第4話
「さて、ずるずる……通りゃんせをする準備をするぞ」
鼻をすすりながら満夜が凜理の手を取った。
「な、なんやの」
「何を驚いている。今から通りゃんせをするのだから手くらいつなぐだろ……そうだ、忘れていた!」
満夜が担いだボストンバッグから三枚の札を取り出した。
「これだ!」
「なんやの?」
「魔除けの呪符だ。何かあったときはこれがおまえたちの身を守るだろう!」
「ほんまかいな……また風邪除けの札やないの?」
といいつつも、凜理と菊瑠は素直に札を受け取った。
「これどうするのん?」
「こうするのだ!」
べたっと満夜は自分の額に札を貼った。
その姿を凜理がじとーっと見る。
「恥ずかしゅうないのん?」
満夜の後ろで躊躇なく額に札を貼っている菊瑠がいる。
ためらっていた凜理もそれを見て、しかたなく札を額に貼った。
すると再び満夜が凜理の手を取る。
「では最初は白山くんだ」
「なぁ、呪歌やのに、遊ばなアカンもんなん?」
「形式上やっておいたほうが良くないか」
満夜はそういうけれど、凜理はそんなことをしなくても充分この鳥居にはその力があるように感じた。
「では、今からオレたちが通りゃんせを歌う。白山くんはオレたちの作るトンネルをくぐるのだ。歌い終わるまでにくぐり抜ければ、もう一度繰り返して、腕で作った輪にはまるまで続けるのだ」
準備を整えて、二人が歌い始めた。高々と上げた腕の下を、菊瑠がくぐっていくのを繰り返した。
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの細道じゃ
天神様の細道じゃ
ちっと通してくだしゃんせ
ご用のないもの通しゃせぬ
この子の七つのお祝いに
お札を納めに参ります
行きはよいよい 帰りは怖い
恐いながらも
通りゃんせ 通りゃんせ
「………………」
菊瑠は輪には嵌まらずやり過ごした。
三人はじっと黙ったまま周囲の様子に耳をこらして身構えたが、何事も起こらなかった。
「なんも起こらへんやん……」
凜理の言葉に満夜がうなる。
「ぬうう……何かやり方が違っていたのだろうか……」
そこに菊瑠が口を挟んだ。
「あのー……わたしたち、まだ千本鳥居の中に入ってませんよね?」
「ふおっ!?」
「ほんまや」
三人は千本鳥居の前にいるだけで、千本鳥居の中では呪歌を唱えていなかった。
「これは抜かった……」
おおげさに満夜が額を叩く。
幾重にも連なる赤い鳥居を満夜は見据える。そして思いついたように言う。
「そうか……これは鳥居と通りゃんせをするのだ。七つのお祝いが八つ目の鳥居、八束の剣のありかに違いあるまい。歌い終わるときには我々の手には八束の剣が!」
「ちょい待ち。行きはよいよい、帰りは怖いんやったら、そう簡単に手に入るもんなんやろか」
「そうですよね。また変な物が出るかもしれないですし……」
菊瑠も不安そうだ。
「変な物は出ない」
「どうして断言できるのん」
満夜の自信満々な言葉に、凜理が首をかしげた。
「忘れたのか? ここで通りゃんせをすると神隠しに遭うというのを」
「ああ、そういえば、竹子おばあちゃんが教えてくれた……」
「と言うわけで! これをおまえたちに付けてもらいたい」
満夜が担いだボストンバッグからロープを取り出した。
「これを腰に結んで、みんなで鳥居と通りゃんせをするのだ」
「でもみんなにロープつけたらみんな神隠しに遭うんやないのん?」
「ロープの片方の端は鳥居に結びつけるつもりで長いものを持ってきた」
束になったナイロン製のロープを満夜は凜理に見せた。
「てゆーか、満夜は神隠しに遭う気満々な訳やな」
「八束の剣がこの世にないのならば、神隠しの世界にあるに違いないと踏んだのだ!」
満夜は自分とみんなの腰にロープを結んだ。
凜理は前方にある千本鳥居を見やる。
歌い終わる前にくぐり抜けられそうな程数が少ないが、確実に七本の鳥居があるのは間違いない。全部数えたら十二本あった。
「なぁ、八本目の鳥居って、こっちから八本目なん? あっちから八本目なん?」
「むぅ。ねこむすめセンサーはなんといっている」
「クロちゃんか? 今日はまだ出てきぃへんな」
「オレの銅鏡もまだ熱くない」
「今日はハズレの日なんやないの?」
「ハズレとはなんだ」
「そのー、なんも起こらん日」
「ふぬぅ、そんなはずはない。もし今日何も起こらねば合宿や実験の意味がないではないか!」
「そしたら帰ったらええんとちゃうん」
突然、くいっと腰のロープを引かれて、満夜は振り返った。
菊瑠がちゃっかり、ロープの端を鳥居に結わえている。ちょうちょ結びだ。
満夜がぐいっと引くと、簡単にするりとロープは解けた。
「これはもっと固く結ぶべきだ、白山くん」
「はい、固結びですね」
菊瑠がニコニコしながら、柱とロープを固結びした。
「見ろ、凜理。白山くんは非常にやる気があるぞ。おまえも見習うのだ!」
「白山さん、満夜のいうこと、間に受けんでもええからね」
「でも、八束の剣を見てみたいです。それに芦屋先輩と薙野先輩がいれば大丈夫だと思いますし」
それを聞いて、満夜が誇らしげに胸を張る。
「聞いたか、凜理。これぞ後輩の鑑だ」
「うちは後輩やあらへんで。それで通りゃんせはするのん?」
「やらないでか!」
戦闘を凜理、しんがりを守るのは菊瑠。懐中電灯で先を照らしているのは満夜である。三人一緒に鳥居をくぐった。
「お、銅鏡が赤く輝いてきたぞ」
満夜がポケットから銅鏡を出した。
「ふにゃにゃ……」
凜理も耳を押さえて、鼻をピクピクさせている。
「しかし、お互いこの間のような激しい変化はないな」
「そうだにゃん」
凜理のほうは徐々にクロが表に出てき始めているようだ。
一本、二本とくぐるに連れて銅鏡と凜理の変化が目立ち始めた。
「バンダナを付けたほうがいいぞ」
「にゃあ」
耳がピンと立っているのを見て満夜が銅鏡の鏡面を見つめながら忠告した。
凜理はスカートのポケットから赤いバンダナを出して頭を覆った。
銅鏡からも低い地鳴りのような唸り声が聞こえてくる。
——うるるるるる……。
菊瑠がキョロキョロしながら言った。
「これのことか」
満夜が菊瑠に鏡面を見せた。
「これ……」
菊瑠が目を丸くする。
「音声付きなんですか?」
「音楽プレイヤーか何かと間違ってないか。これはだな、鵺を封じ込めた銅鏡なのだ。しかも封じたのはオレの先祖なのだ!」
「ぬえが封じ込められてるんですか!」
「そうだ、鵺だ!」
鏡面を見せつけられながら、菊瑠が首をかしげる。
「ぬえってなんですか?」
「鵺とは、頭が猿、胴が狸、足が虎、蛇の尾を持つあやかしなのだ」
「わー……気持ち悪いですね……」
凜理が目をぱっちりと開いて闇を見透かしながら前を進むので、その後ろを行く二人も引っ張られてよたよたと前を進んだ。
あっという間に十二本目の鳥居をくぐり抜け、三人は後ろを振り向いた。
町外れにあるとはいえ、えげつないほどの暗闇である。その中で、満夜が照らす懐中電灯の明かりに照らされて、赤い鳥居だけが暗闇の中からぼうっと浮かび上がって見えた。
神隠しにあったり、怪かしに遭遇したりする前に、先に幽霊に遭いそうな予感がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます