第4話

 風呂から上がり、凜理の部屋に戻ると竹子が前もって布団を敷いてくれたらしく、すっかり寝支度が整っていた。


「あとで礼を言わねば……」


 布団の上に座り込むと本棚にあるマンガ本を手に取り、表紙を眺めつつ、


「このような低俗な物で喜びおって……」


 などとつぶやいていたが、そのうち夢中になって読みふけり始めた。




「満夜……満夜ったら……おーい、満夜」


 凜理に何度か呼ばれて、やっと我に返った満夜の傍らにはほぼ読み終わったマンガ本が数冊置かれていた。

 顔を上げた瞬間、満夜の顔がぼっと赤くなる。

 長い髪を束ねてポニーテールにし、さっきまで着ていたフード付きふわふわパーカーに、すらりとした足が目立つタオル地の白い短パンをはいている凜理が立っていた。

 しかも、凜理の香りはまさに自分が今させている香りと同じで、そのことを含めて考えると、知らずとは言え、満夜は凜理と同じボディーソープとシャンプーを使っていたことになる。


「これはしたり」


 複雑な思いで、今まで読んでいたマンガ本をいそいそと本棚に戻した。


「読んでてええのに」

「いや、このような物はオレの深遠なる知識の邪魔になるだけだ。オレに必要なのはこの世の謎を読み解く摩訶不思議な知識と教養なのだ」

「意味がわからへん」


 一笑に付されても、満夜は気にしない。いつものことだからだ。

 凜理がフード付きパーカーを脱ぎ、水色のストライプ柄の半袖シャツ姿になった。ベッドに潜り込んだあと、念を押すように満夜に話しかけてくる。


「明日は朝から特訓や。うちが出す例題を解くこと! うちも勉強になるし、満夜にはちょうどええやろ」

「うむ」


 電気を消し、満夜も布団に入る。そうすると、なおさらボディーソープのいい香りがして落ち着かなくなって、十二時を回るまで眠れない満夜であった。




***




 なんだかんだと無事に中間テストは終わり、採点されたテストが戻ってきた。

 慣例の「赤点を取ったもの」をつるし上げる行事に含まれることなく、満夜は見事及第点が取れた。


「満夜、良かったやないの」


 休み時間に凜理に言われた満夜は、不敵の笑みを浮かべる。


「ふ、ははははは——!」

「な、なんやの」

「このオレの真の力を見たか! その気になれば世俗の勉学すら物にすることができるのだからな!」

「何言うてるの。うちの点数の半分のくせに」

「むう」


 満夜が不機嫌そうに顔をしかめると、ふんわりとあの夜の香りが鼻をかすめて、落ち込んだ気持ちを和らげた。


「それでもオレの今までの点数からすれば雲泥の差!」

「まぁね。白山さんもいい点取れてればええね。これでうちら三人の点数が悪かったりしたら、満夜、オカルト研究部とか言うてられへんくなるよ〜」

「ぬうう」


 痛いところを突かれた満夜はうめき、悔し紛れに叫んだ。


「オカルト研究は、世俗の勉学とは根底から成り立ちが違うのだぁ!」




 こうして季節は夏を迎えようとしていた——。

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