第5話

「何か聞こえませんか?」


「なんだか不気味です……こんなところに本当に八束の剣があるんでしょうか?」


 もっともな意見だ。以前ねこむすめのクロが教えてくれた情報を疑う術はない。普通なら、わからないと正直に答えたほうがいいものを。


「ある! オレにはビンビン感じられるぞ。この銅鏡、ねこむすめセンサーが、ここには確かに剣があると指し示している!」

「根拠はにゃあけど、うちには見えるにゃ。八本目の鳥居の根元に剣が埋まっているのが」

 ——その娘の言うとおりだ……わしにもここのどこかに八束の剣が眠っているのを感じる……。

「わ! 銅鏡がしゃべりましたよ、芦屋先輩!」

「驚くな白山くん。説明がまだだったな、この銅鏡には知性が宿っているのだ」

 ——わしをうつけのように抜かすな、わっぱ!

「とにかく、通りゃんせを歌わないと八本目の鳥居にはたどり着けないにゃあ」

「そうだな。そろそろ本腰を入れるぞ!」


 三人はゆっくりと呪歌を唱えながら、鳥居をくぐり抜けた。


 通りゃんせ 通りゃんせ


 と歌ったところで、三人の足下がぐにゃりと柔らかくなった。


「ぬ!? ここの地面は固かったはず」


 満夜が立ち止まって調べようとするが、先を進む凜理に引っ張られて調べることができない。


 ここはどこの細道じゃ


 今度は空間に生ぬるい空気が漂い始めた。まだ梅雨でもないのにムシムシしてくる。


 天神様の細道じゃ


 そろそろ八本目にさしかかる頃、この子の七つのお祝いにの歌詞に差しかかった。


「ここじゃないのか」

「おかしいにゃ」

「先輩、前前!」


 菊瑠が前方を指さした。

 三人が前を向くと、赤い鳥居が並んでいるのが見えたのだが、その鳥居が終わりなく続いているではないか!

 気付けば、自分たちが八本目の鳥居だと思っていたものは、何かわからない赤い物体のトンネルで、ぬらぬらと赤く濡れていた。


「これが神隠しか!」


 全てを理解したとでも言うように、満夜が拳で手のひらをぽんと叩いた。


「しかし、八本目の鳥居と言うことなのだから、このへんなものは鳥居には入らない。本物の鳥居を探さねば!」


 満夜が前に進み出したとき、後ろを見ていた凜理が満夜に話しかける。


「後ろにも鳥居が続いてるにゃ。どれが本物の八本目の鳥居かわからないにゃ」


 満夜も後ろを見ると、今まで通り過ぎた七本の鳥居以外にも、朱色に塗った鳥居が延々と続いているではないか。


「迷宮か、ここは!」

 ——この空間はわしも知っているぞ。ここは異界。わしが封じられている世界でもある。

「そんな説明は今は役に立たん! ロープをたどって元の世界に戻るべきだ」

「満夜がまともなこと言ってるにゃん」

「異界に迷い込んだとき、元いた世界と時間の流れがおかしかった。早くここから出るべきだ」


 三人が腰に結んだロープの片側を持ち、ロープに沿って歩き出したとき、背後からバタバタと音が聞こえてきた。


「なんにゃ!?」


 振り向くと、灰色の巨大な人型が鳥居をくぐって追いかけてきていた!

 長い黒髪を振り乱す目も鼻もなく、ぽっかりと顔に穴が開いた灰色の何かは遙か背後の鳥居をくぐり、徐々に近づいてきている。


「あれはなんなのだ!?」

「満夜にもわからないものがあるにゃあ」


 クロが変に感心している。


 ——あれはヨモツシコメだ。あれに捕まれば、黄泉に連れていかれてしまうぞ!


 三人は鵺の言葉を聞いて、一斉に慌てて走り出した。


「……芦屋先輩、薙野先輩、はぁはぁ」

「なんだ、白山くん……ぜえぜえ」


 足の遅い満夜と菊瑠を、先頭を素早く走る凜理が引っ張ってくれているが、なにせ二人とも体力がついていかない。

 二人とも汗だくで息を切らし必死で走っているところに、菊瑠が話しかけてくる。

 後ろにはヨモツシコメが猛烈な勢いで追いかけてきており、あと数メートルのところまで来ている。


「あの……はぁはぁ……」


 と言って、菊瑠は腰に結わえてあるロープを見せた。


「今はロープを見ている場合じゃないぞ、白山くん! ぜえぜえ」

「でも、これ、まずくないですか? はぁはぁ」


 菊瑠が見せたロープの端はすっぱりと切れてなくなっていたのだ!

 満夜が目をヒン剥いて先を行く凜理に呼びかけた。


「まずいぞ、凜理! ロープが切れている!」


 ナイロン製のロープは刀で切ったように切断面がなめらかだった。


「ふにゃあ!?」


 事態を把握した三人は足を止めることもできず、永遠に続く鳥居をくぐり続けた。


「ふぬうう」


 満夜はうなりながら、担いでいたボストンバッグをあさり始めた。途端に三人の足取りが遅くなる。


「何してるにゃん、満夜! 逃げるにゃん」

「おお、あった!」


 バッグから何かを取り出した満夜が後ろめがけてそれを投げつけた!


 ばらばらばら————!


 細かな粒が石つぶてのようにヨモツシコメの体に当たったと思ったら、あれほどものすごい勢いで追いかけてきていた怪物が足を止め、しきりに足下を気にしている。


「今のうちだ! 行け!」


 三人はさらに先を走り出した。けれど鳥居は途切れる気配がない。


「切りがないな……おい、鵺! 何かアイデアはないのか!?」

 ——剣を探すのではないのか?

「剣を探すどころじゃなくなった!」

「ここから出る方法を教えるにゃ」

 ——うむ。我が力が必要と言うことだな! では生き血を!

「生き血などなぁーい!!」


 満夜が叫んだ。


「通りゃんせはトンネルをくぐり続ける限り、続く細道だ! ならば、自ら鳥居から脱線すればいい!」

「むちゃくちゃ理論だにゃん!」

「おまえ達行くぞ」


 といって、満夜が先頭切って鳥居のトンネルから脱した。

 あっという間に辺りは真っ暗になり、ねっとりとした空間が定かではなくなった。冷たい塊が周りを覆い、息が急にできなくなったと思ったら、いつの間にか三人は水の中にいた。

 満夜と菊瑠がもがいている横で、凜理だけが冷静に三人をつなぐロープを握りしめた。


『行くにゃん……! 上へ行けば、出口があるにゃん!』


 凜理の頭の中からクロの声が響いて聞こえてくる。それで平静を保っていられるのだ。

 頭上を見上げると丸い白く光るものがあった。凜理はそれめがけて、水を蹴り、浮かび上がった。




 ぷっはああああっ!!




 ザブンと音が響き、三人は水面から顔を出した。浸かっている水がキンキンに冷えていて、歯の根が合わない。

 急いで岩を掴んで水から這い上がると、辺りをキョロキョロ見渡した。そこはどうやら神社のようだった。

「寒い!」

「ふくしゅん」


 口々にくしゃみをしながら、三人は地面に座り込んだ。水の中に比べて暖かな気温にほっとする。それでも風邪を引きそうなくらいに寒い。


「ここはどこやろ?」


 クロが引っ込んでしまったのか、いつもの口調で凜理が言った。


「うむ……」


 満夜が立ち上がり、今し方這い出てきた岩場の水を観に行き、傍らにある看板を見た。


「ここは真名井まないだ。九頭龍くずりゅう神社のようだぞ」

「え! うちら、さっきまで千本鳥居にいたはずじゃ? なんでこんなところに」


 九頭龍神社は千本鳥居から東に約二キロ離れている。


「真名井と千本鳥居の異空間が何らかの形で繋がっていたのだろう……それにしても使えん銅鏡だ」


 罵られた銅鏡は拗ねているのか怒っているのかうんともすんとも言わない。

 三人は仕方なく、荷物を置きっぱなしにしている千本鳥居に戻ることにした。

 道すがら、凜理が不思議に思っていたことを満夜に訊ねた。


「なぁ、満夜がヨモツシコメに投げたあれってなんやの?」

「米だ!」

「お米? なんでお米でヨモツシコメが追ってこなかったん」

「それはお米の数をヨモツシコメが数えていたからです」

「よく知っているな、白山くん!」

「イザナギ様がイザナミ様から逃げるときに、同じようにヨモツシコメに追いかけられました。そのとき、イザナギ様さまは櫛を投げつけたんです。ヨモツシコメは細かなものや編み目のものの数を数えないと気が済まない存在なんです」

「一握りの米だからけっこうな数だったと思うぞ」


 二人は胸を張って凜理に説明した。


「たまには満夜のオカルト知識も役にたつんやなぁ」

「そうだ……これを貼っておけ」


 魔除けの札が外れた二人の額に、満夜がバッグから取り出した別の札を貼り付けた。


「な、なんやの」

「これなんですか?」


 二人がうろたえているのを、満夜がニヤニヤしながら眺めてから自分の額にも貼った。


「よくできた風邪除けの呪符だろう。これで三人とも風邪を引かずに済む」


 転んでもただでは起きない満夜であった。

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