第5話

 先祖が何をしていた人物かはわからない。けれど、満夜は自分の力を信じている。体に流れる血が、オカルトを嗅ぎ分け、感じ取ることができる。

 平坂町に散らばる、不思議ないわれの場所は全て把握している。いわれ自体無い場所のことも。

 それらを調べ尽くせば、何かこの町に潜む秘密が暴けるのではないかと確信していた。その確信は自然に心に湧いてくるものだった。

 秘密を暴いて何をするつもりもないけれど、本当に、平坂町に黄泉への入口があることも分かるかもしれない。とにかく、満夜は知りたくて仕方ないのだ。

 その答えは、今日おこなった願掛けでも実証できるかもしれない。今まで、満夜はなかなか平坂町の秘密に手を出してこなかった。

 時が来たのだ。そう思った。


「オレが謎を解いて、入り口を突き止める!」


 なんだか使命感に燃え、満夜は拳を握った。

 満夜を包む闇が濃くなっていく。満夜は気付かない。ポケットの中の銅鏡が、不気味な光を放っていることに。


 濃い闇の向こうに人影があった。いつもなら会社帰りのサラリーマンやOLが路地を歩いているというのに、人っ子一人いない。

 満夜は立ち止まり、やけに静まり返った路地を見渡した。思わず、ポケットに手を入れて、不気味に光る銅鏡を掴んでいた。

 黒い人影はじっと路地の向こう、満夜が向かう方向に佇み、満夜を眺めているようだった。音すらない空間に、不気味な人影と対峙する。


「誰だ!?」


 満夜は声をかけた。すると、人影はゆらぎ、闇に消えた。途端に音が戻ってくる。春の空気が鼻をかすめる。

 いつの間にか、後ろから足音や人の声が聞こえ出した。


「何だったんだ……?」


 満夜はポケットから銅鏡を取り出し、背後を見る。数人の人影が見えた。街灯の明かりでそれが普通の人間だと分かる。

 先ほど暗闇に浮かび上がった人影は、普通……ではなかった。街灯の明かりすら届かない黒いネットリとした物質がそこにあったように見えた。それが何なのかはわからない。

 ただ、満夜は何か不穏なものを感じ取っていた。何かが起こる、と……。


「感じる……。何かが起こる気配がする……。これは、計り知れない謎の存在が目覚めようとしている気配なのだ……!!」


 ふ、ははははは――ッ!!


 片手に銅鏡を掴み、満夜は夜空に向かって高笑いした……。




 が、満夜がどれほどのものを感じ取っていたとしても、母親・里海さとみの逆鱗までは分からなかったようだ。


「満夜! あんた、いつまでほっつき歩いてると思ってるの!」


 満夜は腕時計を見た。まだ、七時前だ。それほど怒られるような時間ではない。


「七時前だが」

「何言ってんの! もう九時過ぎよ! いつまでも外で遊び歩いてんじゃないわよ!」


 ハッとして、満夜は自宅の掛け時計を見た。

 確かに針は九時を指している。


「何なんだ……」


 満夜は、あの黒い人影を思い出した。あの時、まるで未知の空間に置いてけぼりにされたような不思議な感覚があった。もしかすると、あの時だけ、満夜はこの世のどこでもない時間、空間にいたのかもしれない。

 では何が、満夜を元の時空に戻したというのだろう。満夜はポケットの中にある、銅鏡を取り出して見た。

 何の変哲もない普通の銅の塊だ。しかし、ただの銅ではない。古の神への儀式に使われたとされる銅鏡を模している。いや、もしかすると、今もこの銅鏡は何らかの力を秘めているのかもしれない。

 この銅鏡を今まで以上に徹底的に調べねばならないだろう。今までは湯につけてみたり、鏡面をこすってみたりしていたが、呪術が必要なのかもしれない。


「よし……!」


 今からこの銅鏡を使って呪術をかたっぱしから試してみよう、と満夜は部屋に行こうとした。

 その首根っこを里海に掴まれる。


「夕飯を食べて早くお風呂に入って!」

「くぅッ、オレは今から重大なことをしなければならないのだ」


 リビングでみかんを食べている祖父・道春がのんびりとのたまった。


「どうせ、ろくでもないことだろ。さっさと里海さんの言うこと聞いとけ」

「じっちゃん、ろくでもないこととは何だ。これは急務を要するのだ」

「急務は夕飯とお風呂」


 再び、里海に引きずられて食卓の椅子に座らせられて、なんだかんだ言いつつ好物の揚げ物を食わされる満夜だった。

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