第4話

「薙野先輩のお部屋も素敵でした」

「いやいや、白山さんの部屋のほうが女の子らしゅうてあこがれるわ」


 女子の褒め合いの応酬を横目で見ながら、満夜はキョロキョロと辺りを見渡している。


「どないしてん?」

「いや、いざなみ教という宗教とはいかなるものか、この慧眼けいがんで見極めてやろうと思ってな」

「いざなみ教の何がここでわかるのん? いっそのこと祈祷所のほうがいいんちゃう?」


 二人のこそこそ話を聞きとがめた菊瑠が、困った顔をした。


「先輩、お願いですから静かにしててください。お母さん、わたしやお姉ちゃんが家の人以外と仲良くするのを嫌うんです。もしばれちゃったら、雷が落ちます」

「あら、大丈夫よ。お母さんにもうそんな力はないもの」


 三人はふいに声を掛けられて、驚いて飛び上がった。


「お、お姉ちゃん!」

「菊瑠ちゃん、お部屋に入ってからお話ししたら?」


 姉に促されて、三人は部屋に入りドアを閉めた。

 気付けば、廊下のほうからクラシック音楽が聞こえてくる。しかも、けっこう音がでかい。


「これで何でもお話ししていいわよ。お姉ちゃんの部屋で大音量で音楽鳴らしてるから」

「ありがとうございます」

「うむ、それは良い考えだな」


 初対面の年上にも平等に態度がでかい満夜が、腕を組んで頷いた。


「ところでおまえの名はなんというのだ」

「菊瑠ちゃんのお姉さんの、美虹みこ。あなたたちのことは聞いてるわよ。あなたが満夜くん。そっちの子が凜理ちゃん」

「お姉ちゃんにクッキーを焼いてもらったときに教えたんです。お友達って誰? って聞かれちゃって」

「それは致し方なかろう。誰のためとも聞かされずに命令されるのは気分が悪いものだ」

「いや、そういう意味やないやろ。純粋に名前を聞いただけやないの?」


 凜理が呆れたが、満夜が精一杯の気を遣っているのは理解できた。

 二人をにこにこと眺めながら、美虹が手に持ったお盆をテーブルに置いた。


「はい、ジュースを持ってきたわよ。ほんとにお友達なんて久しぶりなの。うちが宗教なんて始めちゃったから、菊瑠ちゃん、学校も休みがちになっちゃったのよね」

「んもう、お姉ちゃん、しゃべりすぎ!」

「休みがち? それで一年の教室にいなかったのか。しかし、だれも白山くんは知らないと言っていたぞ」

「わたし、五組ですよ。でもクラスの子に嫌われてるんです。それでじゃないですか?」

「白山くんを嫌う理由がわからない」


 満夜が首をかしげて悩んでいる。

 凜理は菊瑠のことを内心同情していた。実家が宗教をやっていると何かと意地悪される対象になる。自分だって、中学校時代は悪口を言われることもあった。


「そんなの、白山さんのせいやないのにね。気にせんとき。満夜くらい神経が鋼やと無神経通り越すけどな」

「そうだ! 白山くんも無敵の精神力を培うと良い。自分を宇宙一の才覚の持ち主だと自覚すれば、いとも簡単だ!」

「わたしにはちょっと無理っぽいです〜」


 菊瑠が自信なさげに言う横で、ちょこんと正座している美虹が手を合わせて妹に話しかけた。


「お姉ちゃんも菊瑠ちゃんはもっと自信持って良いと思うな! だって菊瑠ちゃんはいざなみ様のお気に入りじゃない」

「なに!? いざなみのお気に入りだと!?」


 乙女チックな部屋で肩身の狭い思いをしていた満夜が、目をヒン剥いて話題に飛びついた。


「白山くんはいざなみと話をしたことがあるのか!?」

「な、な、ないですよお! それにいざなみ様は怖い神様じゃないですか!」

「あら、いざなみ様は怖くないわよ? 怒ると怖いけど。この前クッキーお供えしたら喜んでたし」

「クッキーお供えしたの!? お姉ちゃん、お母さんに怒られるよ?」

「クッキーくらいいいじゃない〜」

「クッキーを供えると喜ぶ神なのか……こいつは酒を喜ぶ神だが……」


 いつまでも脱力したまま無我の境地の鵺に目をやった。


「もふもふちゃんは、お酒が好きなんですか」

「じゃあ、御神酒を持ってこようかな」


 姉妹がキャッキャウフフしながら、鵺を囲んで盛り上がっている。


「ぬう、凜理。オレは無性にいざなみという神に会ってみたいゾ。話ができればヨモツシコメのこともどうにかなるかもしれん」

「大学の先生もいざなみ教のことを調べるいうてたな」


 そこに美虹が口を挟んだ。


「大学の先生?」

「平坂大学の民俗学の先生のことだよ、昨日来てたあの人」


 菊瑠が美虹に耳打ちした。


「八橋のことか?」

「そう、八橋先生。始めはいざなみ教のことをよく知りたいから聞き取りをさせてくれって言ってたんだけどね、祈祷所に案内したら、やたらうちのご神鏡を気にして」


 美紅に続けて菊瑠が言う。


「そうなんです。お母さんがどっかからもらってきたご神鏡をよく見たいって言い出したんです。それ聞いたお母さんがヒステリーを起こしちゃったんです」


 ここまで言って、菊瑠の表情が暗くなった。


「でも、あのご神鏡を持ってきたからお母さん、宗教なんて始めちゃったんだと思うんです。それまでは怒ると怖いだけで優しいお母さんだったのに」

「力もそのときになくなったんだよ。今は普通のお母さんっていってるじゃない。お母さんはそれを悟られるのが怖くていざなみ教をやめられないの」


 どうも深入りするとドロドロしてそうな家族の問題のようだ。


「まぁまぁ。それで、八橋先生はどないしてん」

「先生は結局追い返されました」

「間抜けなヤツだ」


 満夜が鼻で笑った。


「それで、部会だが」


 いきなり話をぶった切って、満夜が本来の目的を口にした。


「そうやった。今日は部会するいうてここにきたんや」

「部会ですか?」

「なになに?」


 三人の寄せ合った顔の間に、美紅まで割り込んできた。


「部外者は出ていってもらいたいのだが」

「場所を提供したのに、出て行けとはこれいかに!?」


 軽く脅されて、仕方なく満夜は話を続ける。


「くっ……実はだな、オレなりに古地図を見ていて思ったのだが……」


 と言って担いできたリュックを取り出して、中から古地図のコピーを取りだした。


「これをこの地図とあわせると、真名井と千本鳥居を結ぶ線上に白水川があるのがわかると思う」

「いうてたな」

「それがどうしたんですか?」

「これが偶然ではないとすれば、九頭龍神社にヨモツシコメないし黄泉比良坂に関係する何かがあると思われるのだ!」

「なんと!」


 美紅が驚いた。


「満夜くんはそれがなんだと考えてるの?」

「ふふふ……聞いて驚くなよ、オレの勘はいつも冴えまくっているからな」

「はよ教えて」

「まぁ、焦るな。以前三種の神器の話をどっかで話したな」

「八橋先生が話してたな?」

「ヤツはヒントをくれただけだ。解決とは違う。オレが考えるに、千本鳥居に八束の剣。古墳に八尺瓊やさかにの勾玉。だとしたら、八咫鏡やたのかがみはどこだ?」

「なにその、やさかとかやたっていうの?」

「これぞ天皇家の神器ではないか! 八束の剣、八尺瓊の勾玉、八咫鏡。これが三種の神器なのだ」

「でも、どうしてそんなすごいもんが、平坂町にあるのん?」

「それはこの平坂町が黄泉の入り口を封じた町だからだ」


 その隣で菊瑠と美虹がワクテカした顔つきで満夜の説を聞いている。


「そんなアホでもわかる説明は良い。今は八咫鏡がどこにあるかを話しているのだ」

「この古地図と関係あるのん?」

「大いにあるぞ、凜理。これはオレが付けた印だ」


 古地図に丸マークが書き加えられている。その上に現在の地図を満夜が重ねて見せた。


「あ……」


 満夜以外の口から驚きの言葉が漏れた。

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