第2話

「それにこれを見てみろ」


 そう言って銅鏡の背面の生き物を指し示した。


「それがどないしてん」

「これは鵺だ! 鵺はこの古墳ができたときから存在し、この平坂町一帯を恐怖に陥れていたのだ!」

 ——恐怖とは失敬なことを抜かすな。


 いきなり銅鏡がしゃべった。


「久しぶりに声を聞いたかというと自己弁護か」

 ——おまえは誠に生意気なわっぱだ。この平坂の民は遠い昔からわしを力ある存在だと見なしておった。だから銅鏡にもわしの姿を刻み込んだのだ。

「この平坂町の人間がか! ではなぜキサマは封じられたのだ。おかしいではないか!」

 ——おかしくもなんともない。それは平坂を侵略した一族がわしを脅威と見なしたからだ。

「侵略……」

「今で言う天皇家の一族がってこと?」

 ——端的に言うとそうなる。平坂の民はわしを信仰の対象としていた。しかし、侵略してきた人間たちは自分たちの神を我らに押しつけ、わしを脅威と見なしたのだ。

「古墳時代から平安時代頃までキサマが平坂に君臨していたと言うことか」

 ——いや、その間にわしは神からあやかしにとされてしまったのだ。

「信仰を失った神は妖怪になってしまうと言うのは聞いたことがある。そのようなものなのか……」


 それはそれで可哀想な話だが、しかし! 鵺は都を荒らし民草を恐怖に陥れた元凶なのは確かだ。


一分いちぶの哀れみの余地もないぞ。たとえ古代では神であっても今は邪悪なあやかしではないか!」


 正義の名の下に——! と言いかけたとき、学芸員のおばさんが声を掛けてきた。


「あなたたち、ちょっと静かにしてくださいね。ここは遊び場じゃないんですから」

「すみません」


 凜理が慌てて頭を下げた。


「ほら、満夜も謝り」

「すまなかった」


 おとなしく謝ったことで追い出されずに済み、満夜はほっとした。


 ——おまえの先祖、わしを封じた男もおまえとよく似たやつだった。民草の英雄になろうとしてわしをあやかし扱いしておった。

「現にそうだろう」

 ——確かにわしは神ではなくあやかしにまで身をやつした。しかし、わしが全て悪いと申すか。


 鵺に食い下がられて、満夜はむきになってさらにたたみかけようとした。それを凜理が止める。


「満夜、この土地は元々鵺のものだったってことや。でもこの土地を奪うために侵略した一族は邪悪やなかったん?」

「む……確かにそうだが……」

「侵略されて死んだ人もぎょうさんおったんやないのん?」

「それは……」

「だから、鵺だけを責められへんのやないの?」

「ぬう」

 ——小娘はわっぱほど愚かではないようだ。

「小娘言うな。やっぱり鵺は悪もんや」

「それはさておき」


 いきなり満夜が己のチャンネルを変えて口を挟んだ。


「キサマの銅鏡、一体どこから持ってこられた物なのだ?」

 ——この銅鏡はおまえが推察したとおり、この場所から出たものだ。

「やはり……オレはこの古墳には遺体は埋葬されてないと思っている。もともと、何かを封じているのではないか?」

「封じてるて?」

 ——そうだ、勘の鋭いわっぱだ。この場所にはイザナギの勾玉が埋まっているのだ。

「イザナギの勾玉だと!?」

 ——その勾玉ならば、八束の剣の場所まで無事に行くことができる。

「なんだと……!」


 思いも寄らないことを告げられて、満夜は目をヒン剥いた。これこそ満夜が求めていたアイテムではないか!


 ——勾玉のある場所に案内できるのはわしだけだ。

「なに!? では、今すぐその場所を教えるのだ」

 ——その前に約束をしろ。

「約束だと?」


 あやかし風情と約束を交わすなどいかにも危ない橋を渡るような物だ、と思ったけれど、満夜は自分の欲に勝てなかった。


「わかった。約束しよう」

 ——勾玉でわしの封印を解くのだ!

「なんだとおお!?」


 満夜は思わず大きな声で怒鳴ってしまった。

 案の定、学芸員が来て、二人はこっぴどく叱られた上、民俗資料館から追い出されてしまったのだった。

 二人は追い出されてしまった資料館の建物を見上げる。


「参った。この中に勾玉があったらそれを手に入れたというのに」


 満夜の不穏なつぶやきを凜理が突っ込む。


「アホか! そないなことしたら警察呼ばれるで」

 ——安心せい。あの中には勾玉の気配はしなかった。それどころか皆偽物よ。

「偽物だと!?」

「そういえば、ああいう貴重な物はみんなレプリカを作って展示するって聞いたことあるわ」

「そうだったのか……ではどこかに本物が隠されていると言うことだな」


 満夜が顎を撫でながら考え込んでいると、凜理がひらめいた。


「発掘した大学の教授が持ってるかもしれへんで。こういうのは研究材料やろ?」

「おお、でかした、ねこむすめ! では大学に行くとするか」

「ここで大学言うたら平坂大学やないかなぁ」


 平坂町は広い。山に囲まれているというのもあるが、小中高校大学までの施設が平坂町周辺に集まっている。大学は千本鳥居の方向にあった。ただ距離が遠いのでバスを使わねばならない。


「でも、確か夏はオープンキャンパスがあったと思うねん。ちょうど満夜の志望する民俗学の教室も見て回れるんやないの? しかも古墳を研究してるのはそういう学部やと思うし」

「民俗学を志望しているわけではないが、いいところに目を付けたな。褒めてつかわすぞ」


 偉そうに凜理に向かって言うと、バス停に向かってスタスタ歩き出した。


「ちょ! ちょっと待ち、満夜! もう放課後やから大学のオープンキャンパスやってないんちゃう?」

「ん? そうか……これは気持ちが先走ってしまってうっかりしていた。では今度の土曜日にでも平坂大学に行くとするか」


 それまでに菊瑠と連絡を取り合って、三人で大学に行くことで決着がつき、二人は家路についた。




「ただいまー」


 凜理はリビングに入り、疲れたーと言ってドサリとソファに座り込んだ。


「おかえり、お茶でも飲む?」


 台所から美千代が声を掛けてきた。


「自分で入れるからええで」


 隣に座る竹子に、


「竹子おばあちゃん、聞きたいことがあんねんけど」

「なんや?」

「白水川って知っとる?」

「ああ、知っとるよ。新興住宅地にするいうて暗渠にしてもうた川やろ。昔はあそこでよう遊んだで」

「そんなに綺麗な川やったん?」

「そりゃ綺麗な川やったで。元々真名井からの湧き水の川やから、神聖な川や言われとったんやけどな。区画整理言うんか? あれで埋め立ててしもうたんや」

「そんな、もったいない」

「うん。あれで九頭龍神社は廃れた思うねん。神さんも怒ってはるんやないのん? 真名井を潰さんかっただけましなんかもしれへんなぁ」


 竹子がしみじみとつぶやいた。


「九頭龍神社ってそんなに廃れてるの? でも綺麗やで」

「今禰宜さんがいてはられんねん。氏子さんだけで管理しとんねん」

「そうやったんか……じゃあ、神さんも怒らはるなぁ」

「それでも不思議なことに祟ったりせぇへんのや。うちなら祟るけどな。ちゃんと祀れぇ言うて」


 竹子がふざけて恐い顔をして見せた。

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