7 古墳の謎を暴け!

第1話

 空気は水気を含み、涼しかった気温が次第にじっとりと蒸し暑くなってきた。

 田んぼの多い地域の平坂高校の周囲では、げこげことカエルの鳴き声が朝早くから聞こえてくる。

 朝のうちはいいが、日がどんどん高くなっていくと、強い日差しにじりじりと肌が焼かれる。

 それでも周りが田んぼなのが幸いして、吹いてくる風は心なしか涼しかった。




 今日も今日とて、締め切った蒸し暑い用具室に満夜と凜理は立てこもっていた。


「なぁ、夏だけでもここで話するのやめへん」


 満夜はだらだら額から汗を流しながら、こればかりは賛成せざるを得なかったのか頷いた。


「確かにこう暑くては精神を研ぎ澄ますことができない」

「うちの学校、冷房ないしなぁ……」


 凜理がぼやくと、満夜が思いついたように自分の手をぽんと叩いた。


「いい考えがあるぞ。今後の部活動は図書館で落ち合うというのはどうだ。あそこならば、資料もあるし研究にも向いている」

「せやな。たまにはいいこと言うやないの」

「たまにだと? オレはいつも冴えたことを言っているつもりだが」

「冴えてるていうより、抜けてるていうたほうがしっくりくるんとちゃうのん」

「失敬な!」


 満夜はぷんすこしながら先に用具室から出た。すっかりサウナ状態になっていた用具室から出ると、外の世界はクーラーが効いたかのように涼しい。


「生き返るようだ!」

「はぁ……当分用具室はごめんやわ」


 二人は鞄を手に高校からかなり離れた図書館へ向かった。




 平坂町立図書館は意外に大きく、隣接している古墳群に関する資料も充実していることから、外部からくる学者も多い。

 もちろん、涼を求めて集まってくる町民も少なからずいる。

 満夜と凜理もその中に含まれる。

 図書館は案の定満員だったけれど、二人は空いている席に座ることができた。


「さて、この間の事件のことだが」

「この間って、中間テストのこと?」

「ちがーう! 千本鳥居でのことだ」

「それがどないしてん」

「我々があそこから脱出して出てきた場所のことを思い出して欲しい」

「九頭龍神社の真名井?」

「そうだ。実はあれからオレなりに調べてみたのだが……」


 と言って、満夜が自分の鞄から古地図のコピーを取り出した。


「前もってコピーしておいたのだ。現在の地図とこの古地図を照らし合わせてみると、はっきりとした違いがわかる」


 机の上に出された二枚の地図を見比べると、違いを探さなくても一目でそれに気付いた。


「川がある?」

「うむ。この川は今は埋め立てられて暗渠あんきょになっているが、どうも真名井の湧き水から生じた小さな川のようだ」

「え? そんな川を埋め立てたん?」

「古代の人間は賢かったが、現代人は頭が悪い、オレ以外は」


 さりげなく自分自慢を入れながら、満夜は続けた。


「この川の名前は白水川なのだ。イザナギが黄泉の国から逃げおおせたあとにみそぎをおこなった川の名前には『白』という漢字が入るらしいから、この川はドンピシャで条件を満たしている」

「それがこの間の事件とどう関係あるのん?」

「まだわからないのか? 我々がヨモツシコメから逃げおおせられたのは、白水川を通って真名井までたどり着けたからだ。よく見るのだ。この川が湧いている場所は真名井。流れ着いた場所は千本鳥居だ」

「ほんまや」

「ここから導き出された答えは、千本鳥居は黄泉比良坂よもつひらさか(仮定)かっこかていかっことじなのだ!」

「むちゃくちゃ強引やな!」

「そこでだ、我々は問題に阻まれる。イザナギですら勝てないヨモツシコメに守られた千本鳥居で八束の剣を探すことは容易ではない」

「そりゃそうやな」

「と言うわけで、ヨモツシコメをやっつける道具を見つけ出さねばならない」

「まだ挑戦するのん」


 凜理がうんざりしたとでも言いたげな顔をした。


「挑戦するとも! オレは八束の剣を手に入れ、鵺を再び封じ込め、この身に宿る才覚を目覚めさせるのだからな!」

 ふ、ははははは——!


 と笑っているところに周りから激しく「しーーっ」と注意された。


「ごほん。と言うわけだから、我々の次なる研究は古墳にしようと思う」

「千本鳥居はどうなったん」

「千本鳥居はいったん置いておく。八束の剣を手に入れるには準備万端で挑まねばならないことがわかったからな」

「なんで古墳やの?」

「古墳を選んだのは、この古墳に埋葬された人物が不明だと言うことだ。古墳時代は三世紀にまで遡る。大体が埋葬品とともにその当時の豪族が埋葬されていると言われているのだ。しかし!」

「しかし?」

「この平坂町の図書館がこれほど大きく古墳に関する資料が多いと言うことがなぜなのか気付かないか」

「ううん、わからへん」

「これだから凡人は……」

「凡人いうな!」


 そう言ってから凜理は周りの目を気にして声を低めた。


「そういえば、小学校のときに古墳の見学したな。そんときに言われたのが、埋葬された人物が不明ってことやった」

「そうだが、実は埋葬された人間などおらず、埋葬品のみだったという説もある。しかもだ、この古墳は古墳時代よりも古いのではないかと議論されてもいるのだ」

「古墳時代より古いって……」

「そうだ。もしかすると、神代に遡る物かもしれないのだ」

「でも神代なんて当時の権力者の作り事やんか」


 すると、満夜が不敵に笑った。


「ふふふふ……そう思わせるのが奴らのもくろみなのだ。神代は存在する。でなければ、なぜヨモツシコメが存在するのだ!」

「そう言われたらそうやな……」


 こればかりは凜理も満夜の言葉に頷くしかなかった。


「というわけで、我々の次なる課題は、『古代の古墳の謎』を暴くことだ! もしかすると、千本鳥居攻略のヒントがあるやもしれない」

「古墳を暴いたら、警察に捕まるで?」

「古墳を直接暴くつもりはないが、古墳の埋蔵品を調べることはできる。手始めはそこからだ!」


 またも周りから、激しく「しーーーっ」という注意をされる満夜だった。




 満夜と凜理は図書館に隣接してある平坂古墳のレプリカとその埋蔵品が展示されている町立民俗資料館に赴いた。

 そこに行くまでにいくつかの小さな古墳の前を通るのだが、満夜のポケットの中の銅鏡が、久しぶりに反応を見せた。

 と言うことは古墳には何かしらのヒントがあると言うことに違いないと、満夜は踏んだ。


「凜理、銅鏡が反応しているぞ」


 手に握った銅鏡の鏡面を凜理に見せる。

 確かに殷々と音を立て、赤く光る銅鏡があった。


「ほんまや。なんがあるんやろか」

「ところで凜理はこの銅鏡について何か思うところはないか」

「銅鏡に? 鵺が封じられてるんちゃうのん」

「それはそうだが、そのほかに思い当たることは?」

「ちょっとかしてぇな」


 受け取った銅鏡を裏返して見てみた。

 銅鏡の裏には紋様や生き物が刻まれていた。民俗資料館に入ってから展示物と銅鏡を見比べてみて、凜理はハッとした。


「展示物にも似たようなもんがある」

「そうだろう! オレはこの銅鏡が古墳から発掘された物だと考えている!」

「発掘って……でもこの銅鏡はずいぶん前の物やないのん?」

「そうだ。オレの先祖が古墳群のどれかから掘り当てた物に違いない」

「それって……盗掘やん」

「失敬な。オレの先祖を悪く言うな。借りただけだと思うぞ。それも鵺を封印するという大儀のためにな」

「大義名分って、屁理屈やなぁ。お墓を暴くって縁起でもないやろ。祟られるで」

「それはない。現に我々芦屋一族は祟られてないではないか!」

「そりゃそうやけど……」


 なんだか納得いかない凜理だったが、確かに銅鏡を盗掘したにもかかわらず、芦屋家も薙野家も祟られていない。

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