第3話
一息ついたところで、座敷に課題を持って菊瑠もやってきた。
「あれ、白山さん、課題終わらせてたんちゃうん?」
「わからないところがちらほらあって、それはやってないんです」
「白山さんはどっかのだれかさんと
「聞いているぞ。何度も言うように、俺にはオレのやるべき使命があるのだ。これらは世俗が勝手に決めたものであって、本来はオレがやるべきものではない」
「芦屋先輩にはオカルト研究という使命がありますから」
「白石さんまで肩車に乗ることないんやで」
「そういえば、この間大学でいってた、古墳と九頭龍神社のことはどうなったの?」
美虹が興味津々になって質問した。
「急ごしらえだが、わしの護符を書いて貼っておいた。しかし、それも一週間持つかどうかからぬ」
「鵺ちゃんの護符かぁ。どんな効き目があるの?」
「わしの力を少しだけ与えた護符だ」
鵺が、テーブルに置いてあるバナナに手を伸ばした。それを横から菊瑠が取って皮を剥いたものを少しずつ鵺に渡している。こうしてみていると、レッサーパンダがおやつを食べている姿と変わらない。もちろん鵺もポットシチューを食べて満足しているが、ゼリーは匂いを嗅いだだけで食わなかった。
「その護符見せて欲しいな」
「残念だが、ここにはない。全て使い切った」
「そうなんだ。でも古墳と九頭龍神社にはあるんだね」
「まぁ、あそこに貼らねば意味がないからな」
それだけいうと、凜理に尻を叩かれつつ英単のドリルの続きを始めた。
案の定というか、やはりというべきか……全くの手つかずのドリルが午後いっぱいで終わるわけもなく、無情にも日が暮れた。
一緒に課題を見てくれていた美虹も、一日で終わる利用ではないと判断したようだ。
「ねぇ、満夜くん。うちに泊まって課題合宿したほうが良くない?」
「しかし……」
頬がげっそりとこけた満夜が、弱々しく反論しようとした。
「そうやな、美虹さんがおらへんかったら満夜もここまで課題が進まんかったし。うちは帰るけど、泊まり込みセットを持ってきてやってもええよ」
「ぬう、泊まり込みをするほどオレは困ってない。凜理が帰るならば、俺も帰るとしよう」
「そやけど、満夜。あんた、あと二日で課題を終わらせられるん?」
「ぬぬぬ……それは、凜理が課題を見せてくれるならば可能だろう」
「アホか! 課題は自分でやらなアカンで。学期始めにすぐ小テストあるんやからそれでちゃんと点数取らんと、後で痛い目見るのは満夜やからな」
「それはそうだが……」
半日缶詰にされた反動でいつもの満夜の元気がない。言い返すこともせず、弱々しく返事をするだけだ。
鵺がそれをじっと見ていた。
「おまえが課題とやらを終わらせられねばどうなるのだ」
「毎日居残りやな。鵺の体探しも当分お預けや」
「それは困る。一日も早く体を取り戻さねば、この平坂の地はヨモツシコメに蹂躙されてしまうだろう。ヨモツシコメが道を作れば、おのずといざなみもこの地に蘇るだろう」
「なんだと……!?」
初めて聞く情報に、満夜が目をヒン剥いた。
「いざなみがこの世に戻ってくると言うのか!?」
「その通りだ。元々この平坂の地は
「いざなみは神代からの女神。最初にこの日本に降り立った神なのだが、鵺のいうことが本当ならば、それ以前におまえはここにいたということになるな」
「わしはこの国の創世とは関係ない。それにそいつらがこの地を作ったわけではない。黄泉というものも、いざなみが逃げ込んだ場所ということで、元々黄泉という場所であったわけではない。いざなみを封印するためにいざなぎが作り出したものだ。しかし、死を封じることでいざなみはおそらくそれに侵された可能性はある。でなければヨモツシコメのような鬼が誕生するはずがないからだ」
真面目な話をしながら、鵺がチョコレートをむしゃむしゃと貪っている。動物ではないからチョコレートを食っても害がないので、好きなだけ甘いものを食べまくっているようだ。
「いざなみを黄泉国に封じたのはいざなぎ……」
「死を制した神は生をも制したがるのではないか? 生死を制すればこれほど強大な神もおらんだろう」
「あら、そうかな? 本当にいざなみ様はこの世も支配したいと考えてるのかな?」
美虹が不思議そうに言った。
「力とは無制限のものだ。欲望もまた然り。それを手にするだけの能力を有しておれば、欲することもあろう」
「いざなみ様は死んじゃった自分の姿を見られたくなくて黄泉国に行っちゃったんだよね? いざなぎ様が余計なことしなかったら、夫婦げんかだってしなかったし、ヨモツシコメなんて鬼を寄越したりもしなかったんじゃないかな」
「そういえば、夫婦げんかしてたいうてたな」
「わたしはいざなみ様だけが悪いとは思わないです。死んだ姿を見られたくないって乙女な心を持ついざなみ様がこの世を支配したいなんて怖いことを考えるとは思えないです」
菊瑠もいざなみの肩を持った。
「女子はさすがに女の味方をするな。しかし、現にヨモツシコメは平坂に出没している。故にヨモツシコメを封じるのがオレたちオカルト研究部の役目だ。大事な活動時間をくだらん勉学に費やすのは実に無駄なことだ。だが、ここはおとなしく課題を消化しなければならん……」
「満夜にしては殊勝な結論やな。じゃあ、お泊まりセットを持ってくるわ」
「かたじけない。頼むぞ」
満夜はまだ気付いてない……美虹のほくそ笑む姿に——。
お泊まりセットを持ってきた凜理は満夜を残してさっさと帰ってしまった。
「おまえも泊まらないのか?」
満夜が少し名残惜しそうにしているのをあっさりと断り、凜理はにやりと笑った。
「今日は満夜も両手に花やな。うちがいたら水を差すかもしれへんから帰るわ」
意味ありげにそうのたまった。
「両手に花……」
そこでようやく、満夜は自分が置かれた立場を理解してしまった。
そっと振り返ると、ニヤニヤしている美虹が立っていた。
「水入らずかぁ。うちに男の子が泊まるなんて従兄弟以来だよ」
「オレのことは放っておいても大丈夫だ」
少し震える声で満夜は言い放った。
「ふふ。満夜くん、夜のお勉強会まで時間があるし、お風呂わかしたから、入ったら?」
「いや、いやいや……ううむ。うううう」
満夜はどうしようかと悩むように百面相しながら考え込んだ。
ここで風呂に入れば、何かあるかもしれないし、何もしなくても何かあるかもしれない。
しかし、いずれ風呂には入らねばならないのも理解している。
五分ほど迷った末に、満夜は風呂に入ることに決めた。
「じゃあ、用意してくるねー」
「お風呂こっちです」
「いや、着替えの準備をするから場所さえ教えてくれれば自分で行ける」
「着替えはわたしが持ってきますよ。お泊まりセットそのまま持ってきたら良いですよね!」
「うむ、まぁそうだな」
有無も言わさぬ様子に、満夜は戸惑いながらも、姉妹の歓待を受けることにした。
「風呂に入るのか! わしも入るとしよう」
鵺はすかさず満夜の肩に乗り、一緒に風呂場に向かった。
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