第2話

「いや待ってや。宿命なのは満夜だけやないの。巻き込まんどいてぇな」

「何をぉ!? おまえはオカルト研究部の戦闘部員! 秘密兵器だ。戦わずして何をするのだ!」

「戦闘部員ちゃうわ!」

「オレの魔の力が予想以上に弱かったこと以外、全てはオレのもくろみ通り。この調子でどんどん平坂町の謎を解いていくぞ」


 満夜が凜理をおいてけぼりにして力説していると、どこからともなく声がした。

 低く地を這うような声……。


 ——わしの力が弱かったのは、おまえの血がほんの少しだったからだ。


 どことなく憤慨している。


 ——黙って聞いていれば好き勝手に言いよって。

「な、なんやの!?」


 驚いた拍子に凜理の頭から黒い耳がポロリする。学校にいる間はバンダナを付けられないのでカチューシャを装着しているためか、かろうじて猫耳カチューシャとしてごまかせているのだ。


「おお、やはり崇徳天皇の怨霊か」


 待ってましたとばかりに満夜が銅鏡を持ち上げた。


 ——わしは崇徳院などとは言っておらぬぞ。

「では、なぜキサマはあれほど入念に封印されていたのだ!? 祟るからではないのか?」

 ——祟るとも言っておらぬぞ。封印は心外ではあったがな。

「先祖代々、キサマを崇徳院の怨霊のかけらと信じて封印してきた我ら芦屋家は……得体の知れないものを封じてきたというのか!?」

 ——得体の知れぬとは聞き捨てならぬ。わしは怨霊ではないが、力あるあやかし、鵺なるぞ!


「ぬえ……」

 ——鵺を知らぬのか……。


 ややがっかりした感じで銅鏡がしゃべる。


「いや、知っているぞ!」


 がっかりしたのはこっちだとでも言うように、満夜は鼻息も荒く答えた。


「その昔、清涼殿に現れしあやかしだろう!」

 ——その通りだ。わしは体を細切れにされておまえの先祖がいる場所に封印された。しかし、封印は完璧なものではなかったため、復讐せんと都を目指していたところを、おまえの先祖に捕らえられた。力を与えようとしたが話も聞かずにこの銅鏡に封じられたのだ。おまえのように話を聞かぬやつだったわ。

「オレほど話を聞く人間はいないぞ。現にキサマの声に応えたではないか!」


 満夜は鵺の失礼な物言いに憤慨した。


 ——いいや、聞いておらぬ。わしが封印を解かれるには大量の血が必要だと申したはず。

「生け贄などもってのほかだ! キサマにはオレの貴重な血を与えたではないか!」

 ——たったの一滴だがな。それに見合った力を与えただけだ。不満があるなら手首を切って血を寄越せ!

「誰がそんなことをするか! この強欲な化け物が!」


 その言い争いを、凜理はぽかーんとした顔で見ていたが、ハッと気付いたように顔を引き締めた。


「こんな壁の薄い場所で血をよこせとか手首切れとかいわんといて! だれかに聞かれたら大変や」


 その途端、ガラッと引き戸が開いてお札がはらりと床に落ちた。


「おや? 今日はたくさんおると思ったけど、いつものメンバーだね。遅くなる前に帰んなよ」


 と言って、用務員のおじさんは満夜の背後にある箒をとって引き戸を閉めた。


「ぬおおおおおお!」


 悔しそうに満夜が叫んだ。


 ——なぜこいつは大声を出しているのだ。


 銅鏡の言葉に、凜理は首を振る。


「満夜のへっぽこお札が全く効果を発揮せんからや」

「へっぽこ言うなぁ!」

 ——その呪符をわしに見せてみろ。


 鵺の言うとおり、床に落ちた札を拾い上げて銅鏡に見せた。


 ——ほう……。見事な……。

「見事だと?」

 ——風邪除けの呪符だ。

「へぇ、通りで満夜は風邪引かんて思うた」

「風邪除けだとう!? 今まで密室の呪符だと思っていたのに!」


 風邪除けになど用はない! とでも言うように拾い上げて手に持っていた札を床にたたきつけた。


 ——こやつはいつもこうなのか?


 呆れたような口調で鵺が言った。


「あんまり相手せんほうがええよ」


 満夜はひとしきり悶えたあと、何事もなかったかのように凜理に向き直った。


「とりあえず、今日の会合は以上だ。何か質問はあるか?」


 まるで鵺のことなど何もなかったかのような言いぶりだ。それを悟ったのか銅鏡が文句を言っているのも聞かず、ポケットに銅鏡をしまった。

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