第2話
「ん?」
山の向こうのだれかが、三人に気付いたようで、立ち上がった。
「おひゃひゅひゃん?」
カップラーメンを器用な話し方で食べながら、容器と箸を持ったまま三人を見た男は、意外なほどイケメンメガネだった。
凜理が声を低めて二人に話しかける。
「もっとおじさん先生やと思うた」
「へんひゃくひゃのひほ?」
「悪いが、ラーメンを食べるかしゃべるかどっちかにしてくれないか」
満夜が自分のずれ具合は棚に上げて、呆れた顔で山の向こうに立つ男に言った。
「ごくん。ごめんごめん、お昼ご飯を食べてたから。ところで見学の学生さん?」
「はい、そうです」
凜理が答えた。
「三人とも民俗学科に興味あるのかな?」
ラーメンを机の上に置いて、男が手招きする。
三人は促されるまま、研究室へ入った。
研究室には机が四つあり、どれも資料と紙束で一杯だった。四方の一方は窓で、他の三方は背の高いスチール製の本棚だ。その全てにファイリングされた冊子が並べられている。どうもその棚に置ききれなかった資料の本などが机の上に積み重ねられているようだった。
「君たち高校三年?」
「いえ、二年と一年です」
「へぇ、気が早いねぇ。受験ってそんなに早くから準備を始めないとダメかぁ」
凜理の言葉にイケメンメガネ先生が一人で感心しながら、研究室の端に折りたたんでおいてある椅子を出してきた。
「まぁ、座って。どんな話を聞きたい?」
満夜がシュッと手を上げた。
「おお、元気がいいね。君の名前は?」
「芦屋満夜だ。おまえの名前はなんというのだ」
年上の先生に向かって言う言い方ではないけれど、そんなことは露とも気にしていない様子で、先生が答える。
「ボクかい? ボクは助教授の
「うちは薙野凜理です」
「そっちの君は?」
「白山菊瑠です」
三人が自己紹介をすると、八橋が首をかしげた。
「白山……君ってあの新興宗教教祖、
と言いかけたのを、菊瑠がぶんぶんと頭を振って遮った。
「わたしは違います! 関係ないです!」
「……そう。ま、いいか。白山なんてよくある名前だよね」
「そうですそうです」
菊瑠がそんなふうに焦っているのは初めてなので、満夜と凜理は意外そうな目で見つめた。
「新興宗教?」
オカルト好きの満夜が早くも食いついてきた。それに対して、八橋も目を輝かせる。
「そう! 平坂町で布教されているいざなみ教のことなんだけど、君たち、知ってるかい?」
「いざなみ教だと!」
満夜が目をカッと見開いた。
「そう、いざなみ教! 知っているのかい!? 是非取材させてくれないか!」
「しらん!」
「しらんのかい」
隣から凜理の突っ込みが入る。
「そんな名前の宗教があるとは初めて聞いたぞ」
「そうだね。最近平坂町を拠点に興した新興宗教なんだよ。ボクの研究テーマは神々についてだからね。この宗教が一体どういう神を信心しているのか研究したいんだ」
「いざなみ教っていうんやから、いざなみを信仰してるんとちゃうのん?」
凜理が満夜に聞いた。
「そうとも限らないぞ。いざなぎ神社でいざなぎだけでなく蛇信仰もあるとおまえが教えてくれたではないか!」
「なになに? それはどういうこと!?」
本の山をかき分けて八橋が三人の前に立った。
「満夜、それ秘密や言うたやろ」
「誰も知らないとは聞いたが、秘密とは聞いてないぞ。勝手に発言を曲げるんじゃない」
「秘密の信仰ってことなのかい? それを知っているってことは、君はいざなぎ神社の関係者なのかな?」
「凜理はいざなぎ神社の偽巫女だ!」
「偽だけ余計や!」
「巫女見習いと言うことだね」
八橋の興味が凜理に移ったのを見た菊瑠がほっとした様子で、折りたたみ椅子に座った。
満夜の前に立った八橋はイケメンメガネだけでなく背も高くて、八橋より背が低い満夜は目線を上げた。
「いざなぎ神社にはずいぶん前に取材に行かせてもらったんだけど、そのときは蛇のことは何も言われなかったんだよね。蛇と言えば、紋も三つ逆鱗だよね。あれが蛇に通じるのかな!?」
矢継ぎ早に問いかけられて、凜理は目を白黒させる。
「し、しりません! うちも蛇を祀っているって聞いたばっかりなんです!」
「蛇かぁ……平坂町は蛇に関係する場所がたくさんあるね。もう一度取材に行ってみないと」
「そのときはこのオレも同行し、いざなぎ神社の秘めたる神力がなんなのか、探る必要性があるな!」
満夜と八橋が目をキラキラさせて、拳を握った。
「それだけじゃない。いざなみ教にも俄然興味が湧いてきた。再度取材の申し入れをしなければ! 白山龍神王の出自について調べなくちゃ」
「
八橋の言葉に、満夜が反応した。
「ち、違います! わたしの名前の発音は普通のしらやまで、そっちははくざんですから!」
「どっちも同じ漢字だぞ。何か怪しいな。白山くん、やましいことがあるのではないか!?」
満夜が問い詰め始めたのを見て、凜理は菊瑠が可哀想になってきた。
「満夜、ここには白山さんがどうとかってことで来たんやないやろ?」
「ハッ! そうだった! おい、八橋。ここに勾玉はあるか!?」
いきなりの呼び捨てにさすがに八橋も苦笑いした。
「年下から呼び捨てされるのは初めてだなぁ。体育会系みたいだ」
「ぬう、では先生と呼べばいいのだな? ここに勾玉はあるか?」
満夜が八橋に向かって手のひらを出した。
「勾玉? そりゃたくさんあるけど」
「では見せるのだ! その中に未知なる力を秘め、呪力が籠もった勾玉があるはずだ!」
「呪力が籠もった勾玉? 勾玉は確かに呪術に使われたりもするけど、何百個もあるよ?」
「その全部を……!」
横から凜理が割って入った。
「古墳から出土したちょっと珍しい感じの勾玉なんですけど」
当てずっぽうだが、封印を解くほどの力があるのだから珍しい物に違いないと勝手に推測したのだ。
「珍しい感じの……そうだな、一番大きな勾玉があるよ。持ってこよう」
そう言って、両手をひらひらさせながら、八橋は本棚の間にあるドアを開けて隣室に入っていった。
ガチャン、ドサッと言う音がしたかと思ったら、箱を持って現れた。
「これのことかな」
そう言って紙の箱を開けると、中には綿が敷き詰められていて、その上に直径十センチくらいはある大きな勾玉が入っていた。
満夜が口を開く前に、ポケットの中の銅鏡が赤く光を発して、鵺が叫んだ!
——それだ! 早くそれを鏡面にあてがえ!!
「え? 今のは何?」
「何でもありません!」
「この勾玉で間違いないのだな!? よし!」
満夜がポケットから銅鏡を出して、鏡面を勾玉に向けてかぶせた。
突然、カッとまばゆい光が溢れて、その場にいるみんなが目をつぶった。
「な、なに!?」
やがて、眩しい光が消え、その場の全員が目を開けて、満夜と八橋の手の上にいる物を見つめた。
八橋の手の上に箱、箱の上に鏡、鏡の上に満夜の手、その上には——。
レッサーパンダみたいな動物が二本足で立ち上がってつぶらな瞳で辺りを見回していた。
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