11 幽霊の正体と祠の謎を解明せよ!

第1話

「くううう〜っ」


 満夜はこめかみを押さえて、込み上げてくる痛みを堪えた。

 その横で、鵺も一緒に両前足で顔の脇を押さえて、足をジタバタさせる。


「頭にキンキンくる」


 のたうち回る一人と一匹を、凜理は冷ややかな目で見守った。

 夏休み半ば。そろそろ課題に手を付けなければやばい時期である。

 かき氷を頬張りながら、満夜が目の前に座る凜理に言い放つ。


「課題など休みが明けてからでも間に合う!」

「また、そんなこというて! やらないで困るんは満夜やで。去年も結局うちに泣きついたやん」


 そこへ背後のふすまが開き、ご飯とおかずのいい匂いをさせながら、菊瑠と美虹が入ってくる。


「なになに? 満夜くん、まだ宿題やってないの」

「芦屋先輩、ご飯ですよ〜」

「おお、気が利くな。君たち!」

「おもてなしだよ〜」


 美虹がニコニコしながら、お盆を満夜の前に置いた。

 ご飯とお味噌汁にほうれん草のおひたし。それと魚の唐揚げのあんかけだ。


「にゃ」


 凜理が口角を上げてつぶやいた。頭からピンと猫耳が飛び出す。かろうじてカチューシャがあるおかげで疑われていないようだ。


「それにしても、デザートのあとに本命を出すとは」


 満夜がスプーンをくわえて料理を見た。


「どんどん食べて〜。わたしが腕によりを掛けて作ったんだから!」


 美虹が片腕をあげて二の腕の筋肉を見せた。なぜか、巫女装束である。


「どうしたのだ、その服装は」

「これ? 満夜くんが来る前にご祈祷してたから」

「いざなみ教はやめたのではなかったのか?」

「こういう宗教は急にやめたりできないよ。信者さんがいるからね。少しずつ衰退してきたように見せかけて解体していくほうがいいんだよ。じゃないと狂信者さんが人殺しちゃうよ」

「ひえー」


 凜理は、満夜と美虹の会話を横で聞いて悲鳴を上げた。


「そら、怖いわ」

「あ、でも歪んだ考え方をする人だけだからね。うちにいる信者さんにそんな人いないから」


 などといいながら、美虹は笑って見せた。


「ご祈祷をして本当に神にその言葉が伝わるものなのか」

「ご祈祷する人によるんじゃない?」

「やはりそういうものだな……そろそろ食うのをやめたらどうだ、鵺」


 自分の横でかき氷を食べる度に頭を抱えている鵺に向かって、満夜はいった。


「そういえば、満夜くんは何しにうちに来たの」


 美虹の言葉に、満夜はハッとして手を打った。


「そうだ! 八橋から電話があって、申請が通ったそうだ。今日の夕方からでも良いそうだぞ」

「ふにゃにゃにゃ」


 凜理が口を突っ込む勢いで魚のあんかけを頬張っている。


「薙野先輩はお魚が好きなんですねぇ。それで二匹目ですよ」


 気がつけば、いつの間にか満夜の分のあんかけも食べている。当然他のものには一切手を付けてない。


「今日の夕方は急だけど、なんとかなりそうだね」

「お夕飯は向こうで食べるのかな? お姉ちゃん」

「じゃ、とりあえず、カレー作ろう! 準備ができたらバス停に集まれば良いね!」


 満夜が興奮している凜理をなだめている間にトントン拍子で話が決まってしまった。


「ふにゃあ」


 すっかり二匹のあんかけ魚の唐揚げを平らげた凜理の横で、疲れ切ったような顔をする満夜がいる。


「おまえ、少しは理性を働かせられないのか」

「にゃん」


 満夜の苦労など知ったことかとでも言いたげにねこむすめは口の周りを舐めた。


「これからすぐバス停に集まることになったって、満夜くん聞いてる?」

「お、おう」

「にゃにゃん」


 満夜と凜理は頷き、まだかき氷と格闘していた鵺を引っ張って、白山宅をでた。


「凜理、おまえ、時と場所を考えろ。魚ごときで秘めたる力を暴露するな」

「だって、我慢できないにゃん」


 当の本人はけろりとしている。もしかすると、まだクロに人格を支配されたままなのかもしれない。


「今回は平坂大学の謎を二つも解明せねばならん。しかも借りた文献をオレはまだ全て読んだわけではないのだ」

「にゃら、先生に解読してもらえばいいにゃあ」

「ふぬう……それだけはオレの沽券に関わる。自力で解読することに、オレという人間力が試されているのだ」

「でも、大学から帰ってからずっと解読に時間を掛けてるにゃ。もう一週間にゃよ」

「ぬぅ……我が力でもこの暗号を解くことがかなわぬのか!」

「あの古書か。わしが読んで聞かせようか」


 しれっと肩に乗った鵺がいった。


「なに!? キサマ、あの難解な文献を読むことができるというのか! 口から出任せではなかろうな」

「口から出任せを言うて、読めぬと思われるのは癪だ。今までおまえが苦戦しておるのを横で見ながら酒の肴にしておったが、あまりに哀れゆえこうして手助けを買って出たというに」

「にゃら、助けてもらえば良いにゃん」

「……やむを得ん」

「ほな、うちが準備したるから、その間に読んでもろうたら?」


 いつの間にか元に戻った凜理が咳払いしながらいった。


 「かたじけない」


 一度準備のためと親に説明するために凜理はいったん自分の家に帰った。

 満夜は急に押しかけるのは失礼だというのは自覚しているらしく、八橋に電話した。


「おれだ」

『オレだという電話は詐欺か親父か満夜くんだね』

「ぬぅ、詐欺と同列に置くんじゃない。今日、これから大学へ向かうことになったから、そっちの準備を頼む」

『これまた急だね。わかったよ。事務局が閉まる前に準備しておくね。それと、文献の解読できた?』

「ぬぅ。あと少しだ」

『最後の方は教授が書いたものだから読めると思うから、最後だけ読んでも同じだよ』

「なに!? 最後だけでも良いのか……」


 偉そうな鵺に読んでやっても良いと恩を着せられそうになっていただけに、八橋の言葉は渡りに舟だ。


「では、夕方までにはそっちに着くから、先生は合宿の準備をよろしく頼むぞ!」


 肩の上の鵺がつまらなそうに、


「なんだ、わしが手を貸さずとも自力で読めるそうではないか。つまらん」

「おまえから恩を借りるようなことになったら、とんでもない目に遭う気がするからな」


 そう言いつつ、玄関に入ると、すでに凜理から電話で知らせを受けていたのか里海が玄関に立っていた。


「満夜。大学の合宿に行くって? あんた、夏休みに入ってから大学でこそこそ何かしてるようだけど、人に言えないことをしているとかじゃないわよね!?」

「それはない! 全て大学に行くための準備のようなものだ!」

「その割には宿題をしてないように見えるんだけど! お父さんのものを読みあさってないで、勉強しなさいよ!」

「わかった。約束する。しかし、大学には行くぞ」

「大学に行くなら勉強しないとね!」


 満夜の言葉をどうとらえたかはわからないが、満夜から大学に行くという言葉を聞いて里海も安心したようだった。

 部屋に上がり、八橋から借りた文献の最後のほうに目を通す。

 そこには信じがたいことが書いてあった。


「銅鏡を戦時中に軍が回収しただとぉ!? なんと愚かなことをするのだ!」

「それはどういうことだ?」

「キサマの銅鏡はすでに飛行機か戦艦か爆弾にされたということだ」

「なんだ、それは!? わしはそのようなことを許した覚えはないぞ!」


 満夜は文献を読み進めていくと、石の像について書かれている部分があった。どうも祠が最初にあったのではなく、土に埋もれた像を見つけ出した田吾作かだれかが、綺麗にしたあと、銅鏡と一緒に祀ったらしい。だから謂れも何も伝わっていないとか……。


「振り出しに戻ってしまったではないか」

「しかし、この像」


 鵺が満夜の手の中にある像をじろじろと見た。


「少しもわしに似ておらぬ」

「だが、尾は蛇に見えるが? 気炎も吐いている」

「このようなちんけな尾ではない。ましてや、わしであるならば、もっと雄々しいものであるべきだ」

「じゃあ、なんなんだ、これは。文献にも鵺とは書いていない。分析機器に掛けたとあるが、平安時代に作られたもののようだ。もしや、キサマに子供がいたとはいわんだろうな」

「わしに子などおらぬわ」

「だが銅鏡と一緒に山に埋もれていたならば、関係があるはずだ」


 読み進めていくうちに、満夜は目を丸くして食い入るように文献を見つめた。


「い、いざなみだ、と……」


 そこには、はっきりと『いざなみ』の文字があったのだった。

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