第5話

「キサマのそれ、全く脅威に見えんのだが、いつまで続けるつもりだ。恐れおののく代わりに虜になっているヤツが三人いるぞ……」


 満夜が頭上の鵺に呆れたように告げた。


「たしかに全然怖ないで。またもふられるんとちゃうん」

「うむ。キサマはみずからのおこないによって窮地に立とうとしているな」


 鵺は自分を取り巻く三人のキラキラとかが役目を見て、「うっ」とうなった。さすがの鵺も自分の姿が威厳とはほど遠いということを認めざるをえなくなったようだ。


「畏怖より、可愛いが先立つもんなぁ」


 凜理は苦笑った。どんなにあがこうが牙をむき出そうが、意に介さない人間が五人中三人もいたら、しかもしゃべったり尾が蛇だったりするのも意に介さなかったら、鵺だってタジタジだろう。脅そうにも脅しがいがない。


「くっ、いずれ体を取り戻せしときは、己ら全員に思い知らしめようぞ」

「やっぱりジャイアントパンダくらいになるんでしょうか」

「パンダだったら大歓迎だよ」

「ジャイアントパンダちゃんも良いなぁ」


 全く効き目がない。


「おまえら、こんな小動物に時間を潰していないで、祠の謎を解明するのだ! 八橋先生、その箱の中身はなんだ」


 意外にも一人だけ目的を忘れていなかった満夜が、八橋を催促した。


「ああ、そうだった。これなんだけど」


 茶けた白い箱を開けると中から綿にくるまれた像が出てきた。


「この像が祠の中にあったんだよね」

「古めかしい像ですね」

「教授が言うには祠が作られたのは安土桃山時代じゃないかっていうんだけど、意外に新しい時代のものじゃないかなと思ってる」

「見せてみろ」

「乱暴に扱ったらダメだよ」


 満夜は像を受け取ると。開け放たれた窓に向けて光に透かして像を眺めた。


「ふむ……見たことがある形だ。これは動物だな?」

「勘が良いね。動物だけど空想上の生き物らしいよ。まだ特定できてないらしいけど」

「文献にはこの土地にまつわる言い伝えなどはなかったのか?」


 満夜と八橋が何やら話し出した。どうやら、この像のモデルになった空想上の動物の検証らしい。


「教授にもわからんかったのに、うちらにわかるんやろか」

「答えを出すのは早急すぎる。じっくりと文献を読まねばわからんことだ」

「教授もあんまりこの祠について興味持ってなかったから、文献も祠の保存もボクに任せきりなんだよね」

「ほな、先生が一番詳しいっちゅうことやね」

「そうなるね」


 満夜は像を手に持っていろいろと弄くり回すうちに、ふと気付いた。


「これはもしや鵺なのではないか? これを見ろ」


 そう言って、ポケットの中の銅鏡を取りだした。背面には紋様が描かれているが、その中には何かの生き物が描かれている。細長すぎてイタチに似ているが、かろうじて尾が蛇のようにも見える。開けた口から炎のような気炎を吐いている。

 像はというと、あまり意匠を凝らしたものではなく、四角柱の角や表面を少し削り出している素朴なもので、長い年月の間に摩耗してしまっている。


「みろ、摩耗して目立たないが長い尾がある。開けた口の周りに渦が巻いているが、これは銅鏡に刻まれた気炎に似ていないか」

「しかし鵺は雷獣じゃなかった?」

「恐ろしい姿を雷ではなく気炎で現したか、もしくは吠え声に迫力があったのではないか」


 鵺が嬉しそうに満夜の頭の上から像を見下ろす。


「その通りだ、わしに吠え声で大地はぐらぐらと揺らいだぞ!」

「オレの頭は全く揺らがんがな」

「この生意気なわっぱが!」


 ペシペシと満夜の頭を鵺が叩いた。

 満夜はそんな鵺を無視して八橋に言った。


「オレは祠を見なければこれ以上の推測はできない。その文献を貸してくれれば、オレなりに謎を推測できる」

「いいよ、いつ返しても良いから」


 八橋にそう言われ、像の入った箱と一緒に文献を満夜は借りることになった。


「そういえば」

 それまでつまらなそうに周囲を見ていた美虹が声を発した。

「この学部棟、幽霊が出るんだよね?」

「なに! やはりそうか」

「出るみたいだね。ボクは会ったことないけど」

「無視をするな! それでどのような幽霊なのだ?」

「友達に聞いただけだからちゃんと聞いてないけど、走ってくるらしいよ」

「走ってくるん?」

「決まった教室の窓から廊下に向けて走ってきて壁を突き抜けて出て行くだけらしい」


 八橋も美虹に同意して頷いた。


「なんだ、怪しくもなんともないではないか」


 平凡すぎる幽霊の出現の仕方を聞いて満夜は肩を落とした。


「走ってくるのは一人じゃないんだよ。ものすごい数の人間が走ってくるし、それも現代人じゃないんだって」

「現代人じゃない?」

「変わった服を着てたらしいよ。てるてる坊主みたいなかっこうなんだって」

「てるてる坊主……スカートをはいていたのか?」


 満夜にもわからないらしく首をひねっている。


「オレはそれを見てみたいゾ!」

「は? 何言うてんの! 大学に泊まる気かっ」

「そうだ。一晩でも二晩でも大学に泊まり込んで、その怪異を見定めてやろう!」

「また……満夜は……」


 満夜の発言に凜理は頭を抱えた。


「お泊まり会かぁ! いいね。オカルト研究部全員で民俗学科学部棟に泊まろう! 夏休みだから誰の迷惑にもならないしね」

「それはいいね。学部棟を使用するのはボクが申請出しておくよ」


 やけにノリノリな美虹の尻馬に乗るかのように、八橋も楽しそうに賛成している。


「えー、幽霊に会うために泊まるんですか……?」

「幽霊のようなオカルトを研究解明するのがオカルト研究部の真骨頂なのだぞ、白山くん! 君の姉を見るのだ。これほどにやる気を見せているのは喜ばしいことだ!」


 満夜が自分の手柄のような顔をして胸をはっている。


「くだらん……」


 鵺だけがつまらなそうに鼻を鳴らした。


「まさか、あんたら今日泊まるとかいうんちゃうよな」

「誰が今日泊まるといった」


 意外な答えが満夜から返ってきた。

 ほっとしたのもつかの間。


「明日だ。何事も早いほうがいいし、夏休みを無駄に過ごしたくない」

「それは夏休みの課題をやってからにしぃな」

「課題だと!? そのようなものにかまけている暇があったら少しでも有意義に時間を使うことに専念する!」

「また赤点とってもしらんで」

「そうですよ。また勉強会することになりますよ!」

「勉強会? わたしも参加するするー」

「えーい、一気に話しかけるな! オレだけでも明日、この学部棟に泊まりに来るぞ。いいな? 八橋先生」


 よってたかって満夜に向かって女子が話しかけるのを、イライラした様子で振り切った。


「それは構わないよ」

「それで、幽霊が出るという教室はどこなのだ?」

「二階のゼミの教室かな。卒論が終わらない学生が泊まり込むことがあるんだよ」

「そうか。では寝具もそろっているかもしれんな」

「多分ね。でも一応寝袋は持ってきたらどうかな。ボクもそうするから」

「八橋先生も一緒に泊まるのか」

「ボクだってここまで来たら幽霊を見てみたいじゃないか」


 などと満夜と八橋が幽霊お泊まり会の件で盛り上がっている。


「しゃあないなぁ……」

「やっぱりお泊まり会するんですかぁ?」

「菊瑠ちゃん、お姉ちゃんも一緒だから怖くないよ!」


 女子三人はそれぞれお泊まり会に対する姿勢は違えど参加することにしたようだった。


「ほな、また満夜の家に泊まることにすればええんか?」

「いや、それだと今回はばれてしまう可能性がある。前回も泊まっていることになっているしな」

「せやなぁ……ほな、どないするのん」

「わたしの家に泊まることにしたら?」


 ワクワクした顔つきで美虹が提案した。


「うちだと警戒するかもしれないよ、お姉ちゃん」

「いざなみ教やってるから?」

「そう。みんな知ってると思うし……良い印象持たれてないもん」

「うーん、じゃあどうする?」


 すると八橋が名乗りを上げた。


「こうしたらどうかな? 大学で特別野外学習があるっていうのは? 星の観測でも良いし、泊まりがけの学習会でも良い」

「ほう、それは良い考えだな。八橋先生も一緒なら、親も心配しないだろうし、大学側に正式な申請もできるだろう」

「だろう? 我ながら良い考えだと思うよ」

「では、八橋先生の申請が通り次第、オカルト研究部合宿をするぞ!」


 女子三人が銘々めいめいやる気に応じた「おー」という声を上げるのだった。

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