第3話
公園の周囲を五分歩いたところで、凜理がなんだかへんだという顔をして満夜に聞いた。
「満夜、まさかと思うねんけど、白山さんの住所しらんのやないのん?」
「ギクッ」
「ギクッじゃないわ! てっきり住所くらい調べ取ると思うてた」
「ふふ……仕方がない。ここは最終兵器、ねこむすめに探してもらうとしよう!」
「なんでうちが探さなアカンねん!」
「猫だけにはなくらいきくだろう!」
「犬ちゃうわ!」
二人で言い合いをしていると満夜の肩に乗っかっている鵺が口を挟んだ。
「うるさいのう。先ほどから何を言い合いをしておるのだ。その白山という小娘の家を捜せばいいのだな?」
「なに!? キサマ、白山くんの家がわかるのか!?」
「わからぬが、この付近に怪しい雰囲気が漂っておる」
「せやけど、怪しい雰囲気が白山さんとは限らんのとちゃうのん?」
それを満夜が制する。
「凜理、忘れたのか。白山くんには白山龍神王の娘という嫌疑がかかっている。新興宗教いざなみ教が必ずしも清い宗教とは限らないのではないのか?」
「そやけど、何も悪いほうに取らなくてもええんちゃうん」
「いいか、凜理。何事も良い悪い、普通の区別ではないのだ。黒白グレーなのだ。ここで言う、いざなみ教はいざなみを祀っているという時点で限りなく黒に近いグレーなのだ!」
そんなこともわからないのか! と、凜理を満夜がビシッと指さした。
その手を、凜理がパシッとはたく。
「それは満夜の偏見と思う。とりあえず、交番に行って聞くのが一番や」
「交番など行かずとも、呪符で占えば一発でわかるものを……」
正攻法を提案した凜理に反対できず、ブツブツと言いながら二人は公園にほど近い駐在所に向かった。
平坂町の駐在所は町の規模に比べて小さい。元々民家が少なかったからその時代からの名残なのだろう。
「こんにちはー」
中に入り凜理が声を掛けると、ドアが開き、中から警察官のおじさんが出てきた。
「何のご用ですか?」
「あの道に迷ってしまったんですが、白山さんの家を教えてください」
「白山……」
おじさんは何か思い当たるような顔をした。
「白山さんの家はこの辺じゃ一軒だけなんだけど、そこで良いのかな?」
「いざなみ教の本拠地だ!」
おじさんは満夜の突然の言葉に驚いたが、否定はしなかった。
「そうだね、そこの家で間違いないなら、あそこら辺ですよ」
と言って、詳しい住所と道順を教えてくれた。
白山宅は平坂山の麓にある家だった。高校から身代わり観音堂に行く道のりの途中にある。しかも高校側にある平坂公園の入り口の近くだ。
「目と鼻の先にあるとは……不覚だった!」
「ところでその方に乗ってるのはレッサーパンダかい?」
おじさんの急な質問に、とっさにでた満夜の言葉は、
「こいつは猫だ! ニャーンと鳴け!」
と言うものだったが、鵺は口をへの字にしたままうんともすんとも言わない。しゃべらないだけましなのかもしれないが、ここで詰問されると後が面倒くさい。
「猫にはアライグマみたいなヤツもいる。こいつはレッサーパンダに似た猫なのだ。さらば!」
「ちょ、待ちぃ!」
逃げるようにして二人は駐在所を後にした。
その代わり、白山宅をしっかり暗記して山側の公園に向かったのだった。
公園の入り口真横には高い塀を張り巡らされた豪邸があった。と言っても古い民家で、豪農だったことを忍ばせる住宅だ。塀越しに倉が見え、新しい瓦が葺いてある屋根が見える。
敷地も満夜の家の三倍は軽くあるだろう。二階建てでカーテンの閉められた窓がいくつかある。
「広い家だ。いざなみ教は信者も多いと見える」
そう言って、満夜は遠慮なく家の前の門を開けようとしたが、鍵がかかっていて開かない。仕方なく門の横に付けられたインターホンを鳴らした。
『はーい、どなたさまですか?』
電話に出た声とは違う声が応答した。今度は若い声だ。けれど、菊瑠とは違う声質だ。落ち着いていて、おっとりした感じに聞こえる。
「白山くんに用がある」
『菊瑠ちゃんに? あ、もしかしてオカルト研究部の?』
「おお、話が早い。白山くんと会いたいのだが」
『ちょっと待ってて、門を開けるね』
声と同時に、門の鍵がガチャリと開いた。
二人は門を開いて玄関の前に立った。
「物々しい家だ」
「怪しい気配はここからしてくるぞ」
「うち、なんだか怖なってきたわ」
確かに、白山宅にはなんとも言えない空気が漂っている。不穏とまでは行かないが、だんだんと不安感が増してくる。
もじもじしていると、パタパタと音がして玄関が開いた。
菊瑠にどことなく似た、淡い色の長い髪を背中まで伸ばした美女だ。ニコニコとした目元はかわいらしく垂れていて、ふっくらとした唇の右下には色気のあるほくろがある。
「どうぞ上がって。すぐ菊瑠ちゃんを呼ぶから」
語尾にいつもハートマークが出そうな感じの甘ったるい声で、そう言いつつ玄関にスリッパを並べて出してくれた。
「いや、我々は白山くんを図書館に誘いに来ただけだ。ここで待たせてもらう」
「そう……それならすぐに菊瑠ちゃんを呼んでくるね」
なんだか少し残念そうに女性はつぶやくと、またパタパタと廊下の奥へ入っていった。
「だれなんやろ?」
「少なくとも信者ではないぞ」
「なんでわかるん?」
「白山くんのことを様付けして読んでなかったからだ。ちゃん付けはかなり親しい。おそらく、身内のものだろう。白山くんにそっくりだったからな」
「確かに満夜の言うとおりやな」
しばらくすると、階段を駆け下りる音がする。次の瞬間、つやつやに光る廊下を駆けてくる菊瑠が顔を出した。
出したかと思ったら、おしりからステーンと滑って転んだ。
「ちょわっ!?」
「菊瑠ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫、お姉ちゃん」
それでも腰に手を当てて、いたぁいと言いながら立ち上がった。
心配そうにしている姉を『大丈夫』となだめてから、菊瑠は玄関口まで駆け寄ってきた。
「どうしたんですか? 芦屋先輩。よくわたしの家がわかりましたね」
「白山と言えば、平坂町にここ一軒だけだからだ!」
まるで自分の手柄だというように、自信満々に告げた。
「それはおまわりさんが教えてくれたからやないの」
「あ、もふもふちゃん!」
菊瑠が満夜の肩に乗っている鵺を見逃さずに手を伸ばした。逃げ切れなかった鵺が、ジタバタしながら菊瑠に抱きつかれている。
「あら、かわいい! もふもふね!」
後ろから菊瑠の姉もやってきて、一緒になって鵺を撫で繰り回した。
「やめんか!」
鵺が狭い額に怒りマークを浮かべて怒鳴るのも気にせず、二人はもふもふを愛でた。
「それにしても不思議な生き物ねぇ」
もふっているときに姉が言った。
「そうなの、鵺って言うのよ、お姉ちゃん」
「まあまあまあまあまあ! 鵺ちゃんって、妖怪の鵺ちゃんなの! お姉ちゃん、初めて見たわ」
姉妹が平和そうに話している間に満夜が割って入る。
「ところで、白山くん部会を開くぞ。図書館に……」
と言いかけてからやめて、満夜は言い直した。
「いや、白山くんさえ良ければ、ここで部会をしたいのだが」
「え?」
あからさまに菊瑠が眉を寄せて嫌そうな顔になった。いつもしない表情なだけに威力がある。
「……嫌か」
いつになく満夜が力なくつぶやいた。
「あらあらあら、そんなことないわ。菊瑠ちゃん、気にしなくて良いのよ。お姉ちゃんに任せて!」
「お姉ちゃん……」
途端に、菊瑠の表情が和らいだ。
「いま、お母さんはご祈祷所にいるし、信者さんたちもみんな集まってるから、母屋にはあたしと菊瑠ちゃんだけだから」
「うーん」
まだ迷っている様子だったが、姉に促されてとうとう菊瑠も頭を縦に振った。
「じゃあ、わたしの部屋に来てください。静かにしてれば、ばれないと思うし」
それほど母親に満夜たちのことを知られたくないのだろう。菊瑠の後についてこっそりと二人は階段を上がっていった。
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