9 九頭龍神社の神器を捜せ!

第1話

 鵺を自宅に連れて帰った満夜は、里海に強く反対されるだろうと予測していた。


「野良レッサーパンダになつかれたので連れて帰った。うむ……勝手に肩に乗ってきたが、どうも捨てられたレッサーパンダみたいなので、連れて帰った。うむ……知らないおっさんにこのレッサーパンダを飼って欲しいと頼まれたので連れて帰った」


 どういう言い訳をすれば不自然ではないだろうか……とブツブツ言っていると、途中まで帰り道が同じ凜理に突っ込まれた。


「レッサーパンダっちゅう時点ですでに不自然や。猫とちゃうねんで」

「そうか! レッサーパンダに見えるが、これは猫なのだ。非常になついているだろうとでも言うか」

「だから、それは無理ちゅうねんて」


 公園の前のバス停で名残惜しそうにしている菊瑠と別れ、ほっとした様子の鵺が暑苦しい格好で満夜のマフラーになっている。どっちかと言うとそっちが気になってしまう。


「なぁ、暑くないんのん?」

「ん? そういえば、暑くないな」


 満夜が自分の首に巻き付いている鵺のふっさりとしたほっぺを、ムニーッとつまんでみる。


「やめんか。わしは魂だけの存在でもある。体温なぞないのと同じだ。だがそれほどに所望するのであれば、熱を発することなどたやすい」


 いきなりもふもふの体が温かくなり満夜は顔面にだらだらと汗をかき始めた。


「暑いと言うより、熱いな……つーか、熱いんじゃあ!」


 鵺をかなぐり捨てようとする満夜の手をスルリとかいくぐり、ぴょんと凜理の頭に乗っかった。


「体を軽くすることもできる」

「ほんまや。全然重とうないな」

「オレのときはずっしり体重掛けていただろうが! 軽くなれるなら早くそうしてくれ」

「従者がわしに命令などするものではないぞ」

「ぬうう。こんな理不尽なことがあっていいものか……それもこれも、凜理、おまえが鵺の味方をするからだ」


 満夜が恨めしそうに凜理を見た。正確には凜理の頭の上の鵺を見たのだが。


「味方? 味方っちゅうよりもクロちゃんの味方や。クロちゃんが鵺の手助けをしとるから、鵺は平坂町に必要やと思うたん」

「クロが?」

「そうや。八束の剣を見つけるように手助けしてくれたんはクロちゃんや」

「そのクロはオレたちがヨモツシコメに追いかけられたとき、何もしなかったではないか」

「クロちゃんはうちを守ることが第一優先事項やから。ちゃんとうちの危機には現れたやない」

「おまえの危機だけではなくオレの危機のときも来るべきなのだ。鵺がオレに授けた力では心許ない。おまえの! ねこむすめの力がオレには必要だったのだ!」

「文句を言われても、うちにはどうしようもないもん」


 分かれ道まで来たとき、凜理の頭から鵺が満夜の頭に乗り移った。途端にずしりと重くなる。


「お、重たい……」


 首をぐきりと言わせながら、満夜は凜理と別れた。




 満夜が帰宅しリビングに入ったとき、満夜の頭の上の鵺を見た里海と道春は予想通り固まった。


「満夜、そのレッサーパンダはなんなの」

「一体どこからそんな物を連れてきたんだ」

「平坂大学のオープンキャンパスの帰りに山で拾ったのだ」


 まるで子猫を拾って帰ったくらいの勢いで満夜は言い訳したが、里海が雷を落とす様子はない。


「山にレッサーパンダっているものなの?」

「いるんじゃないか? 満夜がこうして連れて帰ってきたんだから」

「それにしても、レッサーパンダって何を食べるのかしら。やっぱり野菜とか果物?」


 あまりの非日常を受け止めるのに、正常な判断が欠落してしまったようだ。いつもなら「返していらっしゃい!」という里海だったが、呆然とした様子で鵺が食べられるものについてつぶやいている。


「それで名前は付けたのか?」


 道春は飼う気満々だ。


「鵺だ。何を食うかわからんが、今日の夕飯はなんだ? 母ちゃん」

「あ、そうそう、今日の夕飯はハンバーグよ」


 と言っていそいそと台所へ引っ込んだ。台所から「レッサーパンダがねぇ……山にねぇ……」と聞こえてくる。

 昼に学生食堂で定食を食べてから何も口にしていないことを思い出した途端、満夜の胃が空腹を訴え始めた。

 用意されたハンバーグは満夜がいつも所望する手のひらくらいの大きさだ。さて食うぞと四人がけの椅子に座ると、ぴょんと鵺が満夜の隣の席に飛び降りた。

「わしの飯はないのか」というような顔をしてテーブルの上を見ている。

 そこに里海が剥いてうさぎさんにした林檎を置いた。

 鵺がじっと林檎をを見ていたかと思うと、いきなり、テーブルに乗っかって、満夜の皿のハンバーグを奪った。


「それはオレのハンバーグだ!」


 両手にフォークとナイフを持った満夜が、鵺を追いかけた。ハンバーグを咥えてもぐもぐしながら、結局、棚の上でをむっしゃあと食した鵺の勝利となった。




 カポーンとオケの音が響く風呂の中。湯船に満夜がタオルを頭に乗せてくつろいでいる。

 その横で鵺も一緒に湯船に浸かっていた。


「なぜ、キサマも風呂に入っているのだ」


 ほどよい熱さの風呂はリラックス効果があるに違いなく、満夜の声音もそれほどギスギスした感じがない。


「湯に浸かるのはいいものだな。水浴びしかしたことがないゆえ」


 レッサーパンダにしか見えない鵺がほのかに頬を染めてとろんとした目つきで答える。


「これで酒があればまことに良い気分だろうに」

「レッサーパンダが酒など飲むな」

「そのれっさーぱんだなるものが何者かは知らぬが、酒くらい飲ませんか。わしは神酒を所望する」


 所望する所望すると手足をバタバタさせて暴れるので、満夜はうんざりした表情で、


「じっちゃんの酒を後で飲ませてやる。暴れるな!」


 なんだかんだといいつつ、お互いのぼせるまで風呂に浸かっていたが、風呂から上がると満夜は冷えた麦茶を冷蔵庫から取り出して、コップに注ぐと一気飲みした。


「酒を所望する」


 鵺の言葉に道春が冷蔵庫に冷やしている冷酒を取り出し、コップに注いで差し出した。


「玻璃か、美しいな。しかも水のように透き通った酒か」

「酒はみんな透明だぞ」

「酒は白く濁っておるものだ」


 誰もいないのをいいことに言い合いをしていると、背後から声がかかった。


「なんだ、賑やかだな。里海さんと話してるのか?」

「じっちゃん!」

「……」

「お、わしの酒を飲んだらいかんだろうが。満夜、未成年のくせに」

「オレは飲んでないぞ。これはこの鵺が飲んでいるのだ」

「こいつが? ほう、飲める口か。いいぞ、わしも一緒に飲むとしよう」


 ガラスのお猪口を出してくるとキンキンに冷えた冷酒を注いだ。

 それを手に取り、鵺のコップに当ててカチンと鳴らした。


「乾杯」


 クイッと酒を飲むと、カーッと道春が声を上げた。


「うまいなぁ!」

「雑味はあるが、これも良き」

「なんだ、雑味だと? 平坂酒造の神ころしはいい酒だぞ」


 と言ってから、道春は気付いてしまった。

 目の前のコップに鼻先を突っ込んで酒を飲んでいる鵺が道春と話をしたことに。

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