第3話

「なぁ、ほんまに九頭龍神社にそれを返しにいかへんの?」

「何を言っているのだ、凜理。あそこのご神体は真名井じゃないか。この銅鏡じゃない」

「え? そうなん?」

「よく考えてみろ。白水川は九頭龍大神の神使。その川の源泉が真名井。真名井あってこその九頭龍神社なのだ。そして重要なのは、その九頭龍大神が実はくくりひめと同一神だということなのだ」

「それがどないしてん? それは前にも聞いたやん」

「凜理、よく考えてみろ。千本鳥居でオレたちはヨモツシコメに追いかけられて、白水川に飛び込んだおかげで助かった。飛び込んで流れ着いた先が真名井だ。しかし、今まで神隠しに遭ったものが真名井から助け出された話は聞いたことがない」

「確かにそうやな……竹子おばあちゃんもそないなこというてへんかった」

「そうだろう。なぜ我々だけが真名井に流れ着くことができたのか……それは、くくりひめだと言われた白山くんがいたからじゃないかと睨んでいる」


 凜理は自信たっぷりに自説を披露する満夜を冷たい目で見た。


「満夜まで白山さんをいざなみ教の何かに仕立て上げるつもりなん? 今日、間近で見てなかったん」

「覚えてない。こいつと戦っていたからな。今も肩に乗られてぶち切れそうだ」


 そういう満夜の目が据わっているから、本気まじのようだ。


「糞生意気な従者だ」


 鵺も可愛い口をあんぐり開けて満夜の頭に噛みつこうとしているのを見て、凜理は呆れた。


「うちらは協力関係やなかったんかいな」

「うむ……確かにその通りだ……今は我慢してやる」

「それはわしの言葉だ」


 分かれ道で、二人はまた明日、とそれぞれの家に向かった。




 満夜は道すがら、鵺の重さに辟易していた。


「なぜ肩に乗るのだ……重たくて肩だ脱臼しそうではないか」

「従者が主人を運ぶのは当たり前だ」

「そう聞くと、封印が解けてもその大きさのままのように聞こえるな」

「くくく……我が身の大きさを問題にするのか? たわけが。完全な体を取り戻せば本来の姿になるのは当然のことだ」

「大きさとはなんだ。大体こんなちんちくりんに、平坂町を守護できる力が備わっているとは思えん。未だに空も飛べんし、なんなら攻撃は尾で人に噛みつくくらいではないか。キサマは口で言うほどには力など持っていないのだ」

「うぬぬ……言いたい放題いいおって。力を封印された我が身では本領発揮ができぬだけだ」

「とにかくこの銅鏡」と言ってポケットから銅鏡を取りだし、「勾玉を当ててみて封印が解けるかだな。それにしてもなぜこの間は封印の解き方を知っていたのだ」

「封じられた順番だ。以前八束の剣を牙というふうに比喩したが、正確には首の部分だ。勾玉は胴体。飛翔輪は四肢というふうに封じられておる」

「ということは、四肢が最後に封じられたから、胴体の封印で解けるということか。胴体の封印は八束の剣がなければ解けないということでいいんだな?」

「そういうことだ」


 満夜は黙り、手の中の銅鏡を見つめた。




***




 翌朝、満夜はリュックを担いだその上に鵺を乗せて、公園前のバス停へ向かった。

 満夜が時間きっかりに行くと、凜理と菊瑠、美虹まではわかるが、もう一人バス停前に立っていた。


「なぜ、おまえがここにいるのだ!」


 驚きの声を満夜が上げた。


「それはね、ボクも平坂町に住んでるからだよ」


 八橋がニコニコしながら答えた。


「助教授が朝九時にバスになるとは、さては遅刻か!?」

「聞き捨てならないなぁ。今は夏休みじゃないか。研究室にはいつ行ってもいいんだよ」

「それより」と言って、八橋が満夜に駆け寄った。

「レッサーパンダちゃん〜、久しぶりだねぇ! モフらせて!」

「この不届き者が! わしに寄るでない!」

「ところで、なぜこいつかここにいるのだ?」

「うちらが来たときにはもうここにおったんやけど」

「通勤時間が重なってしまったということか」


 八橋が鵺を抱きしめながら、


「本当はいざなみ教本部に行こうとしてたんだけどね、バス停の前に君のお友達がいる上、龍神王の娘さんたちもいたから、これはレッサーパンダちゃんも来るなと踏んだんだよ。君まで来るとは予想外だった」

「こいつが一人で道を歩いてみろ! たちまちテレビ局の餌食だぞ! その前に小学生にさらわれてしまう。みろ!」


 満夜が自分たちの周りを見回していった。


「すでに虎視眈々と小学生たちがこちらを狙っている」

「鵺やのうて、満夜たちが騒いでるからやろ」


 確かに物珍しげに子供たちが集まり始めた。


「君たちは、今からどこに行くの?」


 蛇尾に噛まれても全くめげない八橋が凜理たちを見た。


「実は先生に会いに行こうと思って……そしたら先生がここにいたから驚いたんです」

「凜理! こんなやつに敬語など不要。ますますつけあがるぞ。八橋先生よ、あの勾玉で銅鏡の封印を解くのだ。おまえに与えられた役目はそれだ」

「そうだよ、ボクに敬語を使わなくても大丈夫。八橋先生って呼んでね」


 優しいことをさらりと言うイケメンの頭から血が噴き出している。


「八橋先生、頭から血が出とるけど大丈夫なん?」

「大丈夫大丈夫。頭の怪我は意外と血が目立つんだけど、すぐ止まるから」


 と言うも、少しも大丈夫そうに見えない。

 菊瑠が八橋に白いハンカチを手渡したが、早くも赤く血まみれになっていく。

 そこへようやく平坂大学行きのバスが来た。

 思う存分もふった八橋から順にバスに乗り込み、図らずも八橋と一緒に大学に向かうことになった。

 一行は最後部座席に座り、居心地悪そうに血まみれの八橋を眺めた。


「ところで、さっきいってた勾玉だけど、大学にはないよ」


 開口一番八橋が重大な発言をした。


「なんだと!」

「教授が企画したイベントで、全国各地で平坂古墳群出土品が公開されることになったんだよ。多分一年間は戻らない」

「わしの体を勝手によそへ持っていったと申すか!」

「今はレッサーパンダちゃんのものじゃなくてうちの大学のものなんだけどな」


 鵺がヒステリーのような「きーっ」という声を上げる。


「そうなんかぁ、ほな、次のバス停で下りて今日は解散いうことになるかな」

「いや、そうはならない。平坂大学に勾玉はなくても別の銅鏡が隠されているはずだ」

「どういうこと?」


 興味津々で八橋が訊ねてきた。


「オレが解き明かした六芒星には平坂大学も含まれている。新たな銅鏡がここにあるはずだ」

「六芒星?」


 満夜の言葉に八橋が反応する。


「そうだ。鵺の体を封じた呪物が、この平坂町の六点に隠されているはずなのだ」

「それで六芒星なんだね。ちょっと聞くけど、この間持ってた銅鏡は一体どこにあったの?」

「オレの家の倉だ。元々はいざなぎ神社に封じられていた」

「見つけたのは一つだけ? 他には九頭龍神社とかにもあるんじゃないかな」

「なぜ、それをおまえが知っているのだ!」

「やっぱりかぁ。ここのことはもう知ってたのかな」

「企業秘密だ。部外者のおまえに話すことなどない」

「でも、レッサーパンダちゃんが持ってるのは何?」

「おお?」


 慌てて満夜は自分のズボンのポケットをあさったが、いれていたはずの銅鏡がなく、自分の膝に座っている鵺が前足で大事そうに銅鏡を握りしめているではないか!


「いつの間に! この盗人鵺め!」

「聞き捨てならんぞ。おまえのようなぼんくらなわっぱから我が体を取り戻すことなど造作もないこと。油断をしたおまえが悪い」


 フフンと鵺が前を向いて鼻で笑った。

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