第2話

「へ? 満夜、こいつ、なんかしゃべったか?」

「じっちゃん、こいつはひとの声をまねるのがうまい珍しい猫なのだ」

「おお……そうか……」


 納得したのかしてないのかわからない感じで道春は頷くと、冷酒をお猪口に注いでまたクイッとあおった。

 コップを空にした鵺がコップを前足で押し出し、道春に言った。


「酒を所望するぞ」

「お、おう」


 コップに酒を満たした後、道春は首をひねり、


「酒に酔ったかなぁ……どう考えてもこいつがしゃべってるふうにしか思えない」

「気のせいだ、じっちゃん」

「うーん、もう寝るわ」


 そう言いながら、道春はお猪口を流しに下げてリビングを出て行った。


「気安くしゃべるとこのように凡人は戸惑うのだ。オカルト研究部員以外に話しかけてはならん」

「ほざけ、わっぱ。わしはわしの好きなようにする。そら、もっと酒を注がぬか」

「ぬう、生意気なパンダ崩れが……」

「わしは鵺だ。ぱんだなどというものではない」


 風呂のときと同じ具合に言い合いを続けていたが、結局、里海に叱られるまでダイニングで酒と麦茶を酌み交わしていたのだった。




 満夜が布団に潜り込むと鵺も布団に入ってきた。

 さっきまで鵺と言い合いをしていた満夜はすっかり疲れてしまい、横に並ぶ鵺に文句を言う気も怒らない。

 鵺は鵺で、扇風機側を陣取って涼しい風を独り占めにしている。

 じっと黙りこくっていたが、満夜はとうとう我慢しきれず、鵺に話しかけた。


「鵺、オレは八束の剣が欲しい。というか、この町の謎に挑みたい。おまえのバラバラになった体を元に戻してやってもいい」


 満夜にしてはかなり譲歩した物の言い方だ。


「それは良き。明日にでもほかの体の封印を解いてもらおうではないか」

「ただし!」


 満夜は口調を強めた。


「それはオレが調査する平坂町にまつわる謎のついでだ。キサマの体にも興味はあるが、千本鳥居といい、蛇塚といい、身代わり観音堂といい、どれもこれも命に関わるような恐ろしい罠が掛けられていた。オレはだな、これらの恐ろしい罠をひもとき、この平坂町にあるという黄泉比良坂の入り口を完全に塞ぎたいのだ。おそらく、父ちゃんの願いはこれなのだ。でなければ、あれほどの古文書を集めて術師として平坂町のことを調べないだろう」

「ほう、この平坂の地の黄泉への入り口をな……わしがこの地を治めていた太古、それらはわしの力で塞がれておったがな。わしの体を元に戻せばたやすいことだ」

「それは断る」

「なんだと?」

「キサマが本当にこの地の守り神かどうか、オレにはわからないからだ。災いとして封じられたなら何か訳があるんだろうからな」

「それはおまえの先祖に裏切られたからだ。後からこの地に攻め入ってきた一族にだまされて、な……」

「それは耳にたこができるくらい聞いたわ! オレがキサマを信用できんのは、銅鏡の封印を解くときに、生け贄を求めたからだ!」

「ほほう……もう忘れておると思ったが……」


 暗闇に鵺の目がカッと真っ赤に輝いた。

 シュタッと四つん這いで立ち上がり、白いギザギザの牙を見せる。


「ここでおまえを屠ることなどたやすいのだぞ。わしの言うとおりにしておれば命だけは助けてやろう」

「やはり、それが本性か!」


 満夜も布団の上に立ち上がる。

 一人と一匹は息を殺し、相対峙した。布団を足でにじる。


「きえええい!」

 ——うるるるるうぅう!


 双方拳と牙を交わさんとしたとき——。


「あんたたち! 今何時だと思ってんの!! 早く寝なさい!」


 ドアがいきなり開いて、里海が怒鳴り込んできた。


 ふしゅうううう〜……。


 それまで部屋に孕んでいた殺気がしぼんでいく。


「うぬぅ」


 満夜は無念そうにうなると、おとなしく布団に横になった。

 仁王立ちになっていた鵺も、気が削がれてしまったのか、ぺたんと座り込み、そのままトサッと布団に仰向けに倒れた。


「この対決は今はお預けだな」

「いずれ近いうちにおまえとは決着を付けようぞ……」


 それからしばらく経たないうちに、一人と一匹は一日の疲れも手伝って、すやぁと、深い眠りに落ちていった。




***




 翌朝、満夜は七つ道具を入れたリュックを担ぎ、午前遅くに家を出た。


「いい加減自分の足で歩け」


 満夜の頭に前足、肩に後ろ足、まるで満夜を操っているかのごとく、鵺が乗っかっている。


「おまえはわしの従者だからな、こうして神輿の代わりにわしを運ぶのは当然だ」

「オレはキサマの従者ではないというのに!」


 ブツブツと文句を垂れながらも無理に下ろすことはしないところに、満夜の優しさというかめんどくさがりなところが垣間見える。ように思えたが、やたらヘッドバンドしているのを見ると、相当嫌だったらしい。

 図書館へ向かう前に満夜は菊瑠の家に、凜理の家に向かう道すがら、携帯で電話した。今後の活動について図書館で話し合おうと思ったからだ。


 プルルルルル


 ガチャリと言う音がして、女性の声がした。


『はい?』

「白山くんの家か?」

『どなた?』

「オレは芦屋満夜だ。白山菊瑠くんに代わってくれ」


 満夜の傲岸不遜な態度に、電話口の女性もカチンときたのか、


『菊瑠様はおられません! お掛け直しください!』

「菊瑠様……? 白山くんは自分の母ちゃんからそんなふうに呼ばれているのか!?」

『わたしは菊瑠様の御尊母様ではございません。無礼な口の利き方は許しませんよ!』

「母ちゃんでなければ誰だ?」


 無礼な口の利き方の部分は華麗にスルーして、満夜は不思議に思って訊ねた。


『白山龍神王様のお付きの者です! 菊瑠様には二度と電話をしないでください!』

「ま、待て」


 ガチャンと受話器を置かれてしまって電話は切れた。


「ぬぅ……白山くんは白山龍神王の娘だったのか。それよりも龍神王は母ちゃんか。王と言うから男だと思っていた……」

「わしは最初からあの娘は怪しいと思うておった」

「その言葉、オレは今初めて聞いたぞ」


 ヘッドバンドを決めながら、満夜が鵺に言った。


「この神輿はよくゆれるな……」

「ごまかすな。それにしても……白山くんはなぜ娘だと言うことを隠していたのだ……」


 満夜は顎を手で撫でた。

 そうこうするうちにいざなぎ神社にたどり着き、満夜は鳥居をくぐって、社務所に向かった。




 ドカドカと社務所に上がり込んで、


「凜理、凜理はいるか!」


 と声を張り上げた。そのまま奥へと進み母屋のドアを開ける。

 リビングでテレビを観ている竹子と目が合った。


「あら、満夜くん、おはようさん。凜理は上におるよ」

「礼を言う」

「ちょっと……その肩に乗っとる動物、レッサーパンダやないのん?」

「そのとおりだ、ばっちゃん」

「あらあらまぁまぁ、動物園でしか見たことなかったけど、かわいらしやないの」


 竹子が立ち上がって、鵺に近づいて手を伸ばした。

 先入観が勝ってしまうのか、誰もが鵺のしっぽを見落としがちだ。しかし、竹子は見逃さなかった。


「ありゃ、尾っぽが蛇やないの! ほんまにこの子、レッサーパンダなんか?」

「レッサーパンダの新種だ! 蛇に見えるが敵に食われないための擬態なのだ!」

「そうなん。里海さん、ようもまぁ、飼うの許しはったねぇ」

「喜んでいたぞ」

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