6 閑話休題 中間試験をやりすごせ!

第1話

 一年生が学校になじんだ頃にやってくる中間試験。もちろん満夜たちにもそれはやってくる。

 今日も今日とて、小テストで赤点をとった満夜は教室に残されて課題をやらされていた。

 グラウンドからは部活動の声が聞こえてくる。

 その声を聞きながら、満夜は解けもしない課題をミミズのような字で落書きして時間をやり過ごしていた。


「そんなんじゃいつまで経っても帰られへんよ」

「うるさいな。このような計算などオレの将来に何の恩恵ももたらさないから解けずとも何の差し支えもない」

「しょうもな。強がっても問題は解けへんで。うちが見たるから貸してみ」


 満夜はこの申し出を受けるべきか否か、迷うっているようだったが、すっと課題の用紙を凜理に差し出した。


「なんや、これ、一年のおさらいやないの。なんでこれが解けへんの」

「オレは過去など顧みない男なのだ!」

「何をいばっとるのん。白山さんに笑われるで」


 ぎっと椅子をきしませて凜理が満夜の席の前に座り、体を満夜の方に向けた。

 鞄からシャープペンシルを取り出し、課題の説明を始める。

 青みがかった黒髪を耳に掛ける仕草がとても女の子らしくて可愛い。

 最初は真面目に聞いていた満夜だが、次第にうなり始めて、頭をかきむしった。


「なぜ、みんなこれがこれからの己の生活や才能に関係があると思うのだ! オレは術や呪文を完璧に身につけた天才だぞ! 古文書だって少し読める」


 満夜のやけっぱちな様子を呆れて眺める。


「満夜、いくら呪文が唱えられても、卒業でけへんかったらしょうもないやん。それに来年は三年やで? 満夜も大学進むんやろ? 塾だっていかなアカンくなるし」


 満夜の家は裕福だから、何か不自由した覚えもない。だから当然大学の話になれば「行くんでしょ?」という空気が流れる。だが、それが満夜には苦しい。

 大学に行き、いずれ就職する。そうすれば、満夜の野望、術師になるという目的が果たされない。


「そんな平凡な人生は歩まん」


 精一杯の強がりを言ってみたが、説明を続ける凜理には無視された。


「満夜が術師になりたいんやったら民俗学を教えてくれそうな学部のある大学がいいと思うねん。今頑張れば、高校の内定で行ける大学もあるで?」

「ぬう」


 満夜も凜理の言い分は理解できる。いつまでも「勉強したくない」とは言ってられないのも事実だ。

 それよりもオレは……。

 満夜はついこの間の事件を思い起こす。

 千本鳥居での命がけの事件。ヨモツシコメと呼ばれる不気味な化け物に追いかけられて命からがらに逃げ出した。

 結局、真名井から異空間を脱出できたわけだが、あのまま捕まっていたら満夜たちは黄泉に連れていかれていたことだろう。

 ヨモツシコメを前にすると、恐怖のほうがまさってしまって、稲妻もねこむすめも意味をなさなかった。


「それもこれも八束の剣がなかったからだな……」


 ぼそりとつぶやくと、凜理が恐い声でうなった。


「みーちーやー。うちの話を聞いとるの!? このままじゃ来週の中間試験、ほんまにやばいで!」

「それはわかっている。だが、テストよりも重要な研究が俺にはあるのだ!」


 八束の剣を手にするにはヨモツシコメと対峙できる武器が必要だった。それがわかるまでは八束の剣のことはおあずけだ。

 しかし——。

 本当に八束の剣で自分のオカルト研究は終わりなのだろうか? いや、そうではない。そこから始まるのだ!


「剣に繋がる全てのことがオレにとっては研究課題になる! こんなところでぼさっとしていては時間がもったいない。と言うことだから、この課題は凜理が解いてくれ」

「何言うてんの! このドアホ!」


 満夜の後頭部を凜理の手がはたいた。

 このあと、満夜はしぶしぶ、それでも出血大サービスに答えを教えてくれる凜理の言うとおり課題を埋めていき、それを提出した。




***




 金曜日の放課後、いつものように満夜の教室に凜理がやってきて言った。


「満夜、今週末は勉強会や。一夜漬けになるけどなんもせぇへんよりましやろ」

「勉強会だと? 今週末は古墳を視察に行くのだが」

「視察やなんてそんなたいそうなことやないやろ。それに今週末だけでも勉強せぇへんかったら進級できへんよ」

「ぬぅ」


 満夜も確かにここで赤点を免れなければやばいとわかっている。大体今まで真面目に勉強する力を全て父親の残した文献や古文書を読み解くのに使ってきたのだ。頭が悪くて成績が悪いわけではない。


「二年を頑張ればあっという間に三年や。三年になったらあとは受験だけや」

「勉強ばかりではないか!」

「あのな、学生の本分は勉強やで。みんな、満夜みたいにオカルト三昧やないの。好きなことを今は少し我慢して勉強してるんや」

「それは危急の事柄ではないからだ。オレの調べていることはこの平坂町の存続に関わることなのだ。それは、この間の千本鳥居のときに思い知っただろう!」


 そこまで言われると、凜理も黙らざるを得ない。確かにあのとき、凜理は命の危機を覚えた。クロの力も発揮できず、見事なまでに逃げまくった。悔しい思いはないけれど、あんな物がこの町に存在していることだけは認めないといけない。


「ヨモツシコメだ。あれを倒さねば、八束の剣は手に入らない」

「それなんやけど、八束の剣を手に入れてどないするん」

「それは当然、鵺を再び封印し、平坂町の謎を全て明かし……」


 と、ここで満夜の言葉が途切れた。どうもそれ以上先のことは何も考えていなかったらしい。


「ほんまにくだらん! ほら、うちの家に来る準備するよ!」

「待て! 危機は我々を待ってくれん! 早々に解決しなければならんのだぁ!」

「はいはい」


 満夜の首根っこを掴んで、引きずるように凜理は満夜を引っ張っていった。




 満夜とイザナギ神社に行く途中、ばったりと菊瑠に出会った。


「あれ、先輩たち」

「白山さん、元気にしてた?」

「はい、風邪除けのお札のおかげで凄い元気です!」

「それは良かった……」

「今からまたオカルト調査ですか?」

「ううん、中間テストの勉強会をするんよ」


 満夜は元気なくうなだれていたが、菊瑠の言葉を聞いて目を輝かせた。


「白山くんはよくわかっている! 中間テストなど世俗のことなどよりもオカルト調査のほうが高尚で世のためになる。ここで凜理とは別れて一緒に古墳に行かないか」

「アホなこといわんといて! 満夜はうちと勉強するの!」


 それを見ていた菊瑠がニコニコしながら、二人に言った。


「わたしも勉強会に参加してもいいですか?」

「え? ええけど……白山さん一年やん」

「わからないことがあったら、薙野先輩におしえてもらおうかと思って……」


 殊勝なことを菊瑠が言うのを聞いて、凜理も悪い気がしない様子だ。


「ええよ。じゃあ、うちに来て」

「はい、あの……社務所以外から上がれますか?」

「うん。裏にも玄関あるからそこから上がったらええよ」

「よかったぁ」


 あからさまにほっとした様子で菊瑠が胸をなで下ろしている。


「そんなに神社がダメなん? でも千本鳥居は良かったやん」

「うーん、何ででしょう。でも九頭龍神社は平気だったですね? 真名井が鳥居の外にあったからでしょうか」

「そういやそうやな。まぁ、難儀やなぁ」


 菊瑠とも別れて、凜理は満夜を連れて家に帰った。




「ただいまぁ」


 凜理の後ろから満夜がついて玄関から家の中に上がっていく。ダイニングに一緒に入って、竹子と美千代に挨拶する。


「お邪魔する」

「こんにちは」


 相変わらず偉そうに挨拶するが、美千代はそんな満夜にはなれているのか、にっこりと微笑んだ。


「ゆっくりしていきや」


 竹子が新聞から顔を上げて声を掛けた。


「うむ」

「勉強道具は貸したるから、満夜はうちの部屋に行って」


 促されて、満夜はとぼとぼと気乗りしない様子で二階にある凜理の部屋に行った。

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