第4話

 しかし、呼び出し音は鳴るけれどなかなか凜理は電話に出ない。そうするうちに留守電に切り替わってしまった。

 一応、留守電に要件を残しておこうと口を開き掛けたとき——。


「あつっ」


 いきなり火がついたように腰の辺りが熱くなってきた。銅鏡を入れた側のポケットが、今にも燃えそうなほど熱い。


「これは——!?」


 そうか! ピンときた満夜は銅鏡が熱くなる理由をこじつけた。


「凜理が助けを求めている。自宅にいるときにこれほど銅鏡が熱くなることはなかった。凜理は自宅ではないどこかにいることになる。最後に目撃されたのは公園だ。白山くん! 公園に向かうぞ!!」


 そう言って、満夜はボストンバックを手にして、菊瑠が追いかけてくるのも確認せずに駆け出した。


「あーん、先輩、呪歌はどうするんですか!!」

「そんなことはあとだ! 我が部員のピンチかもしれぬ。助けに行くぞ!」


 全力疾走の満夜の後ろを、乙女走りで菊瑠が追いかけていくのだった。




***




 とは言っても、千本鳥居から平坂公園までけっこう距離がある。走るには持続力が足りなかった。


「はぁはぁぜぇぜぇ……」


 無念……という顔をして、満夜は膝に手をついて肩で息をした。


「せんぱぁい」


 その後ろを乙女走りでようやく菊瑠が追いついた。


「大丈夫でしょうか?」


 菊瑠は体力に自信があるようですぐに息が整う。

 満夜はインドア派なので、年の割に体力が残念な感じだ。


「大丈夫じゃない。尻が熱い」


 ポケットの中の銅鏡が熱せられたように赤々と輝いているのも気になる。


「薙野先輩のことです」

「ああ……電話に出ないのはおかしい。オレとの約束を破ったときの恐ろしさを知っているはずだからな」


 あともう少しで公園というところで満夜は立ち止まったまま、くしゃくしゃのハンカチをポケットに突っ込んで、銅鏡を取りだした。

 鏡面が真っ赤に染まっている。


「何が起こってるのだ。これはもしや封印が解かれる前兆なのだろうか!?」


 満夜がわざとらしいくらいの驚愕した表情を浮かべた。


「しかし、今はそれどころではない。銅鏡のことは……」


 と言いかけたところで、銅鏡の鏡面がギラリと照り輝いた。

 満夜はポケットにしまう手を止め、銅鏡を覗き込んだ。

 鏡面が黒々と渦を巻いている。今までにない反応に、満夜は久方ぶりにぞっとしたが、口からは意に反した笑いが起こった。


「ふ、ふははははははは! これは……この銅鏡がまさに災いを生み出すかのように黒く染まったではないか! 銅鏡! オレの言葉に応えるのだ。我に力を!!」

「芦屋先輩、今はそんなときじゃないです」


 意外に冷静な菊瑠が突っ込んできた。

 しかし、銅鏡は満夜の言葉に反応したのだ。


 ——ウルルルルルルルルゥ!! それほどまでに力が欲しいかぁ!


 それは地を這うように低い声だった。

 満夜は熱い銅鏡を右手に握りしめ、鏡面を見入った。


「銅鏡が……!! しゃべったぞ!」


 銅鏡から声が発せられたことのほうに驚いて、菊瑠にその鏡面を向ける。


「わぁ、恐いです!! 芦屋先輩」


 菊瑠が目をつぶって手で顔を庇った。


「銅鏡がしゃべるんだぞ! 口もないのに言葉を発した!」


 満夜はおどろおどろしくうなる銅鏡をしげしげと見つめた。


「ぬう。これぞ、崇徳院のなせる技かっ!」

「崇徳院が中にいるんですか?」


 菊瑠がこわごわ近寄ってくるが、銅鏡事態が恐いらしく、一メートル以内に入ってこない。


「そうだ!」


 ぐっと銅鏡を菊瑠に向けて、ずいずいと近づいてくる満夜から、じりじりと菊瑠は後ずさる。


「芦屋先輩、近づけないでください」

「おそろ、しく、はない」


 ちょっと自信なさげに満夜は答えた。


「恐ろしくはないが気持ちが悪いな」


 改めて、銅鏡に問いかける。


「力が欲しいだと!? たかが銅鏡に封じられたキサマに何ができる」


 正論である。それを感じ取ったのか、銅鏡から聞こえていたうなり声がやんだ。それでも諦めないのか、銅鏡の声が訴えかけてくる。


 ——わっぱ……小賢しいことを抜かすな。わしは力をやると言っているのだ。

「嫌だと言ったら?」


 いつもの満夜なら、「オレに力をくれるのか! ふははははっ!! ならば、我に力を!」と言っているところだが、凜理のことを考えてるのか、やけに慎重だ。


「どんな力があるのだ」

 ——わしの力を分け与えよう。おまえの友を助けるためにな。

「一回限りか?」

 ——それは無理だ。わしをこの銅鏡から解放するのが条件だ。

「ぬう」


 満夜は目を細めて、銅鏡の黒い鏡面を見つめた。

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