第6話

 天ぷらをむしゃむしゃしている満夜の背後に、誰か立った。ハッとして振り向くと、じっちゃんの道春だ。怪訝そうな目つきで、満夜を見つめている。


「お前……」

「何?」

「土蔵の虫干しの時、なんか持ってっただろ」


 ドキィッ!!


 満夜の心臓が大きく鼓動した。バレてはいけない気がして、満夜はしらばっくれた。


「何のことだ? オレは知らない」

「先祖代々受け継いでた箱の封印が破られてた。本当にお前じゃないのか」

「知らないのだ……。先祖代々というと何かいわれのあるものなのか?」


 すると、道春が満夜の隣の椅子に腰掛けて話し始めた。


「本当かどうかは、分からない。ただ、わしの話は爺さんから聞いたものだ。いざなぎ神社を知っているだろう?」

「うん」

「あそこの宮司、嵩は芦屋家の傍類だ」

「傍類?」

「分家という意味だな」

「じゃあ、芦屋家が本家なのか?」

「そうだ」

「どうして、本家がいざなぎ神社を継いでないのだ?」


 興味津々で、満夜は身を乗り出した。


「あの箱を守るためだ。いざなぎ神社には、あの箱を封じ収める八束やつかの剣が隠されている」

「見たことないぞ」

「だから隠されていて、わしらも薙野も知らんのだ」

「宝なら見つけねばな」

「お前が見つけてどうするんだ」


 道春がため息を吐いた。

 満夜はまさか、先祖代々守り続けた銅鏡を持っているとはいえず、口ごもった。


「箱を封じ収めるってなんだ?」

「あの箱のなかには、計り知れない力を持つと言われている怨霊が封じ込められている。しかし、一部だ。その昔、都を騒がせた崇徳院の怨霊を、八束の剣で粉微塵にした男がいた。その粉微塵になった怨霊はそれぞれ日本各所に封じられた」

「粉微塵にした男って誰だ?」

「仔細は伝わってないが、芦屋家の先祖と言われている」

「ふむ」


 満夜は顎を撫でた。なんということだ。素晴らしい先祖がいたのではないか! と満夜は鼻を膨らませた。


「だが、その先祖も、黄泉の入り口の力には勝てず、この地の何処かに眠りについた。多分八束の剣と一緒に眠っているのだろう」

「八束の剣を見つければ、その怨霊を封じたものも制することができるわけだな」

「それはわからんぞ?」

「なぜだ?」

「満夜。ご先祖は怨霊を倒すことはできたが、この平坂町にあると言われる、黄泉比良坂よもつひらさかの化物には勝てなかった。怨霊は必ず、己を解き放つ力を求めるはずだ。黄泉比良坂もそれに応えるだろう。いざなぎ神社があるのは、なけなしの力でもないよりましだという意味で、いざなぎ様の力を借りて、いざなみの眠る黄泉比良坂、黄泉の入り口を封じているのだ」

「いざなぎ神社の力は取ってつけたものなのか?」

「まぁ、とりあえず、八束の剣を奉納されているはずの神社ということになっとるがな」

「ふむ」


 満夜が考え込んでいると、母親の里海が、

「ほらほら、早くお風呂入って!」

 と、追い立てた。


 満夜はエビの天ぷらをポイと口に放り込むと、自分の部屋に上がっていった。




 一階に道春が寝起きする座敷があり、二階には満夜と母親の部屋がある。満夜は一人っ子だ。気兼ねなく部屋を独り占めできるというものだ。その部屋も通り沿いにあり、窓から通りが見える。

 満夜はカーテンを開けた。

 街灯がチカチカと点滅している。電信柱の影に、闇が凝っているように感じた。闇がじっと満夜の部屋を見ているように感じ、シャッとカーテンを締めた。

 着替えを持って階下の風呂場へ向かう。

 満夜は考えていた。

 夕方に見た、闇のことを。先ほど窓の外にいた闇も、同じものだろうか……。これらは、道春が教えてくれた話に符合するのだろうか。それとも……、全く別のものなのだろうか……?

 服を脱ぎ、風呂場に入ると、湯船に浸かる。一日の疲れが湯に溶け出していくような感じがする。

 しかし、満夜は眉をしかめたまま、のぼせるまで考え込んでいた。




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