第2話
「なんで知っているの……!?」
「知ってるよ。拝み屋さんだった頃の気配がお母さんからなくなってるもの」
「美虹……あんたはあたしの血を受け継いだみたいだね……もしや、あたしが能力を失ったのは、あんたが能力に目覚めたからかい?」
「それは秘密」
「そこはほんまのこと言ってやりぃな」
「秘密」
「お姉ちゃん」
「菊瑠ちゃんにも秘密。わたしが力があるよっていって何か変わる? わたしが望むのは普通の親子だよ。家庭なんだって」
「美虹……そこまでして……でも、菊瑠はそこらへんにいるような人間じゃないんだよ?」
「それはお母さんがそう思ってるだけじゃない」
美虹が強い語調で言った。
「そこら辺にいるような人間やないて? 白山さんが?」
「あの……お母さんが、わたしのことをきくりひめ様の生まれ変わりだって信じちゃってて……だからこの前、芦屋先輩がきくりひめ様の話をしたとき、ドキッてしたんです」
「白山さんがきくりひめの生まれ変わり……?」
「だから、お母さんはわたしが生まれたときに菊瑠って名前を付けたらしいんです」
「変わった名前やなぁて思うてたけど、そうやったんか……そやけど、能力がのうなったゆうてたやん。なんで銅鏡を盗んだんやろ?」
「できごころ……と言いたいけど……本当に夢枕にいざなみ様が立ったのよ。だからこの神器があったらあたしの能力が元に戻るって思って……でも盗んだら、急に祭り上げられてしまって、自分では止められなかったのよ」
「いざなみ様が枕元に立ったのは、お母さんの願望が見せた夢じゃない? 元々お母さんは目立つの好きな人じゃなかったよね。宗教は簡単にやめられないから、せめてお母さんが龍神王って名乗るのをやめたら?」
美虹が母親を説得し始めた。
「……そうだね、美虹の言うとおりだ……」
なぜか光子もその言葉に納得しているようだった。それほど、能力がないのに教祖をしているのは苦痛だったのだろう。
「当分の間、わたしが代理を務めるよ。お母さんは休んで……もう疲れたでしょ?」
「そうするよ……」
光子は力なく立ち上がると祈祷所から出て行った。
「それを渡せ!」
「渡すものか!」
家族の涙する場面の背後で、一人と一匹は今も言い合いをしていた。
「満夜、ええかげんしぃ」
腰に手を当てて、凜理が満夜の前に立った。
「鵺もええかげんにしぃ。銅鏡を取り合っても、封印が解かれんと鵺のものにはならんとちゃうの。鵺一人で封印を解くことができるなら、満夜もその銅鏡を上げたらええんちゃう」
ごもっともな意見に、鵺のほうがぐうの音も出ない。満夜は形勢不利になった鵺に向かって、笑いながらふんぞり返った。
「ふははははは! 凜理のいうとおりだ! 貴様一人では何もできまい。銅鏡の封印を解くのは俺に任せれば良いのだ。キサマは俺に八束の剣を渡すことだけに専念するがいい」
「そのご神鏡に何が封印されてるって?」
ひょいと美虹が割って入ってきた。
「鵺の体が封印されているのだ。まぁ、いずれ、オレの聡明な頭脳が残りの封印された体を探し当て、八束の剣を手に入れるのだがな」
「鵺ちゃんの体って封印されてるんだ? どうやってご神鏡の封印を解くの?」
「ふははははは! オレにもわからないが、なんとかなる! そうだ、オレの銅鏡の封印を解いた方法が使えるかもしれん」
「勾玉! そうや、あれにも体が封印されとったんちゃうん」
「まさしくその通りだ」
鵺は封印が解けてないせいで体に装備できない飛翔輪を両手に抱えて、後ろ足立ちになった。
「もふもふちゃん、かわいいですぅ」
「鵺ってもっと怖い妖怪じゃなかったっけ?」
姉妹が改めて鵺をじろじろと眺めている。
「力が足りぬせいだ。元に戻れば、我が姿は畏怖すべきものになるだろう。そのときは、かならずや、おまえを食ろうてやるからな!」
シャーッと威嚇しながら、鵺は満夜を睨んだ。
なんだかんだ言って、満夜は銅鏡を手に入れるとポケットにそれを収めた。
「なんや複雑やなぁ。盗まれた銅鏡を取り返しても、こうやって着服するんやもん」
「着服とは聞こえが悪いぞ。元あるべき場所に戻しただけだ。元々鵺の空だったのだ、九頭龍神社はただの物置に過ぎん。神があそこにいたとしてもこんな銅鏡など問題にせんだろう」
くるりと凜理が菊瑠を振り向いた。
「それより、さっきの話はほんまなんか?」
「え!? 何のことですか?」
わざとらしく菊瑠がしらばっくれた。
「きくりひめの生まれ変わりやていうてたやん」
「それを言ってたのはお母さんで、わたしじゃないです。お母さんは思い込みが激しかっただけです」
「そうかな? 菊瑠ちゃんが自覚してないだけかもよ? 忘れちゃってるだけかも」
美虹も一緒になって菊瑠を問い詰めた。
「お姉ちゃんまで……困ります……そんなこと言われても、わたし、何もわからないです」
「ここでこないな押し問答しとってもしゃあないな。挨拶して、うちらは解散する?」
「そうだな、今日のところはこれくらいにしといてやろう。平坂大学へ行かねばならんし、今からでは無理だから、明日、改めて」
「そやな」
「わかりました」
「それじゃあ、明日どこで待ち合わせする?」
美虹が当然のように満夜に訊ねた。
「公園前のバス停に朝九時に集まろう」
そう決めると、鵺を肩に乗せた満夜と凜理は玄関口で姉妹に見送られて家路についた。
「なぁ、ほんまに九頭龍神社にそれを返しにいかへんの?」
「何を言っているのだ、凜理。あそこのご神体は真名井じゃないか。この銅鏡じゃない」
「え? そうなん?」
「よく考えてみろ。白水川は九頭龍大神の神使。その川の源泉が真名井。真名井あってこその九頭龍神社なのだ。そして重要なのは、その九頭龍大神が実はきくりひめと同一神だということなのだ」
「それがどないしてん? それは前にも聞いたやん」
「凜理、よく考えてみろ。千本鳥居でオレたちはヨモツシコメに追いかけられて、白水川に飛び込んだおかげで助かった。飛び込んで流れ着いた先が真名井だ。しかし、今まで神隠しに遭ったものが真名井から助け出された話は聞いたことがない」
「確かにそうやな……竹子おばあちゃんもそないなこというてへんかった」
「そうだろう。なぜ我々だけが真名井に流れ着くことができたのか……それは、くくりひめだと言われた白山くんがいたからじゃないかと睨んでいる」
凜理は自信たっぷりに自説を披露する満夜を冷たい目で見た。
「満夜まで白山さんをいざなみ教の何かに仕立て上げるつもりなん? 今日、間近で見てなかったん」
「覚えてない。こいつと戦っていたからな。今も肩に乗られてぶち切れそうだ」
そういう満夜の目が据わっているから、
「糞生意気な従者だ」
鵺も可愛い口をあんぐり開けて満夜の頭に噛みつこうとしているのを見て、凜理は呆れた。
「うちらは協力関係やなかったんかいな」
「うむ……確かにその通りだ……今は我慢してやる」
「それはわしの言葉だ」
分かれ道で、二人はまた明日、とそれぞれの家に向かった。
満夜は道すがら、鵺の重さに辟易していた。
「なぜ肩に乗るのだ……重たくて肩だ脱臼しそうではないか」
「従者が主人を運ぶのは当たり前だ」
「そう聞くと、封印が解けてもその大きさのままのように聞こえるな」
「くくく……我が身の大きさを問題にするのか? たわけが。完全な体を取り戻せば本来の姿になるのは当然のことだ」
「大きさとはなんだ。大体こんなちんちくりんに、平坂町を守護できる力が備わっているとは思えん。未だに空も飛べんし、なんなら攻撃は尾で人に噛みつくくらいではないか。キサマは口で言うほどには力など持っていないのだ」
「うぬぬ……言いたい放題いいおって。力を封印された我が身では本領発揮ができぬだけだ」
「とにかくこの銅鏡」と言ってポケットから銅鏡を取りだし、「勾玉を当ててみて封印が解けるかだな。それにしてもなぜこの間は封印の解き方を知っていたのだ」
「封じられた順番だ。八束の剣を牙という封に比喩したが、正確には首の部分だ。勾玉は胴体。飛翔輪は四肢というふうに封じられておる」
「ということは、四肢が最後に封じられたから、胴体の封印で溶けるということか。胴体の封印は八束の剣がなければ溶けないということでいいんだな?」
「そういうことだ」
満夜は黙り、手の中の銅鏡を見つめた。
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