第2話

***




 土曜日の放課後、ボストンバッグに呪術道具を入れて、満夜は意気揚々と千本鳥居の前にやってきた。

 母・里海にはしれっと嘘をついたが、従姉妹の凜理の家だと聞くとあまり疑う様子はなかった。


『もうそろそろ女の子と遊ぶのも卒業して男友達でも作ればいいのに』

 と、里海に余計なことを言われたくらいだろうか。


 満夜だってできるものならば、女子供ではなく男友達とオカルト探求をしてみたいと思うこともある。

 だが、惜しむらくは友達そのものがいない。みんななぜか満夜を避けるのだ。別にいじめているわけではないが、たまに別の生き物を見るみたいな目を向けられることには気付いている。

 満夜にとってはそんなことは些末でしかない。

 満夜の頭の中には起きていても寝ていても四六時中怪異のことしか思い浮かばないのだから仕方ない。

 勢い込んで千本鳥居の前に来たのはいいが、まだ凜理は来ていなかった。


「遅刻か……。後でビシッと言ってやらねば」


 満夜はもう一度荷物を調べるために、道にしゃがみ込んで、ボストンバッグの中身を改め始めた。

 赤いペンで呪文を書いた黄色い色紙、ぬさ、おりん、独鈷どっこ、塩に酒、とりあえず米も持ってきている。

 そこで、満夜は気付いた。


「おお、寝袋を忘れてしまった!」


 いったん帰って持ってこようかと悩むが、里海に『何で寝袋がいるの』と見とがめられたら、面倒くさい。


「むう、これも修行だ」


 まだ春の肌寒い季節だったが、ジャンパーの前を閉めればその寒さもしのげるはずである。

 しゃがみ込んでいるとジーンズのポケットがやけに熱い。カイロなど持ってきてないはずだが……と、ポケットを探ると熱も帯び赤く光る銅鏡があった。

 最近は何の変哲もなかったが、つい習慣で持ち歩いていた。

 この間、銅鏡が赤く光り、凜理がねこむすめになってしまったことを思い出す。


「変身されると今回は困る。これはいざというときに使うとしよう」


 ポケットにぎゅっと銅鏡を押し込んで、満夜は顔を上げた。


「うお」


 顔を上げると目の前に人が立っていて、満夜は驚いて声を上げた。


「芦屋先輩、どうかしたんですか?」


 そこには制服を着た菊瑠が立っていた。


「白山菊瑠!」

「はい」


 ガバッと満夜は立ち上がる。


「なぜ、昨日はオレの呼びかけを無視したのだ!」

「昨日ですか? わたし、怪我で休んでましたから知りませんでした」


 そう言われてみると、菊瑠の足には包帯が巻かれている。


「ぬぅ」


 休んでいれば、それは当然呼んでも答えられるわけがない。


「とにかく、今日は千本鳥居で合宿なのだ。準備はできているか」

「はい。それでしたら、大丈夫です」


 片手に持ったリュックを菊瑠が掲げて見せた。


「うむ。あとは凜理がくるのを待つばかりだな」

「ところで、芦屋先輩。今日は千本鳥居で何をするんですか?」


 菊瑠が無邪気に聞いてきた。


「呪歌を唱える」

「呪歌?」

「千本鳥居には禁忌とされる歌があるのだ。それをここで歌うととんでもないことがあるらしい」

「その歌ってなんですか?」


 すると、満夜が辺りを見回して、声のトーンを音した。


「通りゃんせなのだ」

「あの、通りゃんせですか?」

「そうだ。平阪町の生き字引が言ったのだから嘘ではない」

「じゃあ、早速呪歌を唱えましょうよ、先輩」


 菊瑠がニコニコしながらのたまった。


「楽しみにしてもらえて嬉しいが、部員がそろってからでないとダメだ」


 本当なら早く呪歌を試してみたいと思う満夜だったが、凜理がいないと何かまずいような気がしたのだ。あのねこむすめになったときの凜理がいてくれると心強い。

 それに、八束の剣が八本目の鳥居に埋まっていると聞いてから、彼女に掘り当てさせるほうがいいと考えていた。

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