第4話

「ぬううう!」

「他にどこに何が封じられてるかわかってる?」


 八橋がしつこく聞いてくるが、満夜はそっぽを向く。


「おまえに教える謂れなどない」

「じゃあ、ボクもこの前協力しようといった言葉を撤回するかなぁ。実は大学には怪しい祠があるんだけどなぁ」

「怪しい祠?」

「平坂大学にですか?」


 菊瑠も好奇心を隠しきれず訊ねた。


「確かに平坂大学も六芒星の一つだけど、どうして先生にそれがわかったの?」

「美虹くんのいうとおりだ。なぜ、六芒星の一つがわかったのだ」


 八橋がしれっといった。


「平坂大学にある謎の一つだからだよ」

「なにぃ!? 謎だと!」


 オカルトな謎に目がない満夜が真っ先に食いついた。


「教えろ! その謎、オレがズバリ解決してやる!」

「解決するようなものでもないけど……」

「おい、先生。その謎を教えるのだ!」

「いいよ。でもまずは大学に着いてからだね。口で言ってもわからないから案内するよ」

「ふむ。どのような謎かこの目でしかと確認してみせるぞ」


 思いがけない情報に満足そうな鼻息を漏らす満夜を見て、凜理がため息をつく。


「まずは六芒星の謎からやないの?」

「なにをいっているのだ、おろかもの。怪しい祠だけが銅鏡が隠されている場所ではない。平坂大学の謎そのものが、銅鏡のありかの一部かもしれないのだ。興奮で胸が高揚としてくるぞ! オレのたぐいまれな術師としての能力をこの謎でとくと発揮してやろうではないか」

「術師なの?」


 八橋の問いに、凜理が答える。


「へっぽこやけど」

「オレはへっぽこなどではなーい!!」

「そうですよ。この間の風邪除けのお札、凄くよく効きましたよ」

「風邪除けのお札を作れるんだ? 満夜くん凄いんだね〜。他にどんなお札が作れるの?」


 美虹が目を輝かせた。


「呪符ならばどのような類いのものもお手の物だ!」


 偉そうに高笑いする満夜を、運転手が迷惑そうにチラ見するのを、凜理は見逃さなかった。




 やがて、バスは平坂大学のバス停に着いた。

 途中乗ってきた数人の学生と満夜たちを下ろすと、バスは逃げるようにして走り去ってしまった。

 そのくらい、バスの中で満夜は迷惑行為としか思えない声で、民俗学知識豊富な八橋と独学とは言え博識な満夜が言い争っていたのだ。

 他の学生から睨まれても、厚顔無恥とも言える鋼の心臓を持つ満夜は、全く意に介さずだった。

 大人の常識を持っているはずの八橋も満夜との言い合いに面白さを見いだしているのか、前以上に楽しそうだった。

 バスから降りる頃には八橋の血も止まり、菊瑠に洗って返すと約束している。


「え、大丈夫です。返さなくていいです」


 さすがに八橋の血にまみれたハンカチは、たとえ洗ってくれたとしても使う気になれないようだ。


「わぁ、休みのときの大学って静かだね」


 懐かしいものを見るような目つきで、美虹が辺りを見回している。


「お姉ちゃんは平坂大学の二年生なんです」

「そうだよ。残念ながら民俗学科じゃないけど」

「通りで見たことがないと思ったよ」


 八橋がキラリと輝く笑顔でいった。


「——で、謎というのはどこにあるというのだ!?」

「じゃあ、まずは祠から行こうか。ちょっと歩くよ」


 そう言って、八橋は大学の奥へと進んだ。

 日に照らされた明るい構内から少し外れ、学部棟裏に回るとすぐに山の斜面とうっそうとした森が現れた。


「山の中やと思っとったけど、こんなに山深かったんやなぁ」

「山腹にあるからね。山頂だとまた違うんだろうけど、この山の頂上にその祠があるんだよ」

「え、今から山登りですか」


 山登りをするとは思ってなかった菊瑠が戸惑った顔で八橋を見た。


「今日ダメなら、今度にすれば良いよ。一応、山頂の祠について調べた文献があるからそれを見せてあげよう」

「それは助かるが、俺はこの目で見たことを信じるぞ。どこぞの誰ともわからんヤツの見解なんぞそのまま信じるわけにはいかない」

「もっともらしゅういうけど、ほんまはどこから調べれば良いかわからんくせに……」


 凜理が呆れて言うのも構わず、満夜は銅鏡を取りだした。


「本来ならば、この銅鏡の封印を解くことが目的なのだから、オレは本領発揮するわけにはいかん。しかし謎は解かれるべきだから、そのためにオレの力を少し貸そうとは思う。オレの叡知を祠ごときに使うのだから感謝してもらおう」

「うんうん、すごいね。わかったわかった」


 八橋がものすごくいい加減な相づちを打った。


「馬鹿にしているな!?」

「そんなことはないよ。君はとても賢い子だろ? ボクが何か助言をする必要なんてないに決まってる」


 バチバチバチバチ——ッ!!

 目に見えない激しい緊迫感が二人の間に生まれる。


「むぅ……大人げないので、オレはこんな大人と言い争うつもりはない。封印を解くことができないならば他の方法を探すべきだ」

「そうだね、早速八橋先生の研究室へ行こう。わたしも民俗学科ってどんなとこか興味あるし」


 美虹がやたらウキウキしている。

 案内された民俗学科の棟は相変わらず他の学部棟に比べて薄暗く気味が悪い。


「なんだか、この棟の曰くを探したほうがいいような気がします……」

「それは追々話してあげるよ。まずは祠の件だ」


 八橋が物騒なことをのたまって、民俗学科の研究室のドアを開けた。

 昼間でも日が差し込まない室内の電気を付けるが、陰鬱な雰囲気は変わらない。


「空気がよどんでるね! 窓くらい開けないと!」


 そう言って、すたすたと美虹が窓際に寄っていって、容赦なくカーテンを開けて窓を開けた。

 途端、風にあおられた書類やレポートや資料がバサバサと辺りに飛び散った。


「あーぁ……飛んでってもうたなぁ」

「うん、これだから窓を開けないんだよね……」

「整理整頓!」


 資料が飛び散ったのを見ても全く気にせず明るい声で美虹が言った。


「えーと、祠の文献はどこだったかな」

「その棚にあるんですか?」


 菊瑠が興味津々で棚に寄っていった。八橋は菊瑠のことも気にせず、自分の目の高さにある文献をざっと見ている。

 手持ち無沙汰な三人は、自分の目の前に散乱しているレポートや資料を拾っていった。


「そういえば、白山さん」

「「はい」」


 資料を探している八橋の問いかけに姉妹が答えた。


「えーと、どっちでもいいや。白山龍神王さんに昨日取材を申し入れたんだけど、どうにかつてを作ってくれないかな」

「取材ならわたしが答えるよ」


 と、美虹がニコニコしながら八橋の背後に立った。


「あ、あった。やぁ、助かるよ。でも君は娘さんだろ? いざなみ教のことを知っているの?」

「知ってるよ。今はわたしが教祖代理だから」

「え、いつの間に? よっこいしょ」


 二、三冊の文献と箱を棚から出して、すきまのない机の上の資料を手でどけて、その空いたスペースに箱を置いた。


「これだよ。今は祠の中は空っぽになってる。教授が全部持ってきたからね」

「ええ!? でも神様か何かが祀ってあるんやないの? 勝手に持ってきてよかったん?」

「もう、この祠は廃れてしまって拝む人も世話をする人もいなくなったんだ。祠自体も崩れかけてたしね」

「そんなんでええんやろか……」


 凜理は腑に落ちない顔をして箱を見つめた。


「でも、ここにあるものの中はあらためてないよ。障ると怖いから」

「障るて、学者さんでもオカルトなことを信じてるのん?」

「落ちぶれた神を手荒に扱えば、もれなく障るし祟るぞ!」


 満夜が箱を見て言った。


「こやつのいうとおりだ。もしもこやつがわしを封じし飛翔輪を手荒にあつこうておれば、ただではすまさぬ」


 鵺が器用に満夜の頭に乗って、両前足を広げて「きしゃー」と威嚇してみせた。

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