに差し示された部分が大きく虫食いの被害に遭っている。
「お父さんが虫食いになるだけっていうたのはこういうことなんか」
「上手に保管していても虫食いや経年劣化は避けられないことがあるからね」
「なんだか学者さんみたいです」
「学者さんだよ」
八橋がにっこりとイケメンの顔を輝かせて微笑んだ。
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