第5話

「大体、八束の剣を嫌うキサマがオレのために剣を見つけ出すとは思えん。封印を解いた後オレを食うというのは詭弁だろう! キサマは他に目的があるのだ!」

 ——愚か者ではないのだな。わしは自分の粉みじんになった他の体を探したいのだ。ただそれだけだ。

「むぅ、今のところはその主張を信じてやろう……。剣を見つけるのを手伝えば、他の体を見つける手助けをしてやっていいぞ」

 ——では、わしらの利害は一致したと言うことでいいのだな。

「今はな。だが、体を先に見つけるようなまねはしない。そうすればキサマはさっさと逃げ出すだろうからな」

 ——まぁ、そこはわしを信用しろとしか言えぬな……。


 そう言って鵺は沈黙してしまった。

 満夜は銅鏡の鏡面を見つめながら、鵺をどこまで信用し協力したものかと考え耽るのだった。




 夜中まで父親の残した古文書などを調べた後、満夜は勉強もせずに布団に入った。

 眠りはあっという間に満夜を夢の世界へ連れていった。

 日頃から寝るときもオカルト実験を欠かさない満夜にとって、夢を自由に操るのはいとも簡単なことだったので、いつもなら呪術を操り、龍を呼び天地に異変をもたらし、人々が畏れおののいているのを雲の上から眺めたりする趣味の悪いことをしていたのだが、今日は違った。

 満夜は気付くと静かな平坂町を上空から飛翔しながら眺めていた。いつものように移動しようとするのだが思うとおりに行かない。

 ドロドロドロドロという不穏な地鳴りが聞こえてくる。


「おかしい……いつもと様子が違うな」


 平坂町の四方は山々に塞がれてしまっている。確かに平坂町はベッドタウンではあるけれど、山に閉ざされた閉鎖的な土地ではない。南側には、平地に広がる田んぼの中を鉄道も走っている。

 空の色もおかしかった。赤黒く渦を巻き、地響きに似た雷鳴がとどろいている。

 町中には人が溢れて、周囲を山に囲まれているせいで、人々は街の中心に向かっている。その中には里海や道春も含まれていた。


「母ちゃん、じっちゃん」


 下りていきたいが思うままにならない。上空にとどまったまま、ことの成り行きを見守るしかなかった。

 地鳴りが酷くなっていき、見渡せば山の縁から地面が崩れて谷間になり、家々が落ちていく。

 そこから白い何かが這い出てくる。白い五本が対になっている何かだ。よく目をこらしていくうちに、それが何かわかった。

 巨大な手だった。白から灰色みを帯びてきて、地面の下から生えてくる。その手が逃げ惑う人々を捕まえようとしている。

 町の中心に逃げ延びた人々がより固まっていると、身代わり観音堂が建つ平坂山がドゴンと地鳴りとともに沈んだ。そこから巨人の姿のヨモツシコメがわらわらと湧き出してくる。

 平坂公園だった穴の中心から不気味などす黒いもやがさらに立ち上る。それは球体になり、徐々に四方に広がりだした。その黒い物に人々が包まれるとボッと黒い炎を上げて燃えていく。

 阿鼻叫喚の地獄絵図を見せつけられてもなお何もすることができない満夜は、全身に脂汗を浮かべていた。叫びたくてもそれができない。

 ぬおおお、我が身の術師の血がなぜこの期に及んでも発揮されないのだ!!

 悔しさに歯を食いしばって、金縛りに遭った体をなんとか動かそうとした。

 そのとき、地表に変化があった。周囲の山に光が生じた。それは平坂町を囲むようにして輝く六つの光だった。その六つの輝きが線になり、他の光と繋がっていく。線として繋がった光は六芒星だった。

 その六芒星の輝きは赤い色に染まり——!




「うああ!」


 叫び声とともに、満夜は目を覚ました。全身が汗だくだ。


「今のはなんだったのだ……」


 そうつぶやき、夢の内容を思い返した。

 どう考えてもあれは世紀末の風景だった。あんなことがいつか平坂町に起こるのだろうかと思うくらい、正夢のようにあの風景はリアルだった。


「あんなことが実際に起こって堪るか……」


 満夜は額の汗を腕で拭い、頭を振った。

 そのときに壁に掛けた制服が目に入った。

 ポケットに入れた銅鏡から赤い光が発せられていた。

 脳裏を夕方に鵺と話した内容がよぎる。あの言葉のせいでこんな夢を見たのだろうか。それとも、その言葉から、満夜の潜在的な能力が危機を感じ取り、満夜に夢として見せたのだろうか。


「まさか」


 嫌な夢は何かの予兆なのか、果たして鵺が関わっているのか……まだ満夜にはわからなかった。

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